空の彼方の虹
26
何もしないでいるのは退屈だろう。そう言われて、キラは医務室の手伝いへとかり出されていた。
「すまないね」
ドクターがこう言って苦笑を浮かべる。
「……いえ。逆にご迷惑をかけるかもしれません」
応急処置などはカナード達にたたき込まれている。それでも本当に基本的なことしかできないのだ。
「かまわないよ。ここにいるのは殺しても死なない連中だけだからね」
彼がそう続けた瞬間、周囲から抗議の声が上がる。
「この通り、口は元気だからね。適当につきあってくれると嬉しい」
要するに、彼らは暇なのだ。ドクターはそう続けた。
「……否定はしないがな」
確かに、と年かさの兵がうなずいてみせる。
「それに、むさいおじさんよりもかわいい子供の方が見た目が嬉しいか」
「女の子だともっといいが……危険な目に遭わせるわけにはいかないからな」
仕方がない、と他の兵士が口にする。
「そういや、何でオーブに? プラントの方が安全だろう?」
そのまま彼がこう問いかけてきた。
「……両親がナチュラルなので」
苦笑とともにキラはそう言い返す。
「ってことは、第一世代か!」
どうやら、この話は広まっていなかったらしい。確かに、自分にしてみればどうでもいいことだ。しかし、ここまで驚かれるとは思わなかった。
「馬鹿!」
次の瞬間、彼は隣にいたものに小突かれている。
「大丈夫です。なれました」
いつも言われているから、と言外に告げた。
「僕たちにとっては普通のことなのですが、他の方には違うのですね」
キラはこう言うと首をかしげる。
「プラント以外でコーディネイトするのは難しいし、プラントでは第一世代は生まれることはないからな」
ナチュラルがいない以上、と彼が言う。
「確かに。でも、今回の戦争で我々が勝てば、今後、生まれないとも限らないぞ」
そんな声も響いてくる。
「そのあたりは後で考えればいいことだろう?」
ため息とともにドクターが口を挟んできた。
「さて……傷の消毒をするか」
さらに、にやりと笑いながら彼はそう続ける。その手には確かに消毒薬があった。しかし、あれは確かものすごくしみる薬ではなかっただろうか。
「……ドクター?」
どうやら、皆もそれに気づいたらしい。頬を引きつらせている。
「どうかしたのかね?」
素知らぬふりでドクターはさらに口にした。
「名誉あるザフトの人間が、消毒薬が怖い、とは言い出さないよな?」
この言葉に、兵士達はどう言い返していいのかわからないらしい。
「キラ君。かまわないから、彼らの包帯をはぎ取ってくれるかね?」
何なら、頭の上からこれをかけてもいい。さらにそう付け加える。
「もったいなくありませんか?」
思わずキラは聞き返してしまう。
「……それもそうだな」
ドクターが納得したらしいという表情を作った。その瞬間、兵士達からほっとしたようなため息が聞こえてくる。
「なら、口を縫ってしまうか」
いや、それも……と思わずにいられない。
「冗談だよ。だが、包帯を取り替えるというのは本当だがね」
もちろん、消毒もしなければいけない。
しかし、その言葉がとってつけた言い訳のように思える。
「とりあえず、彼の腕の包帯を外してくれるかな?」
だが、放っておけば傷が膿むことも事実だ。だから、キラは小さく首を縦に振ってみせる。
「すみません。ちょっと痛いかもしれません」
こう告げるとキラはまずは近くにいた兵士に声をかけた。