空の彼方の虹
09
キラは救命ポッドに押し込まれるまでのことを、できるだけ詳細に説明した。しかし、かなり混乱していたのではっきりと覚えていないことも多い。
「たぶん、地球軍だったと思います。でも、はっきりと戦隊は見ていないので……」
自分が個人用のそれに押し込まれたのは、うまくいけば兄達に見つけてもらえるかもしれない。そう判断したのだろう。
「サハクのお二人がそういう指示を出していたんだと思います」
あの船の艦長はサハクの関係者だったから、とキラは続けた。
「僕ならば、兄さんかジャンク屋の人たちが拾ってくれるはずですし……あそこにコーディネイターがいない方が話が簡単になっていたはずですから」
不本意だが、と心の中で付け加える。最近、地球軍が臨検を行った際、コーディネイターの乗客をザフトの協力者と言って強引に連れ去るという事件が頻発しているのだ。その乗客が民間人だろうと何だろうと関係なしに、である。
それよりは、さっさと船外に逃がして安全と思える場所に移動させた方がいい。そう判断されたとしてもおかしくはないのではないか。
「ただ、予想外だったのは、地球軍の動きの方だったようですけど」
まさか、その後、オーブ籍――しかも、民間の定期航路便――の船を破壊するとは、誰も想像していなかった。
「そこに、救難信号をキャッチした我々がたどり着いたのは不幸中の幸いだった、と言うことだね」
個人的にも、とラウはうなずく。
「しかし、どうして地球軍はそのようなことを?」
訳がわからない、とニコルが言う。
「そこまでは、私にもわからないね」
いずれはばれるだろう、とラウは言い返す。
「だが、何か理由があったのだろう」
それを探るのは今の自分達の役目ではない。彼はそう続ける。
「ともかく、君の身柄は私が保証しよう。できるだけ早く、オーブに戻れるよう、手を尽くしてみる」
それまでは、おとなしくこの艦に乗り込んでいるように、と彼は締めくくった。
「それは仕方がないと思ってますが……」
ただ、とキラは続けようとして、何と言えばいいのかを悩む。
「アスランのことですか?」
それに気がついたのだろう。ニコルが水を向けてくれた。
「アスランがどうかしたのかな?」
おそらく、ラウには想像が付いているのではないか。彼も自分の事情をよく知っている一人だ。しかし、それをニコルに知られるのはまずいのだろう。
「何か、キラ君に関して誤解をしているのか……妙に執着をしていて怖がらせてしまっているんです」
今も、キラを追いかけてこちらに来ているようだし、と彼は続ける。
「それは……困ったものだね」
ラウはそう言って苦笑を浮かべた。
「それならば、配置換えをしよう。アスランとラスティをこちらに。ミゲルをガモフに回す」
キラの面倒はニコルに任せる、と彼は続ける。
「僕はかまいません」
ニコルが即座にこう言い返す。
「ですが……」
「何。アスランがこちらにいればいくらでも監視できるからね」
自分を出し抜こうなど、百年早い。ラウはそう言って笑う。
「あちらであれば、キラ君も自由に過ごしてもらってかまわない。もっとも、ブリッジには立ち入りを禁止させてもらうがね」
ヴェサリウスにいるよりも気楽に過ごせるはずだ。ラウはさらに言葉を重ねる。
「そうですね。アスランさえいなければ、あちらの方がいいと思います」
ニコルもそう言ってうなずく。
「イザーク達にも協力してもらえますし」
ね、と言われて、吉良は反射的に首を縦に振っていた。
「おやおや。人見知りの君にしては珍しいね」
そう言われて、キラは頬が熱くなる。別に人見知りなのではない。誰が危険で、誰ならば安全なのか。それがわからないから、あえて一線を画しているだけだ。その方がいいとみんなが言っているし、と心の中だけで呟く。
「あぁ。できるだけ早く、カナードと連絡を取れるように手を尽くしてみるよ。そうでなければ、彼が何をしでかしてくれるか、わからないからね」
「……兄さんなら、十分やりかねないですね、確かに」
ラウの言葉に、キラはため息とともに言い返す。
「そのせいで、僕は本土からアメノミハシラに引っ越すことになりました」
あそこなら、さすがのカナードも自制してくれるだろう。そう判断してのことだ。そうでなければ、際限なく破壊行動をしかねない。
今だって、何をしでかしてくれているか。それを考えただけで怖いとキラは思う。
「あぁ、聞いているよ」
苦笑とともにラウもうなずいてみせる。
「だから、君をさらったと彼に恨まれたくないからね」
全く、と小さな声で付け加えた。
「彼が本気になれば、同等に戦えるのは私だけだろう。こうなるとわかっていれば、あの子にMSの操縦を教えなかったのだが」
今更だね、と彼はさらに言葉を重ねた。
「ともかく、そう言うことだから、今しばらく我慢していてくれ。作戦が終わり次第、本国に移動できるように手配しておく。そこからなら、オーブに戻れるだろうからね」
現状では難しいのではないか。そう思いながらもキラは小さくうなずいてみせた。