空の彼方の虹

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 一日しか経っていないのに、また、戦闘があるらしい。
「前の作戦で戦った地球軍が救援を求めていたようなんですよ」
 ニコルはそう説明をしてくれた。しかし、本当なのだろうか、と思う。
 何というか、首の後ろにちりちりとしたものを感じているのだ。
 こういうときには、絶対に厄介事が待っている。そう押してくれたのはラウの兄だっただろうか。それともロンド・ギナだったか。
 どちらにしても、自分自身の経験から出た言葉なのだろう。だから、嘘ではないはずだ。
 だが、それは自分とは関係ないと思っていた。
「ですから、今回は医務室でドクターと一緒に待っていてもらえますか?」
 そう考えているキラの耳に、ニコルの言葉がさらにと届く。
「……ご迷惑ではないですか?」
 反射的にそう言い返す。
「ドクターから提案されたのですよ。キラ君に手伝って欲しいこともあるとか」
 それは口実ではないだろうか。だが、一人でいるよりも気が紛れるような気がする。
「わかりました。すぐに移動すればいいのですか?」
 彼が説明をしに来たと言うことは、そう言うことなのだろう。
「そうですね。まだ時間はありますが、その方が安全でしょうか」
 さすがのアスランも今回は動けないと思うが、と彼は続ける。
「僕たちは出撃しないんですが、ヴェサリウスに移動しないといけません。ブリッジでミゲル達の動きを見ていろと言われているんですよ」
 確かに、彼この隊のエースだし、動きを参考にすべきなのだろう。でも、ちょっと納得できない。小声ではニコルはそう言った。
「僕たちの実力がまだまだだと言うことなんでしょうね」
 そう言ってニコルはため息をつく。
「そう、なのですか?」
 よくわからないが、とキラは心の中だけで呟いた。
「経験が足りないというのは認めざるを得ません」
 さすがに、とニコルは苦笑を浮かべる。
「今回はいろいろとあるので仕方がありませんね。ここは一般の航路に近すぎる」
 詳しい場所は言えないが、と言うのは仕方がないだろう。
「仕方がないですね。僕は、オーブの人間ですから」
 知らせてはいけないこともたくさんあるのだろう。もっとも、ここの隊長がラウでなければ自力であれこれと調べていたところだ。
「そうですね。下手にあれこれ教えてしまうと、キラ君がオーブに帰れなくなる、と脅かされましたし」
 どうやら、ラウがしっかりと釘を刺しておいてくれたらしい。
「ともかく、移動してくれますか?」
 ニコルの言葉にキラは小さくうなずく。
「 それと……これはイザークから預かってきました」
 言葉とともにニコルは小脇に挟んでいた物を差し出して来る。それがそれが紙に印刷された本だとわかったのは、受け取ってからだ。
「ニコルさん?」
「暇つぶしにちょうどいいだろうと言っていましたよ。何でも、古い童話だそうです」
 つまり、電源が制限されても読んでいられるようにとの配慮なのだろう。
「でも、いいのでしょうか」
 昔はともかく、今は紙の本はものすごく高価なものなのだ。
「破かなければいいいと思いますよ。本は読むもので飾るものではない、と言うのがイザークの口癖ですし」
 それは自分に対する気遣いなのかもしれない。
「わかりました。お借りしておきます」
 それでも、彼の気持ちを無碍にするのは申し訳ない。だから、とキラはこう言って微笑む。
「後で感想を聞かせてあげてくださいね。ここでは、本を読む人間が少ないので」
 やっぱり、とニコルは口にした。
「……グラビア雑誌ですか?」
 話には聞いたことがあるが、とキラは聞き返す。
「まぁ、それもありますね。僕は楽譜を見ていることが多いのですよ」
 ピアノを弾くので、とニコルは少し自慢げに教えてくれる。
「聞いてみたいです」
 即座にこう言った。
「機会がありましたら」
 ひょっとしたら、彼はMSを操縦することよりもピアノを弾くことの方が好きなのではないか。しかし、現状では戦う事以外選べなかったのかもしれない。
「そうですね。そのときを楽しみにしています」
 理由は聞かなくても想像がつく。だから、これだけを口にした。


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最遊釈厄伝