空の彼方の虹
64
三人がいる船室へと向かっていたときだ。
何かを破壊するような音が耳に届いた。
「……何だ?」
ものすごく怖い状況が待っているのではないか。そんな気持ちに襲われる。だからといって、ここで逃げ出す訳にはいかないだろう。
「アスラン以外は、女性だしな……大丈夫だろう」
自分一人でも、とミゲルは呟く。
「……アスランもいるしな」
使い物になるかどうかはわからないが。それでもいないよりはマシだろう。
そう考えることで、自分の気持ちを鼓舞する。
「と言うことで行くか」
命令である以上、従わざるを得ない。しかし、こうなるとわかっていたなら、もう一人ぐらい、引っ張り出してくればよかった。
もっとも、今更、後の祭りだろうが。
「何とかなるって」
きっと、と呟きながら、方向を変える。そのままドアの前に着地した。
「失礼します」
礼儀として端末越しに声をかける。
「入りますよ」
その言葉とともにドアを開けた。
「……げっ」
次の瞬間、無意識のこんな声がこぼれ落ちる。
それも当然だろう。
カガリの足下に意識を失ったアスランが倒れ込んでいたのだ。
「あら。どうかなさいまして?」
その様子を平然と見つめていたらしいラクスが、ミゲルに気づいてこう問いかけてきた。
「あいつ、何をしでかしましたか?」
彼女がそんな態度をとっている、と言うことは、絶対に彼が悪いに決まっている。そう思いながら問いかけた。
「逆ギレをしただけですわ、あの人が」
それでカガリにたたきのめされたのだ。その言葉に何と言い返せばいいのか。さすがのミゲルもわからない。
「昔からこいつはそうだったから、驚くほどのことじゃないがな」
ただ、どうして自分が成長したのと同じ程度、相手も成長していると考えないのか。カガリはあきれたようにそう続ける。
「確かに、ナチュラルとコーディネイターでは身体能力に差がある。だが、努力次第で埋められないものではないぞ」
さらりと口にしているが、それがどれだけ困難なことか、彼女本人が一番よく知っているのではないか。
「さすがですわ、カガリ」
ラクスが本心から称賛の言葉を贈っている。
確かに、称賛に値するとはミゲルも思う。だが、アスランのことを無視していいのだろうか。
「本当に、あなたが男性でわたくしの婚約者であればよろしかったのに」
ため息混じりに彼女はそう続ける。
「あきらめろって。それよりも性根をたたき直す方が簡単だろう?」
「……わたくしにそこまでの時間があるとよいのですけど」
聞いてはいけないセリフが目の前で繰り広げられているような気がするのは錯覚ではないだろう。
「ともかく、代わりの護衛をよこしますから。ご希望があれば聞いておきますが?」
気絶しているアスランを放置しておくよりはいいのではないか。そう判断をしてミゲルは告げる。
「どなたでもかまいませんわ」
アスランよりマシでしょう? と続けられたような気がしたのは錯覚だろうか。
「では、ニコルを」
しばらくおとなしくしていて欲しい。言外にそう続ける。
「お願いしますわ」
ラクスの言葉に頷くと、ミゲルはアスランへと近づいた。そのまま、襟首をつかむ。
「これは回収させていただきます」
引き起こすとそう告げた。
「二度と顔を出すな、と言っていてくれ」
苦笑とともにカガリが言葉を返してくる。
「私よりもカナードさんは強いともな」
やはり《キラ》がらみか。
本当に、どうしてここまで執念深いのか。その答えを知りたくても、肝心の本人は意識を失ったままだ。そして、問いかけても答えるはずがない。
「了解」
ため息とともにそう言い返すしかないミゲルだった。