空の彼方の虹

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  22  



 ノックの音が聞こえた。それにキラは目を開く。
「誰だろう」
 ガモフに乗っている人間でドアをノックするような相手はいない。と言うよりも、ノックの音に過敏に反応をしてしまう自分に気づいたニコルが、みんなにそう根回しをしてくれたのだ。
「ガモフの人じゃないのかな?」
 そのルールを知らないと言うことは、とキラはすぐに判断をする。
 では、誰だろうか。
 ヴェサリウスにいる自分の知り合いと言えば真っ先に思い浮かぶのはラウだろう。後は顔を知っている程度の者達が数人。
 そこまで考えたところで、あえて思考から除外していた人物の存在を思い出してしまう。
「……まさか……」
 彼が来たのか、と呟く。同時に、体が震え出す。
 確かに、今はドアにロックがかけられている。しかし、自分が知っている《アスラン・ザラ》ならば、そんなもの簡単に外す手しまうはずだ。
 どうしよう、と心の中で呟く。
 この室内に隠れる場所はない。
 後は、ニコル達がアスランがドアのロックを外す前に戻ってきてくれることを祈るしかない。
 そう考えながら、頭から毛布をかぶる。それだけでは安心できなくて、そのままデスクの下に潜り込んだ。
 それとほぼ同時にドアが開く。
「キラ?」
 室内にアスランの声が響いた。
 彼に気づかれまいと、キラはますます体を小さくする。
「どこにいるんだ、キラ」
 声が近づいてきた。その事実に、呼吸すらはばかられる。
 そういえば、あのときも似たような状況だった。
 いきなり踏み込んできた連中に、シェルターに逃げ込むまもなかった。かろうじてカプセルの中に潜り込むのが精一杯だった。
 彼らに見つからなかったのは、キラが年齢よりも小さかったからという点と、両親が連中の目をキラからそらすように動いてくれたからだ。
 その後、彼らがどうなったのか。未だに誰も教えてくれない。ただ、一度も会いに来てくれないことから、想像だけはできている。
 それと同じ状況を作っていると、アスランは知らないはずだ。そして、あのときのような危険はないはず。
 だが、キラにしてみれば同じことだ。
 緊張で手足が冷えていく。
 のどが渇いているのに、どうすることもできない。
 早くあきらめてくれればいいのに。
 心の中で何度も繰り返す。だが、アスランはそんなつもりはないようだ。
「キラ、俺だよ」
 そう言いながら、あちこちを確認している。いずれ見つかってしまうだろう。
 どうしようか。
「キラ! いい加減にしないと、本気で怒るぞ」
 あるいは、すでに自分の居場所に気づいているのかもしれない。その上で自分を追い詰めようとしているのではないか。
 しかし、今ここで出て行くなんてできない。
 何かいい方法はないだろうか。
「キラ!」
 アスランの怒鳴り声が室内に響き渡る。
「いい加減にするのはあなたの方です!!」
 だが、それを上回る大音声がキラの耳に届く。
「あなたの乗艦はガモフではなくヴェサリウスでしょう!」
 言葉とともにニコルが室内に入ってきたのがわかった。
「何故、ここにいるんですか」
 そう言いながら、彼はアスランの前に移動してくる。
「……キラに会うために決まっているだろう?」
「だから、何の権利があるんですか?」
 許可されていないはずだ。それなのに、とニコルは続ける。
 いや、彼だけではない。
「向こうでラスティとミゲルが泣いてたぞ」
「全く……余計な手間をかけさせるな。やらなければいけない作業は指示されているはずだ」
 ディアッカとイザークの声も耳を開く。
「時間までに終わらせばいいんだろう!」
 アスランがいらついた声でそう言い返す。
「そういう問題じゃありません!」
 ニコルも負けじと口にした。
「ともかく、です。あなたがここにいる限り、キラ君が安心できません。ですから実力行使に出させていただきます」
 言葉とともに彼らが行動に出たようだ。
「お前ら!」
「いくらお前でも、三対一では勝てないだろう?」
 ディアッカの言葉通り、アスランは早々に確保されたらしい。
「と言うわけで、後は任せたぞ」
 イザークがそう言う。
「わかっています」
 ニコルの言葉に安心したのか。イザーク達はアスランを引き連れて出て行ったようだ。室内から彼らの気配が消える。
 それにようやくキラは安堵のため息をつく。
 だが、キラはすぐに動くことができなかった。

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最遊釈厄伝