空の彼方の虹

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「ちび、いるか?」
 全員の包帯を取り替えるのを待っていたかのようにディアッカが顔を出す。
「ちびじゃありません。キラです」
 確かに、彼に比べたら小さいかもしれないが。そう思いながら言い返す。
「悪い悪い。でも、ちっちゃいのは本当だろう?」
 笑いながら彼は言葉を重ねる。
「ちゃんと大きくなります!」
 彼ほどとは言わなくても、アスランぐらいにはなれるはずだ。昔は身長も同じくらいだったし、と心の中だけで呟く。
 こんな風に、たまに彼のことを思い出す。しかし、そのときのアスランの存在は怖くない。それはどうしてなのだろうか。
 きっとそれは、どこかぼんやりとしたものだからかもしれない。
 レースのカーテン越しの光景。それが一番近い表現ではないだろうか。
「だよな」
 だが、それは彼の言葉で一瞬に消える。
「ちゃんと喰えば大きくなれるって」
 言葉とともにディアッカはまたキラの頭に手を置く。
「ところで、さ」
 そのまま彼はキラの耳元に口を寄せてくる。
「若い頃の隊長って、どんな人間だったか、教えてくんね?」
 そして小声でこうささやいてきた。
「……ラウさんの素顔については『言わない』と約束していますから」
 即座にそう言い返す。
「わかっているって。俺だって、そんな怖いこと、聞く予定はない」
 さすがに、まだ死にたくない。彼はそう続ける。
「ただ、俺ら、隊長のことを何も知らないからなぁ」
 少しぐらいは情報を仕入れておきたい。彼はそう続けた。
「趣味とかさ」
 そのくらいならばいいのだろうか。そう思いながらキラは首をかしげる。
「僕もよく知っているわけではありませんよ」
 実際に顔を合わせたのは十回にも満たない。
「毎回、おやつを作ってもらいましたけど。兄さんも僕も、それが楽しみで……あまりに僕が喜ぶから、兄さんもあれこれと練習していましたね」
 今ではカナードもらうに負けないくらい、おいしいおやつを作ってくれるようになった。
 だが、ラウのはやはり格別だったと思う。それ以上においしいのは《母》が手作りしてくれたものだ、と今でも信じている。これも記憶の美化なのだろうか。
「……手作りのおやつ?」
 あのラウが、とディアッカが信じられないというように口にしている。
「はい。とてもおいしいですよ?」
 話してはいけないことを口にしてしまっただろうか。そう思いながらもキラは言葉を重ねる。
「何か、想像したくねぇな」
 ぼそっと彼は呟く。
「でも、まぁ、俺も人のことはいえねぇし……そう言うこともあるか」
 何か、勝手に納得されたような気がする。
「……しかし、一度喰ってみたいが……」
「忙しいから無理だと思う」
 ちょっと考えたが、ラウ本人に作っている時間はないのではないか。
「プラントに行ったら、作ってくれるかな?」
 そのときは、レイと一緒に頼んでみよう。そう心の中で呟く。
「その前にオーブに帰ることになるのかな、それとも」
 こう言ってキラは首をかしげる。
「それに関しては、何も言ってやれねぇな」
 ディアッカはそう言って苦笑を浮かべた。
「まぁ、プラントに行ったなら安心できるように手配してやるよ」
 自分だけではなくイザークとニコルも同じ気持ちだろう。
「最高評議会議員の親なんて、こういうときに使うもんだしな」
 任せておけ。そう言って彼は笑う。
「はい」
 それにキラは微笑み返した。


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最遊釈厄伝