仮面

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  08  


「催眠暗示……ですか?」
 クルーゼ達の説明を聞き終えた瞬間、アスランが呆然と聞き返す。
 その言葉の裏には、信じたくないという思いが見え隠れしていた。
「そうだ。それも、かなり長期間にわたって施されたものだろう」
 本人が刷り込まれた考えを自分のものだと錯覚する位、とクルーゼは付け加える。
「まぁ、坊主の場合は簡単だったんだろうが。ご両親も友人もナチュラルだ。彼らを大切にしたいという気持ちを、ナチュラルそのものも守りたいと拡大させればいいだけのことだったからな。もっとも、その代わり余計に厄介なんだが……」
 どこまでが自分の意思で、どこからが刷り込まれたものなのか、自分でも判断が付かなくなっているだろう。
 しかも、彼の場合、周囲にコーディネーターはいなかった。
 プラント側に知られることなく、暗示をかけ、地球側の思い通りにするには格好の的だったはず。そして、それはほとんど目的を達していたと言っていいだろう。
 実際、アークエンジェルの中であれだけ迫害されていたというのに、キラはあくまでも彼らを守ろうとしていたのだ。確かに、ナチュラルの中にはそんな彼を守ろうとしていたものもいる。しかし、それは本当に一部のものだけで、他の多くのものは自分たちを守ってくれる存在だというのにキラに自分の鬱憤をぶつけていた。  それは見ている立場だったフラガですら気持ちが悪くなるものだったと言っていい。
「……その状況でよく我慢できたものですね」
 ニコルが小さな声で感想を口にする。
「僕だったら、とっくの昔におかしくなっているかもしれません」
 口には出さないが、イザークやディアッカですら同じ思いだったのではないだろうか。アスランにいたっては怒りを押し殺すのが精一杯だった。
「……では……」
 必死に冷静な口調を作りつつ、アスランが口を開く。
「ん?」
 その視線が自分に向けられていることに気づいたフラガが、その先の言葉を促す。
「では、何故、あの時、自分がキラを連れて行こうとしたのを邪魔してくださったんですか? そうすれば、もっと早く対処できたかもしれないでしょう」
 ラクスを自分に引き渡してくれたとき、キラも連れてくることができれば……とアスランは思わずにいられない。もっと正確に言えば、それよりも早く彼をアークエンジェルから引き離してしまいたかったのだ。そのたびに邪魔が入り、自分の願いは先ほどまで叶うことがなかったが……
「そして、坊主を死なせていた……っていうわけか」
 そんなアスランの気持ちを逆撫でするようなセリフをフラガは投げつける。
「……そんな……」
 この言葉にアスランは絶句してしまう。
「さっきのあれを見てただろうが。坊主にとって、何が自殺行動を起こさせるキーワードになっているのか、俺たちにはわからない。そうである以上、対処できる者がいなければ、拘束しているしかなかったんじゃないのか?」
 その前に自殺させてたかもしれないが……とフラガは付け加えた。
「実際、そのような事例があったのだよ。と言っても、我々がプラントに移住し始めた頃だったから、君たちが知らなくても当然なのだが」
 ある一定以上の年齢の者たちであれば覚えている者も多いであろうとクルーゼが続ける。
 だから、あえてキラをアークエンジェルに残しておいたのだ、と二人は言外に伝えた。その判断は納得できるものだと言っていい。しかし、アスランの感情はそれを認めたくないと訴えるのだ。
「つまり、俺たちはナチュラルの思惑にのせられていたって事かよ」
 吐き捨てるように口にしたのはイザークだ。ストライクから一番被害を受けたのは彼なのだ。その分、思い入れも強かったのだろう。  だが、ストライクを動かしていたキラは、ナチュラルの勝手な思惑で、意思を縛られていた。
 目標を奪われた彼がアスランと違った意味で怒りを感じるのもしかたがないのだろうか。
「だけどさ……奴の暗示を解いたとして……元に戻るわけか?」
 深層心理まで支配しているんだろう……というディアッカの疑問ももっともだろう。
「……本来なら、あの時、坊主はお姫様をザフトに引き渡すなんてマネをしないはずだったんだがな……」
 不意にフラガが小さく呟く。
「お姫様の存在がアークエンジェルの命綱だった……というのはある意味真実だったしな。だが、坊主は自分自身の意思でザフトに連絡を取り、彼女を引き渡した。それがどういう結果をもたらすかわかっていてもだ」
 それがどういうことなのか、クルーゼ以外は理解できないという表情を作った。
「暗示が完全ではないと?」
「あるいは……ナチュラルが予想していない要因があるかだ……」
 クルーゼの言葉に、フラガが小さく笑う。
「そして、それはどうやらそっちの坊主に関係していると思うぞ」
 そして、彼が指さしたのはアスランだった……
「……自分……ですか?」
 アスランはとっさにそれだけを口にする。
「多分な。坊主の『親友』というのが他にいれば別なんだろうが」
「……自分は……そう思っていました」
 ただ、キラがどう思っていたかまではアスランにも自信がない。月で別れてからの三年間、自分もキラも変わらなかったとは言い切れないのだ。
「坊主の方もそうだったとおもうがな」
 そう言いながら、フラガはあちらから持ってきたらしい物を取り出す。それは小さな緑色の鳥形ロボットだった。今の自分たちから見れば、あくまでも玩具にしか思えないそれは、あの日、アスランがキラに渡したものだ。
「トリィ」
 彼の血の源だという地球にある小さな島国の言葉で付けた名前を、アスランは思わず口にする。すると、それはフラガの手を逃れようとするかのように羽ばたきだした。
 そんなトリィの様子に、フラガは小さく苦笑を浮かべると、予想外の優しさで手を離してやる。次の瞬間、それはまっすぐに自分の創造主の元へと向かった。
「そいつは、坊主が親友から貰ったものだとさ」
 アスランの手に戻ったトリィは、キラに手渡したときとまったく変わらない姿をしていた。それは彼がどれだけトリィを大切にしていたかを見るものに教えてくれる。
「ついでに言えば、坊主の数少ない救いだったらしいがな」
 それでも、まだキラのことを疑うのか。アスランはフラガにそう詰め寄られているような感覚に襲われる。
「……自分がそうなのだとしたら、何だとおっしゃるのですか?」
 やっぱり、この男は気に入らない。例え、軍での地位が自分よりも高いのだとしても……とアスランは心の中で呟く。
「簡単なことだ。坊主の支えになれ」
 坊主を壊したくないならな、と口にしたフラガの真意はどこにあるのだろうか。アスランにはすぐに判断できなかった。

「ずいぶんとあの少年に入れ込んでいるようだが……情でも移ったか?」
 ガンダムのパイロット達を解放した後、クルーゼが問いかけてくる。
「……あの坊主はあの人に似すぎている……だからかな」
 その問いに、フラガは苦笑混じりに答えた。
「本当、戦争って嫌だねぇ」
 俺が言えることじゃないが……とフラガは付け加える。だが、それに対するクルーゼの反論はない。
「彼をザフトに取り込むことができると思うか?」
 その代わりというようにクルーゼはまた新たな疑問を口にした。
「何でだ?」
「……X−105……ストライクだったな。そのOSがどうしても解析できないと連絡があった。この船に乗っている整備兵はかなりの能力の持ち主達だ。彼らにこう言わせるだけの才能、捨てるには惜しい……と思っただけだよ」
 できることなら、味方にした方が有益だ……と彼は付け加えつつ、仮面を外す。
「……それも、もう一人の坊主次第だろう。あいつが坊主の支えになれるかどうか。それで決まるような気もするが……まぁ、ついでにアークエンジェルを捕縛して、坊主の友人達を保護しておけば確実だろうがな」
 彼らの存在がキラをストライクにのせていた理由だ、とフラガは続ける。
「……確かに、彼に似ているよ、あの少年は」
 小さな溜め息と共にクルーゼは言葉を吐き出す。そして、素顔のままフラガを見つめた。同じ色の瞳がぶつかる。そこには冷静な指揮官にしては珍しく感傷の色が映し出されていた。だが、それも一瞬のこと。
「お前の提案、見当してみよう」
 口に出された声からは、もうそれは消えていた。

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