仮面
06
ザフトの戦艦の中に連れ込まれてしまえば、逃げ出す機会が無くなるだろうと言うことはキラにもわかっていた。
しかし、何か考えがあるらしいフラガの言葉とアスランの存在がキラに抵抗をすることとためらわせている。
いや、それ以上にキラには気になることがあった。
「……何で、時々ふっと記憶がなくなるんだろう……」
戦いの最中もそうだった。そして、先ほどアスランと話していたときも、一瞬だが、記憶が飛んでいる。その時、いったい自分は何を口走ったのだろうか……
「やっぱり、僕はもう壊れているのかもしれないな……」
自嘲気味にキラが呟く。
こんな風に記憶がなくなることが増えてきた。それはいつもストライクに乗っている時のような気がする。いや、最近はそれ以外の時でも記憶が飛んでいるときがあるのだ。
「……このまま、どうなってしまうんだろう……」
心の中に不安だけが広がっていく。
無意識のうちにキラは自分の体を自分の腕できつく抱きしめていた。
その間にも、ストライクはザフトの整備陣によって格納庫の一角へと運ばれていく。彼らがすべての武器を封印したのは当然のことだろう。だが、そんな彼らの動きすら、コクピットの中で縮こまっているキラにはわからなかなった。
『キラ、開けて!』
その姿勢のまま、どれだけの時間を過ごしていたのか……
アスランの声を耳にして、キラはゆっくりと顔を上げた。しかし、こわばってしまった体はすぐに反応をしてくれない。
『何も心配しなくていいから……ね』
それをどう受け止めたのか。アスランは優しい声で付け加えてくる。その呼びかけを耳にしながら、キラはモニターで彼の位置を確認した。
「……アスラン、離れて……そこだと衝撃で怪我をするから……」
キラはゆっくりと体制を整えながら装甲の外にいる彼に呼びかける。その声が聞こえたのだろう。アスランはストライクから距離を取った。その位置は、コクピットが開くと同時にすぐにキラの元へと近づける場所だった。
それだけアスランは自分のことを心配しているのだろう。
彼の気持ちをうれしく思いながら、キラはコクピットを開く。
「キラ!」
実際に彼とこうやって顔を合わせるのはいったいいつ以来なのだろうか。
シートからゆっくりと立ち上がりながらキラはそんなことを考えた。
声を交わしたのはもう何度もあるのに、何のじゃまもなく顔を合わせることができたのは、ひょっとしたら、あの日月で彼と別れて以来かもしれない。
その事実に、キラは目の奧が熱くなるような感覚を覚える。しかし、ここで涙を流すわけにはいかない、と必死に堪えた。
「銃を向けるな。大丈夫だ。彼は何もしない!」
アスランが周囲にいる兵達に叫んでいる声を耳にしながらキラはゆっくりとコクピットから滑り出る。そしてヘルメットを外した。その瞬間、周囲から息をのむような起こる。その理由がわからないまま、キラは曖昧な微笑みをアスランへと向けた。
「気にしなくていいよ……僕は……裏切り者、なんだろう?」
自嘲を込めた声でキラが言葉をつづれば、アスランはとっさに眉をひそめる。
「……キラ……」
なんと言えばいいのかわからない……というようにアスランは唇をふるわせた。悲しそうな瞳の中に自分の姿を見つけて、キラはさらに笑みを深める。
「言われ慣れているから……」
そして、アスランをさらに悲しませるだけだと知りつつ、キラは言葉を付け加えた。
もう何も言えなくなってしまったのだろう。言葉の代わりというように、アスランは手を伸ばしてキラの体を抱きしめる。ようやく触れることができたぬくもりに、キラは悲しげに目を伏せた。それでも彼の腕を拒むことはしない。
二人の上だけ、このまま時間が止まってくれればいい……とすら思ってしまう。
だが、そううまくいくわけはない。
「何を敵のパイロットとなれ合ってんだ!」
聞き覚えのない声が耳に届く。その声に慌ててキラはアスランから身を離そうとした。しかし、彼の腕は逆にキラの体を自分の方へと引き寄せる。
「だからどうした! 少なくとも、誰にも迷惑をかけていない」
そして、堂々とした口調でこう言い返した。そんなアスランの肩に顔を押しつけられている状況に置かれているせいで、キラからは言い返された相手がどのような表情をしているのかわからない。
「……アスラン……」
そんなことをして、仲間達と気まずくならないのか……と言う言外に込めながらキラは彼の名を口にした。
「俺が気に入らないんだよ!」
「だったら、見なければいいだろう。キラに関しては隊長から俺が一任されている。お前らに口を挟まれるいわれはない」
しかし、アスランはまったく気にする様子を見せない。平然とした口調で言い返していた。それが相手の精神を逆撫でしたのは言うまでもないであろう。
「そう言えば、元々お前も気に入らなかったんだよな、俺は……いっそ、ここで決着をつけるか?」
剣呑な口調で詰め寄ってくる。
「アスラン!」
「いい加減にしてください、二人とも!」
キラともう一人の声が被さった。
「第一、ここでいつまでも言い争っているわけにはいかないでしょう? 何をするにしても、場所を移動してからにしたらどうですか。それに、隊長も戻っていらしたようですし」
最後の一言が聞いたのだろうか。アスランも、もう一人もとりあえず怒りの矛先を納めたようだ。その事実にキラは小さくため息をつく。
「大丈夫だよ。何があっても、君には指一本触れさせないから」
アスランが心配いらないと言うようにキラの背を叩いた。それから名残惜しそうにようやく彼の体を解放する。
「イザーク!」
その瞬間、キラは脇から伸びてきた手にとらえられた。そう認識したときにはもう、アイスブルーの瞳に射抜かれている。
殴られる!
振り上げた拳を見て、キラはとっさに目をつぶった。だが、予想していた衝撃はいつまで待っても襲ってこない。
おそるおそる目を開ければ、アスランともう一人の小柄な少年がイザークと呼ばれた青年の体を押さえつけているのが目に入った。
「捕虜を虐待するような真似はやめてください!」
その少年にこう言われて、イザークはちっと小さくため息をつく。
「お前はアスランよりだったな、ニコル」
後で覚えていろ……と付け加えられたセリフにも、彼は少しもひるむ様子を見せない。
「隊長の前で話をつければいいだけのことです。戻っていらっしゃったようですし」
にっこりと微笑むと、ニコルは格納庫の一角を指さした。確かにそこにはクルーゼのシグーとフラガが乗っているはずのゼロが運ばれてきている。
「行くよ、キラ」
言葉と共にアスランがキラを抱きかかえるようにしてシグーの方へとストライクのハッチを蹴った。無重力に設定されているこの場所では、それだけの仕草で二人の体はあっさりと流されていく。
そのせいだろうか。アスランの腕の中で、キラは周囲の様子を確認することができた。同時に、違和感を覚える。だが、いったい何がおかしいのか、ザフトの内情を知らないキラには判断が付かない。
アスランがシグーの前に立ち止まると同時に、クルーゼがコクピットから姿を出した。そして、二人の姿を見て、かすかに口元をほころばせる。
「無事なようだな、坊主」
いや、姿を現したのは彼だけではない。言葉と共にゼロのコクピットからフラガも抜け出してくる。その彼の姿を見た瞬間、ザフトの兵士達は銃を向けるどころか逆に敬礼をする者までいた。それは明らかに上官に向けられたものだろう。
慌ててアスランへと視線を向ければ、彼も驚いたように目を丸くしている。いや、アスランだけではない。遅れて辿り着いたイザークとニコル、そしてもう一人の青年も驚きを隠せないという表情を作っていた。
「……大尉、まさか……」
キラの心の中をある可能性がよぎる。だが、その可能性を認めることはキラにはできなかった。したくなかった……というのが正しいのか。
「あたり。俺はザフトのスパイだったというわけ」
しかし、そのキラの心を読んだかのようにフラガはあっさりとこう告げる。キラの瞳に映る彼の表情は、いつもと代わりがない。だから、余計にその一言はキラに衝撃を与えた。