空の彼方の虹
38
「そう言うことですから、安心してください」
ニコルがそう言って微笑む。
「……でも、いいのですか?」
自分がプラントに行って、とキラは言外に付け加える。
「大丈夫です。保護した民間人を安全な場所に移動するのは当然のことですし……キラ君は同胞ですから」
それに、とニコルは笑みを深めた。
「隊長のお宅なら、キラ君も遠慮をしなくてすむのではありませんか?」
その表情のまま、彼は言葉を綴る。
「ラウさんのお家なら、レイ君がいる」
彼と一緒なら安心できるのは事実だ。
「本当は、うちに来ていただきたかったのですが、お知り合いがいるならそちらの方がいいでしょう」
残念ですが、とニコルは笑みに苦いものを加える。
「ごめんなさい」
「謝ることではありませんよ。僕たちは同行できませんから」
自分達はこのまま任務を続けることになる、と彼は教えてくれた。
「そう、ですか」
「えぇ。個人的には寂しいですが、仕方がありません」
キラを危険にさらすわけにはいかない以上、どこかで別れなければいけない。それはわかっていたことだ。
「でも、プラントからならメールの交換ぐらい、できますよね?」
オーブに戻ってしまえば難しいかもしれないが、プラントからであれば可能ではないか。いざとなれば、レイかギルバートのメールアドレスを借りればいいだろう。
「そうですね。そのくらいなら可能です」
ニコルもすぐにうなずいてみせる。
「他のみんなも喜ぶと思いますよ」
さらに彼はそう付け加えた。
「だといいです」
少しでもみんなが喜んでくれれば、とキラは言い返す。
でも、と心の中で呟いた。彼からメールが来たらどうしよう。果たしてばれずにすむだろうか。
「あぁ、心配しないでください。アスランにはばれないようにしますから」
他の者も協力してくれるはずだ。その言葉にキラは小さくうなずいてみせる。
「本当に、どうして僕に執着するんでしょう」
「……そうですね。それが疑問です」
一度否定されているのに、何故、ここまで固執するのか。その理由がわかれば、彼の間違いを正すことも可能ではないか。
「後で確認してみましょうか」
もっとも、と彼は続ける。
「キラ君がプラントに向かった後の方がいいでしょうが」
そうすれば、アスランが暴走をしたとしてもキラにたどり着く前に止めることができるはずだ。
「どれだけ大切な友人だったかはわかりませんが、それをキラ君に押しつけるのは間違っていると思います」
いや、アスランの言う《キラ》と自分は同一人物なのだから、彼が自分の中に《キラ》を見つけたのは間違っていない。
だが、どうしてアスランがここまで《自分》に固執しているのか。それがわからないのだ。
月にいた頃だって、人々の中心にいたのは自分ではなくアスランだった。おそらく、プラントに戻ってからもそうだったのではないか。
「僕は、あの人、怖いです」
キラは小さな声でそう呟く。
「あの様子では、そう言われても仕方がありませんね」
キラの言葉の意味を別のものとして埋め止めたのだろう。ニコルはこう言ってうなずく。
「それも、理由がわかれば怖くなくなるかもしれませんよ」
彼はそう続けた。
それだけはあり得ない。キラは即座にそう考える。それでも、ニコルにそれを告げるわけにはいかない。
「……オーブに買えれば、会わなくてすむと思いますけど」
すぐにオーブに帰ることは難しいのではないか。
後は、ラウやギルバート達が何とかしてくれることを祈るしかない。
「キラ君には、プラントによい印象を持って欲しいのですけどね」
アスランの言動でマイナスなのか。ニコルはそう言ってため息をつく。
「僕も、プラントを嫌いになりたくないのですけど……」
そう考えてくれない人がいる。だから、アスランも早々に《キラ・ヤマト》の存在を忘れてくれればいいのに。そう思わずにいられないキラだった。