空の彼方の虹
53
キナは息を乱すどころか、汗すらかいていない。
「……もう、体力切れのようだの」
それなのに、自分は両足で立っているのも難しい。それは彼のして来通り、体力がないからだろう。
「仕方があるまい。お前は小さいからな」
言葉とともに、彼はそっとキラの体を抱き上げた。
「でも、レイ君なら、まだまだギナ様につきあえると思います」
ちょっと悔しい、とキラは素直に口にする。
「あれは、日常的に鍛えているようだからな」
そう言いながら、彼は軽々とキラの体を抱き上げた。
「お前はベッドの上に縛られていた日々も長い。焦らずに徐々に体力をつけていけばよい」
一度気につけようとするのは逆効果だ。彼は言外にそう告げる。
「はい」
確かに、コーディネイターとはいえ努力もせずに何でもできるわけではない。それでも、とキラは思う。
「でも……兄さん達の足手まといにだけはなりたくないです」
小声でそう付け加えた。
「何。カナードであれば、お前の一人や二人、お荷物とも思わないぞ」
即座にギナはそう言って笑う。
「それに、お前がストッパーにならねば、誰もあれの暴走を止められまい」
そういう点では、キラが最強なのではないだろうか。ギナのこの言葉に、キラは首をかしげる。
「そうでしょうか」
別に自分でなくてもいいのではないか。キラは言外にそう告げる。
「あれがどんなときにでも耳を貸すのは、お前の言葉だけよ」
そう言いながら、彼は歩き出す。キラの体重など感じていないかのように彼はいつもと変わらない歩調だ。
「汗を流したら、少し眠るがいい」
昼寝をするのも大切だぞ、とギナは目を細める。
「はい」
言われなくてもそうしたい気持ちだ。だが、ギナを放っておくのも申し訳ない。そう思って、起きていようと考えていた。
だが、彼がそう言ってくれるなら、遠慮しなくていいのではないか。
「でも、ギナ様は?」
それでも、彼がその間どうするのか。それが気にかかる。
「あいつの蔵書はなかなか興味深い故、適当に借りるさ」
あの部屋は、ミナが見たらこもって出てこないだろう。ギナはそう続けた。
「何だ? 一人では寂しいのか?」
キラの顔をのぞき込むようにしながら、彼はそう問いかけてくる。
「寂しいと言うより……何か、不安で」
一人でいるのが、と隠さずに口にした。
「そうか」
それに、ギナは少しだけ考え込むような表情を作る。
「本なら、どこでも読めるの」
そのまま、彼は小さくうなずいて見せた。
「よかろう。そばにいてやろうではないか」
かわいいな、とギナは笑い声とともに口にする。
「……僕は、かわいくないです」
かわいいというなら、やはりカガリではないか。もっとも、それを口にすれば、拳が飛んでくることは経験済みだ。
「お前はかわいいぞ。カナードもカガリもレイもかわいいがな」
一番かわいいのはキラだ。そう言う彼の顔をキラは思わず見上げてしまう。
「カナード兄さんも?」
彼はかわいいのではなくかっこいいのではないか、言外にそうにじませる。
「何、十も離れていれば、あの性格も十分にかわいいものよ」
逆にあの二人はそう思えないが。そう付け加えられたのが誰か。キラにもわかる。
「後は……セイランの馬鹿息子はかわいくないどころか、視界にも入れたくないの」
この言葉には、苦笑を浮かべるしかできないキラだった。