仮面

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  07  


「……嘘……」
 衝撃でキラが倒れてしまうのではないか。アスランはとっさにそう思ってしまった。それだけキラの顔色は悪かったのだ。
「残念だが、本当なのだよ。キラ・ヤマト君」
 そんなキラに追い打ちをかけるように--------あるいはその周囲で同じように驚愕の表情を浮かべているアスラン達に向けてか--------クルーゼが口を開く。
「この男は、これでも我が軍の情報局に所属しているのだよ。その優秀さは、君も知っているのではないかな?」
 フラガの肩に親しげに手を置くクルーゼの行動すら、今のキラには信じられないものなのだろう。言葉を返すことすらできない。
「……キラ……」
 ひょっとしたら、このまま彼は倒れてしまうのだろうか。そんな不安を抱えて、アスランはキラの顔を盗み見している。だが、その視線すらキラは気づく余裕を持っていない。
「……何で……大尉はナチュラルじゃなかったんですか!」
 何度か言葉を発することに失敗しながら、キラはようやくこう口にする。
「ん〜。ちょっと違うんだけどな、正確には」
 そんなキラを安心させようと言うのか。フラガはほんの少しだけ目元を和らげる。
「コーディネーターと言っても、第一世代は結構能力の差があるってことさ。ついでに言えば、俺はその気になるのが得意だしな」
 自分の能力をごまかしていると悟られずに手を抜くのは得意だし……とフラガは平然と言い放つ。
 その言葉はしっかりとキラの耳にも届いている。だが、彼の思考は何とか目の前の出来事をを否定しようとしていた。
「でも……だったら、どうしてみんなを……」
「優秀な方がだましやすいからさ。誰だって、本気で自分を守ってくれる奴とそうでない奴がいれば、守ってくれる方を信用するだろう?」
 だから、戻れと言われないうちは本気でアークエンジェルを守っていたのだ……とフラガは言い放つ。
「おかげで、結構重要機密なんかも耳に入ってきたってわけだ」
 言外に、ヘリオポリスにガンダムがあることをザフト--------クルーゼに伝えたのは自分だ、とフラガは告げる。
「……信じてたのに……僕だけじゃなく、みんなだって貴方を……」
 この一言がキラの怒りに火をつけたのだろうか。反射的に彼はフラガに殴りかかろうとした。
「キラ!」
 そんなキラを、アスランが後ろから抱きかかえるようにして制止する。
「放せ、ってば!」
 アスランの腕から逃れようとキラは抵抗をした。しかし、フラガはそんな彼らをおもしろそうに見つめている。
「本当……坊主は可愛いよな。連中に利用されていたって言うのに」
 この言葉はキラに向けられたものではなかった。
「だって、貴方がいったんじゃないですか! 戦わなければ守れないから、戦うんだって! 僕にストライクに乗れって!」
 でなければ、あれに乗って戦うなんてしなかっただろう。キラの無言の叫びがアスランにも伝わってくる。
「……そう言わなけりゃ、とっくの昔に、坊主の精神がおかしくなってたからな」
 だが、フラガの口から出たのは--------クルーゼだけは伝えられていたのかもしれないが--------この場にいた誰もが予想もしていなかったセリフだった。
「なっ……」
「おかしいとは思わなかったのか? いくら坊主がコーディネーターで、優秀だからと言って、軍の最高機密のOSをあっさりと書き換えられるわけないだろう」
 小さな子供に告げるかのように、フラガが口調を和らげる。
「……それは……たまたま似たようなOSの整備を……」
「手伝った経験があったんだよな。カレッジの研究室で」
 キラの言葉を奪うと、さらにフラガは言葉を続けた。
「そして、その研究室の教授の命令であの日、工場地区にいた……と。それにしては、どうしてあそこにたどり着けたんだ? あそこは一応秘密工場だって聞いたぞ」
 キラ自身にその時の状況を語らせようと言うのか。フラガはこう振ってくる。
「避難ポットを探していたからです」
 あくまでも偶然だ、とキラは主張をした。だが、そのセリフはフラガの望んでいたものだったらしい。
「そりゃおかしいな。工場地区には万が一に備えて、個人用のポットも設置されている。そして、坊主がたどったルートの中にもそれはあったぞ」
 使われていないものもな……と言われて、キラはその時の状況を改めて思い出そうとした。しかし、どうしたことか、あの少女と別れてからの記憶が曖昧にしか思い出せない。
「ついでに言ってやろうか。俺が連れてきたGのパイロット候補は、実は4人しかいなかったんだよ。なのに、Gは5機あった。何か変だとは思わないか?」
 キラの瞳が揺れている。あと一息だ、と判断したのか。フラガはたたみかけるように言葉をつづる。
「坊主はGのOSに似たプログラムの開発につき合っていた。シミュレーションもしていたんだよな? はじめから全部仕組まれていたとは考えないわけか?」
 フラガのこの一言が、キラの心の奧に封印されていた扉をこじ開けた。
 何かが彼の意識を押し流していく。
「キラ?」
 あれだけ抵抗を示していたキラの動きが止まる。その事実を不審に思ったアスランが声をかけた。だが、答えどころか反応すら返ってこない。
「キラ!」
 アスランの叫びと共に、フラガが小さく舌打ちをした。そして、そのまま二人の前まで移動をする。
「何を!」
 フラガの指がキラの口の中へと押し込まれた。それとほぼ同時に、キラの歯がきつくかみしめられる。
「……舌を?」
 正面からそれを見ていたクルーゼが問いかけるようにフラガの背に声をかけた。
「今のもNGワードだったか……」
 フラガはそれに答えるように呟き返す。
「悪いな、坊主……」
 しばらく寝てろ、と付け加えると同時に、彼の拳がキラのみぞおちを叩く。それだけでキラの意識はあっさりと失われる。
「後を頼む」
 その体を抱き留めながら、フラガが視線を流した。そこには、ラクスと入れ替わるようにして乗船してきた軍医の姿がある。
「……隊長……」
 いったい何事が起きたのか。
 キラがどうなってしまったのか。
 説明をして欲しい……というようにアスランはクルーゼの顔を見つめる。
「詳しいことは場所を移してから……の方がよかろう。その前に、彼を軍医殿に渡したまえ。彼を死なせたくなければ、の話だが」
 彼の冷静さだけが、アスランをはじめとするガンダムのパイロット達には救いだったかもしれない……

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最遊釈厄伝