空の彼方の虹

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  21  



 艦内の空気がざわめいている。しかし、剣呑としたものは消えたから、おそらく、戦闘は終わったのだろう。
「皆さん、無事なのかな?」
 キラは小さな声でそう呟く。
 しかし、それを確認するために部屋を出るのははばかられる。
 まだ、あれこれと作業が続いているはず。そこに無関係な自分がふらふらと出て行っては作業の邪魔になるのではないか。そう考えたのだ。
「片付いたら、きっと、ニコルさんが顔を出してくれるだろうし……それまではおとなしくしていた方がいいよね」
 自分に言い聞かせるようにキラはそう呟く。
 他の人たちの無事を確認するのは、そのときでもいいだろう。
 キラはそう考えながら、ベッドの上にころんと体を横にする。そうしても、先ほどまで感じていた振動は伝わってこない。
「寝ちゃおうかな」
 疲れているわけでも何でもないが、することがない以上、それが一番いいような気がする。
「ニコルさん達には申し訳ないかもしれないけど」
 彼らはこんな風にのんびりとしてはいられない。それはわかっているが、他に何をしていいのかわからないのだ。
「いいよね」
 呟くと同時に目を閉じる。
 そのときだ。
 何かが精神をなでていく。その感覚は今までも感じたことがある。
「……カナード?」
 兄さん? と呟きながらキラは体を起こした。
「そばに、いるの?」
 今まで気にしたことはなかったが、ラウの隊はどこに向かっていたのだろう。
「ひょっとして……ヘリオポリスだった?」
 そうだとするならば、目的はひとつしかない。
「MSの奪取?」
 どうして思い当たらなかったのだろう。
 それはきっと、ラウの顔を見てしまったからだ。
「……兄さんが無理をしていなければいいんだけど」
 ラウがいるから、素直に引き下がるだろう。だが、とキラは心の中で呟く。
「アスランのことを知ったらどうするのかな」
 さすがに殺しはしないと思うけど、とため息をついた。
「ともかく、無事に帰らないとね」
 そうすれば、すべては丸く収まるとは言わない。それでも、カナードの暴走を抑えることができるのではないか。キラはそう考えながら、また、目を閉じた。

 目の前にいるのが誰か、わからないは訳がない。しかし、何故ここにいるのか。それが理解できない。
「カナードに、カガリか?」
 確認するように声をかける。
「ムウさん?」
 カガリが驚いたように視線を向けてきた。
「……と言うことは、やはり地球軍の軍艦か」
 それも新造の、と忌々しそうに付け加えたのは、もちろんカナードである。
「知っているのか?」
「不本意だがな。モルゲンレーテからの依頼で何度かテストパイロットを引き受けたからな」
 ムウの問いかけに、カナードは何でもないという表情でそう言い返してきた。彼のその言葉が本当なのかどうかはわからない。だが、彼の実力であればあり得ないことではないはずだ。
「この艦に乗せられたのは、あれを拾ったせいだな」
 そう言いながら彼が指さしたのは、確か《ストライク》と呼ばれていた機体だ。
「カガリの安全を最優先にしたんだが、あいつらにはその理屈が通用しなかったらしい」
 言葉とともにカナードは視線を移動させる。その先にいたのは、技術士官らしい女性ときまじめそうな女性士官だ。
「これに乗った以上、一蓮托生だとか勝手に言ってくれてな……やはり、見捨てるべきだったか?」
「カナード……」
 それは彼らしいセリフだと言える。しかし、それをここで言うか、と突っ込みたくなってしまった。
「あいつらの理屈につきあう必要はない、と思うが?」
 オーブの住人である自分達には、と言外に付け加えられる。
「とりあえず待て。俺が悪いようにはしないから」
 そうでなければ、この艦は内部から破壊されかねない。それだけの実力をカナードは持っているのだ。
「ムウさんがそういうなら」
 仕方がない、とカナードは言い返してくる。しかし、納得していないのは丸わかりだ。
「キラがいないのに、厄介だな」
 ため息とともにムウはそう言う。
「カガリ。悪いが、それをなだめておいてくれ。できる範囲でいいから」
 保険になるかどうかはわからないが、と思いながら言葉を口にする。
「わかった」
 言葉を返してきたカガリにうなずくと、ムウは歩き出した。

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最遊釈厄伝