空の彼方の虹
14
食堂がざわついている。
「……ニコルさん……」
ひょっとして、と思いながらキラは隣にいる彼に呼びかけた。
「無駄かもしれませんが、そうでないことを祈りましょう」
力ない笑みとともに彼はそう言ってくる。
「ともかく、ここにいても仕方がありません。入りましょう」
食事をするために来たのだ。だから、彼の指摘は正しい。
「そうですね」
何よりも自分はラウの奇行にはなれている。と言うよりも、彼のそれはまだおとなしい方だ。もっとすごい個性のメンバーに囲まれていることを考えれば、どうと言うことはない。
もっとも、ニコル達は違うはずだが。
「……アスランさんでなければいいけど」
別の可能性を思いついてキラはこう呟く。
「さすがに、それはない、と思いますよ」
アスランが逃げ出したなら、無条件で連絡が来ることになっている。今回はその連絡がない。
「隊長命令ですし」
いくらアスランが周囲を抱き込もうとしても難しいはずだ。そう言われて、キラは小さくうなずく。
アスランでないなら大丈夫だ。
心の中でそう呟くと食堂へ入ろうとする。しかし、反射的に回れ右をしたくなった。
「……見事ですね、あれも」
しかし、ニコルがいる以上無理だ。
「隊長の周囲だけ、誰もいませんよ」
確かに、きれいな正円を描いて空白地帯がある。
「あそこに座れるだけの度胸を持っている人間は、さすがにいないようですね……僕も、できれば遠慮したいのですが……」
「無理ですよね」
「みたいです」
すでに、見つかっているようだ。小さな笑いとともに彼は――おそらく――キラを手招いている。
「先に行っていてください。キラ君の分も僕が持っていきますから」
ニコルは苦笑とともに言葉を口にした。
「皆さんのためにも、それが一番でしょうね」
きっと、そうすればラウの周囲の空気は少しでも増しになるのではないか。キラはそう判断をする。
「僕の分は少なめでお願いします」
とりあえず、とキラは続けた。
「わかっていますよ」
うなずくとニコルは離れていく。それを確認して、キラもまた、ラウの方へと近づいていった。
「元気そうだね、キラ」
彼が近づいたのを確認したのだろう。ラウが微笑みとともにこう声をかけてくる。
「ラウさんも。でも、お仕事はいいのですか?」
彼と向かい合う場所に立つと、キラは聞き返す。
「とりあえずはね。今を逃すと、後は当分時間がとれそうにない」
手の動きで彼はキラに座るように促してきた。それに逆らうことなく、素直に彼の正面へと腰を下ろす。
「すまないね。本当はヴェサリウスに来てもらった方がいろいろとよかったのだが……」
言外にアスランのことをにじませながら、彼は口にする。
「僕はかまいません。むしろ、嬉しいですけど」
こう言いながら、キラは周囲を見回す。
「あぁ。彼らのことは気にしなくていいよ」
この程度で怖じ気づくような精神の持ち主は早々に戦死するだろう、と言うラウの感想は違うのではないか。
「……上司と食事をすると気詰まりをするって聞いたことがありますけど?」
それを言った人物の名前は、ここで口に出すのははばかられる。しかし、彼にはわかっているはずだ。
「それはあの男だけだろう」
ラウはあっさりと受け流す。
「相手よりも偉くなってしまえばいいだけだよ」
そうできる人間がどれだけいるというのだろう。さらに突っ込みたくなってしまう。
「キラ君、お待たせ」
そこにニコルが両手にプレートを持ってやってきた。
「とりあえず、お肉の量は半分にしてもらいましたから」
彼はそう続ける。
「少なくはないかね?」
「お言葉ですが、隊長。キラ君は運動をしていませんから、あまり多すぎても胃を壊すだけです。むしろ、お菓子で調整をした方がいいかと」
ニコルはそう言い返した。
「それに、ガモフの料理人達がキラ君のおやつ作りを楽しんでいますから」
彼はさらに続ける。
「そうかね。ならば、私が口を挟むことではないか」
キラが健康を損ねなければいい。ラウはあっさりと引き下がる。
「ともかく、食べてしまいなさい。話しはそれからでもいいだろう」
この言葉に、キラは小さくうなずいて見せた。