仮面

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  05  


「……いったい、誰なんだ……」
 イージスをヴェサリウスへと向けながら、アスランは口の中だけで呟く。
『アスラン』
 そんな彼の耳に、隊長であるクルーゼが回線越しに呼びかけてきた。
「何でしょうか」
『ストライクをそのまま第二デッキへと連行しろ』
 アスランの問いかけに、いつものように冷静な声が返ってくる。だが、その冷静さがアスランを不安にさせた。
「……了解しました」
 それでも、隊長である彼に自分が逆らえるわけがない。アスランは何とかこう答える。
『心配しなくていい。彼の身柄は私が保証をする。うまくいけば、ストライクごと彼をザフトに招くことができるかもしれないしな』
 そんなアスランの心情を読みとったのだろう。かすかな笑いととももクルーゼがアスランに語りかけてくる。
「……隊長?」
 予想もしていなかったそのセリフに、アスランは我を忘れて呼びかけてしまう。
『詳しいことはヴェサリウスに戻ってからだ』
 ただ、悪いようにはしない……と言い残して、クルーゼからの通信は終了する。これ以上呼びかけても彼が答えてくれないことは経験上わかっていた。
「……隊長は嘘を言うような方ではない……」
 ならば信用するしかないだろう……とアスランは自分に言い聞かせるように呟く。
「キラ……」
 あとは、彼が自分たちの説得を受け入れてくれるかどうかだ。
「キラ! 返事をしてくれ」
 それを抜きにしても、彼の声を聞きたい……とアスランはキラに呼びかける。だが、当然のように彼からの言葉は返ってこない。その拒絶に、アスランは形のよい眉を辛そうに寄せる。
「キラ、今の話は聞こえていたんだろう?」
 それでもあきらめきれないアスランはキラに声をかけた。
「誰にもなにもさせない。だから、ヴェサリウスに着いたら決して抵抗しないでくれ……頼む」
 それだけでもいいから約束をしてくれ……と付け加えれば、
『……僕は、別に自分の安全なんて求めてない……』
 ためらうような口調でキラが答えを返してきた。その言葉の内容はともかく、キラが答えてくれたという事実にアスランはほっとする。
「そんな悲しいこと、言わないでくれ……」
 せっかくこの手に取り戻したのに、どうしても自分たちは昔のように分かり合えないのか……アスランの表情は再び暗いものへと戻ってしまう。
『僕だけ助かったって、意味がないんだよ』
 そんなアスランの心情に気がついているのか、いないのか。キラは吐き出すような口調で言葉をつづっている。
『……それじゃ、何のためにあんなに辛い思いをして君と戦ってまでアークエンジェルを守ってきたのかわからないじゃないか……』
 目の前で彼らを失うくらいなら、自分も……と続けられる言葉に、アスランの胸が痛む。
 キラに自分とナチュラルだという友人達のどちらが大切なのか、と問いつめたい。だが、キラの性格からすれば、どちらの選べない……という答えが返ってくるのは分かり切っていた。そう言う優柔不断さ--------と言うよりは彼が優しいだけだろうとアスランは思っている--------がキラの長所でもあり短所でもあった。
「……だったら、君が彼らを説得すればいい。確かにザフトはナチュラルにはいい感情を持っていない。だからといって、たまたま巻き込まれただけの民間人を殺すほど、無慈悲ではないつもりだ」
 キラがそうしたいのであれば、自分も力添えをするから……とアスランは付け加える。
 本当なら、そんな奴ら見殺しにしてもかまわない。だが、そのせいでキラが悲しむ姿は見たくなかった。それ以上に、もしそうなったとき、キラに恨まれるかもしれないと思うと、アスランは背筋が冷たくなってしまった。
「それに……確か、彼らの中にラクスを逃がす手伝いをしてくれた人もいるのだろう? その人達の保護をラクスにも依頼されている」
 そして、そんな自分を彼に知られたくなくて、とっさにこう付け加える。もっとも、これに関しては真実だからキラをだましていることにはならないだろう。
『ラクスが』
 キラの口調がどこか懐かしいものを思い出すような色を帯びた。ラクスから、二人が友達になったのだとは聞いていた。だからそのせいなのだはわかっていても何故かおもしろくはない。
 しかし、実際、彼女の力を借りなければ今自分が口にしたようなことができるわけがないこともわかっていた。
 キラが自分の側に戻ってくれるなら、どんなことでもできる。それ以外に望むことはないのだから……とアスランは心の中だけで叫ぶ。同時に、キラの反応から何とか説得できそうだとも思う。
 しかし……
『……でも、やっぱりだめだ……僕は……』
 キラの口調がいきなり平坦になった。感情のこもらないその声は、まるで壊れたおもちゃがプログラムされたセリフを繰り返しているようにも思える。
「キラ!」
 それが彼の本意だとは思いたくない。
『……僕は、どうしたら……』
 キラが苦しげにうめく。
 ヴェサリウスが近づいてきた。
「……キラ……僕がまだ君を好きだって言うことだけは覚えていて……君がまだ撲を友達だと思ってくれているように……」
 これ以上、キラと二人きりで話す時間はないだろう。ならば、絶対伝えておかなければと思うことだけをアスランは口にした。
『……アスラン……僕も、まだ君のことが大好きだよ……』
 でなければ、こんなに苦しんだりしない……と告げられた言葉がアスランの心に希望をともす。
 イージスとストライクを出迎えるかのように、ヴェサリウスのハッチが大きく開いていく。
「ともかく、絶対抵抗だけはしないでくれ……」
 アスランはキラに念を押すように言葉を口にすると、そのままハッチの中へと機体を滑り込ませていった。

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最遊釈厄伝