仮面

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  09  


 4人は何も言わないまま、キラが運び込まれた医療室のまえへと集まっていた。もっとも、その理由は様々だったが。
「……あの時、無理矢理にでもプラントに連れて行けばよかったのか……」
 固く閉ざされたままのドアに触れながら、アスランが小さく呟く。その姿は、他の三人が今までに見たことがないくらい弱々しい印象を与える。
「いや、無理だったな。あいつのご両親はナチュラルだったから……」
 イザーク達に伝えると言うよりは、自分に言い聞かせるようにアスランは言葉をつづっていく。
「ナチュラルもコーディネーターもキラには関係なかった。あいつは……そんなことで人を判断しなかった」
 それが、今回の一件を引き起こしたのだろうか。
 キラのそんな優しさをナチュラルは踏みにじったのだ。
 ゆっくりゆっくりとキラの心を絡め取り、自分たちの思うがままに変えていく。それが、キラ本来の意識とのずれを生じさせ、そのずれが修復できないところまで行っていたら……間違いなくキラの心は壊れていただろう。フラガは決して口にしなかったが、おそらくそれまでもう秒読み段階だったのかもしれない。
「それだけあいつの認識が甘かった……と言うことか」
 アスランの背に、イザークの声が届く。彼の言葉はキラを侮辱しているようにアスランには思えた。
「イザーク!」
 反射的にアスランはイザークへと視線を向ける。そして、激情のまま殴りかかろうかと拳を握りしめた。だが、それは振り上げられる前に側に寄ってきていたニコルの手によって押さえられる。
「言い過ぎですよ、イザーク」
 そして、アスランの代わりというように彼は口を開く。
「中立国で戦争に関わっている人がどれだけいるのですか? コーディネーターとナチュラルの対立から逃れたくて、彼のご家族はヘリオポスへ移住したというのであれば、まさか自分がそんな風に利用されるなんて考えなくて普通だと思いますよ」
 まして、彼は自分たちのように進んで戦争に関わっていたわけではないのだし……と付け加える。
「だけどな」
 それでも戦争は起こっていたのではないか、とディアッカが口を挟んできた。
「……もし、それよりも暗示の時期が早かったとしたら……それでも彼を責められますか?」
 だが、ニコルのこの言葉が彼の言動を封じ込める。
「なるほど……そんな気配がなかった頃から計画されていたっていう可能性もあるわけか」
 自分たちですら、以前あのような事実があったことを知らなかったのだ。ザフトに関係を持たないコーディネーターに知るすべはなかっただろう。
「それに、誰も親を選んで生まれることはできませんしね」
 親の世代が子供をコーディネイトすることはできても……とニコルは呟く。
「キラ・ヤマトに選択の余地がなかったことは認めよう。だが、あいつが俺たちの仲間を殺した……というのもまた事実だぞ」
 その罪は償わさせなければならないだろうとイザークは主張する。
「……それは、わかっている……」
 アスランにしても、キラが無条件で解放されるとは考えていない。だが、今はそれよりもキラの心が自由になる方が重要なのだ。
「すべては、暗示が解けてからのことだろう?」
 今のキラにそれを判断できることはできない。いや、それ以前に暗示を解くことができるのかどうかすらわからないのだ。
「その時は、邪魔するなよ」
「状況次第だな」
 キラの体に危害が及ぶようなら無条件で邪魔をする、とアスランは言外に付け加える。
「俺が守る、と約束したからな」
 あんな状況でも、キラは自分のことを『親友』だと思っていてくれた。そして、それが彼にとって少しでも救いになっていたというのであれば、その役目を放棄するつもりはアスランには全くない。
 いや、今まで苦しめた分、全力で守ってみせると心の中で呟く。
 そんな二人の間で剣呑な空気が生まれた。これにはニコルだけではなくディアッカもまずいという表情を作る。
「……好きにするんだな。俺も好きにさせて貰う」
 しかし、ここが医療室の前だと言うことを考えたのか。珍しくもイザークの方が先に折れる。
「お前らの言うとおり、あいつだけに責があるわけじゃないようだからな。確かに、親を選んで生まれることはできないか」
 そして、例えナチュラルであろうと親を大切に思う気持ちはとがめられない、とイザークは口にした。
「だからといって、お前の行動を認めたと思うなよ」
 それでもアスランに釘を刺すことを忘れない。
「自分の行動に関しては、きちんと責任を持つ。お前に言われなくてもな」
 この件に関しては一歩も譲る気がないアスランは即座に言い返す。
「勝手にしろ」
 これ以上、今の状況で議論をしても無駄だと判断したのか、イザークはこの一言を残して口をつぐんでしまう。
 アスランもまた不安げな視線をドアへと向けていた。
 こうなれば、他の二人が口を開ける状況ではないだろう。
 ただ、堅く閉められたドアが開くか、それとも別の何かが起こることをそうっと祈るだけだった。
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