空の彼方の虹
15
キラ達が食事をしている間、ラウはコーヒーを口に運んでいた。しかし、時々、その口元が不満そうに歪んでいる。
「……おいしくないのですか?」
それ、とキラは問いかけた。
「軍のコーヒーなど、まずい、と言うのが常識だからね」
ラウが苦笑とともに言い返してくる。
「本国へ戻れば、レイがおいしいコーヒーを入れてくれるのだが」
懐かしいと思える名前を彼は口にした。
「レイ君、元気ですか?」
こう問いかけたのは、彼らの体の問題もある。もっとも、それはそれなりに解決されているようだとは聞いていたが、本当なのかどうかはわからない。
「元気だよ。君が本国へ行ったなら、一緒に過ごすといい」
しかし、と彼は続ける。
「そうなると、あの男のところに預けることになるのか。それだけは不安だね」
本気でいやそうなその口調に、何があったのだろうとキラは思う。
「まぁ、その前にカナードが君を迎えに来そうだがね」
カナードであれば、そのくらいはたやすいはずだ。いや、その気になればこの艦にも乗り込んでこられるのではないか。もっとも、ラウが隊長をしている艦だ。カナードも彼の不利になるような行動は慎むような気がする。
「どちらにしろ、もうしばらくの辛抱だよ」
そう言ってラウが微笑む。
「はい」
キラは小さく首を縦に振ってみせる。
「しかし、もう少し食べてもいいような気がするね。レイはその倍ぐらい食べているような気がするが……」
「……すみません」
確かに、人よりも食べる量が少ないとは思っていた。しかし、それは、周囲にいるのが軍人だから、と考えていたことも事実。しかし、レイも自分よりも食べるというのであれば話は違うのだろうか。
「謝ることではないよ。無理に食べても体に悪いからね」
それに、ここの食事はどうしても塩気が強い。キラにはきついのではないか。彼はそう続ける。
「それは……なれていますから」
カナードと一緒にいれば、どうしてもそういう食事を口にしなければいけないこともあるのだ。だから、この程度の味付けながらどうと言うことはない。
「ただ、どうしてもお肉とかが苦手で」
トラウマなのだろう。キラを診察してくれた医師がそう言っていたことも覚えている。
「まぁ、それは仕方がないね」
そのあたりのことはラウも聞いているのだろうか。そう言ってうなずく。
「どうしても食べられないときにはかまわない。ディアッカのプレートにでも放り込みなさい」
さらに彼はこう付け加えた。
「……何で、ディアッカさん……」
他の人間ではなくて、とキラは首をかしげる。
「彼ならば確実に食べるからだよ。違うかね?」
言葉とともにラウは視線を移動させた。そこには微苦笑を浮かべているディアッカの姿が確認できる。
「食べていいなら、いくらでも」
その表情のまま、彼はそう言った。
「だそうだよ、キラ。だから、安心しなさい」
「最初から、心配はしていません……ひとつの事以外は」
キラはそう言葉を返す。
「ひとつのこと?」
「アスランだろう」
ディアッカのつぶやきにイザークが即座に答えを返している。
「……どうしてなんでしょう」
理由はわかっている。だが、それを表に出さずにキラはこう呟いた。
「残念だが、私はアスランではないからね。わからないよ」
しかし、と彼は続ける。
「君が怖がっているなら、彼を遠ざけるだけだ。個人的なことを言えば、彼よりも君の方が大切だからね」
そして、キラは護らなければいけない民間人だ。そう言って微笑む。
「それよりも食べてしまいなさい。二人だけで話をしたいこともあるからね」
そう言われて、キラは止めていた食事の手を再び動かし始めた。