空の彼方の虹
23
「大丈夫ですか?」
ニコルはすぐにデスクの下をのぞき込んでくる。だが、キラの姿を見た彼の眉根がよった。
「すみません。僕たちのミスですね」
よほどひどい表情をしていたのだろうか。彼はすぐに謝罪の言葉を口にする。
「だいじょうぶ、です」
キラは何とか言葉を絞り出す。
「ただ、少し驚いたのと……両親が死んだときのことを思い出しただけで……」
そう続けた瞬間、ニコルの表情がさらに曇った。
「すみません」
その表情のまま、彼はこう告げる。
「ニコルさんが謝ること、ないです」
悪いのは彼ではないのだから、とキラは言い返す。
「それに……知っているのはラウさんだけだったし……」
彼が何も言わなかったのが悪いのではないか。言外にそう付け加える。
「それでも、です。アスランがこちらに来るのを阻止できていれば、すべては怒らなかったことですから」
そう言いながら、彼はキラの頭に手を置いた。
「年下の人間を護るのは当然のことですしね」
ここではキラを除けば自分が最年少だから、と彼は続けた。
「僕は一人っ子ですから、弟を持った兄の気分を味わわせてください」
キラに、本当の兄がいることは知っている。だからせめてここにいる間だけでも、とニコルは付け加える。
「……それは、違うと思います」
ニコルは自分が保護されてからずっと気にかけてくれているではないか。ただ、アスランの思い込みがそれ以上に強かっただけだろう。
「どうして、あの人はあそこまで僕にこだわるのでしょうか」
ため息とともにキラはそう言う。
「同じ名前の人は、オーブにはたくさんいるのに」
キラはそう続けた。もちろん、それが嘘だと本人が一番よく知っている。
だが、アスランがいくら主張しても絶対に覆せない現実があるのだ。
いい加減、あきらめてくれればいいのに。キラは本気でそう思う。
「髪の毛のいろと目の色が同じだ、と言うのがあの人の主張ですけど」
「……そんなに珍しい組み合わせでしょうか」
確かに、ナチュラルではなかなか見ない色香もしれない。だが、目の色だけならばカナードがいる。髪の色に至ってはごく普通の色ではないか。
「どうでしょう。目の色はディアッカが近いですけどね」
言葉とともにニコルは首をかしげる。
「最近のアスランが何を考えているのか。本当にわからないのですよ」
そのまま、彼はため息をつく。
「ともかく、です。とりあえず、甘いものでも飲みませんか?」
そうすれば、きっと、落ち着くだろう。
「ニコルさん、お仕事は?」
先ほどの会話から判断をして、やらなければいけないことがあるのではないか。それなのに、自分につきあっていていいのか、と言外に問いかける。
「大丈夫です。キラ君を優先するように隊長に指示されていますから」
それに、と彼はため息をつく。
「まだ『アスランを追い返した』と言う連絡が来ていませんしね」
ここでキラを一人にすれば、また、アスランを暴走させることになるかもしれない。
「だから、一緒にいましょうね」
ニコルはそう締めくくる。
「はい」
彼の時間を奪うのは申し訳ない。
だが、それ以上にアスランが怖い。
それを考えれば、ニコルの提案を呑むしか浅学死が残されていないような気がする。
「じゃ、食堂に行きましょう。人が多い方がアスランの動きも制限できますから」
言葉とともにニコルが手を差し出してきた。キラはそれに自分の手を重ねる。
それは、カナードのものよりも小さい。だが、同じくらいに暖かいと思う。
それでも、やはりカナードに会いたいと思うのはわがままなのだろうか。後で、ラウに聞いてみようと心の中で呟いていた。