空の彼方の虹
11
室内にはラウの姿しかなかった。その事実に、アスランは肩すかしにあったような気がしてならない。
それとも、どこかですれ違ったのだろうか。
この狭い艦内でそのようなことをするとなれば、故意にルートを変更しなければいけないはず。そこまで手間をかけるだろうか。
いや、ニコルならばあり得るかもしれない。
いったい、どこまで邪魔をしてくれるのだろうか。心の中でそう呟くと、アスランは唇をかむ。
「アスラン・ザラ?」
その彼の耳朶をラウの声が叩いた。
「何か用があったのではないかね?」
さらに彼はこう続ける。その声音にいらだちの色が見え隠れしているのは錯覚ではないだろう。
「本日保護した少年の世話を、自分にさせていただけないでしょうか」
彼にごまかしは通用しない。だから、ストレートにこう言ってみる。
「すでに、ニコルに任せてある。本人もそれを望んでいる以上、変更する必要性は感じないが?」
何故、アスランに任せなければいけないのか。きちんと説明をするように、と彼は続ける。
「おそらくですが、私と彼は顔見知りです。知っている人間がそばにいる方が彼も安心できるのではないかと判断しました」
キラがおびえているのは、ここが軍艦だから、だ。そして、自分が軍人になっているとは思わなかったからだろう。
昔から彼は軍人が苦手だった。
「そんなはずはないね」
しかし、ラウがきっぱりと断言してくれる。
「何故、そうおっしゃるのですか?」
自分達の何を知っているのか、と反射的に聞き返す。
「あの子は私の知人の子でね。幼い頃からよく知っている。残念だが、あの子はもちろん、あの子の兄の口からも、君の名前を聞いたことがない」
それに、と彼は続けた。
「もし、その事実を私が知らなかったとして、いったいどこで出会ったのかな?」
聞かせて欲しい、と言われる。
「隊長とキラが知り合い?」
そんな話を聞いたことがない。しかし、自分だってキラに交友関係をすべて知らせたことはない。だから、今まで気にしたこともなかった。
だが、こうなるとわかっていればきちんと聞き出しておくべきだったかもしれない。
「月です」
今更後悔しても遅いが、と心の中ではき出しながら言葉を返す。
「なら、間違いなく別人だね」
それに、ラウは納得したというようにうなずく。
「あの子達は月に行ったことはない。だから、君と出会っていたはずがないからね」
オーブ本土の幼年学校に通っていたはずだ。そう続けた。
「そんなはずはありません!」
彼は間違いなく、自分が知っている《キラ》だ。
それなのに、と拳を握りしめる。
「キラ・バルス。現在十三歳。四つ年上の兄とともにサハクの双子の養い子になっている。それが私の知っているあの子だが?」
すらすらとラウは彼のプロフィールを口にした。
「そういえば、三つ上の親戚に、同じ名前の人物がいたそうだよ。すでになくなっているはずだが」
さらに彼は爆弾を投下してくれる。
「なくなった?」
聞き間違いだろうか。いや、そうであって欲しい。そう思いながら聞き返す。
「私も詳しくは知らないが……確か、宇宙船の事故だったらしい」
デブリとの接触事故と言うことで、報告が上がってきた。彼はそう続けた。
「そのあたりのことは、ライブラリに報告書があったはずだ。閲覧制限はされていない。気になるなら確認すればいい」
さらに付け加えられた瞬間、足下が大きく歪んだような錯覚に襲われる。
「嘘だ……」
思わずこんなつぶやきがこぼれ落ちた。
「ともかく、あの子は君を怖がっている。君がどう思おうとね」
それを無視してラウは言葉を重ねる。
「あの子としても、他人に重ねられては不満だろう」
彼の言葉も、今はもう、耳に入っていない。聞こえてはいるが、意味が理解できないといった方が正しいのか。
「キラが、死んだ?」
嘘だ、と呟く自分の声が、どこか遠くから響いてきた。