仮面

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  03  


「何が……」
 キラにあったんだ……と言う言葉をアスランは辛うじて飲み込む。
『どうしたんだ、奴は』
『わかりません』
 おそらく、自分が味わっているのと同じ衝撃を彼らも受けているのだろう。回線を通じて驚愕の声が飛び込んできた。
「キラ……」
 それだけストライクの動きの変化が大きかったのだ。
 先ほどまではまだ自分たちに攻撃を加えるのにもためらいが感じられた。
 しかし、それがいきなり消え去った。
「……いったい……」
 自分が知っている幼なじみの性格からすれば、今の行動はおかしい。彼と再会したときにだって、その言動からは戦いを否定する意思しか伝わってこなかった。
 それが、この豹変ぶりだ。
「まさか、ナチュラル共……」
 キラに何かしたんじゃないだろうな……とアスランは口の中で付け加える。興奮剤や何か……と言うものを使われていたのならば、目の前の出来事も説明が付くのではないだろうか。
 だが、逆に言えば、それは使われた本人のことを考えていないと言うことでもある。
 つまり、ナチュラルにとって見れば、キラはストライクを動かすためのパーツだとしか思われていない……と言うことだろう。
 キラが自分の手を取らなかったのは、ナチュラルの友人達を守りたかったからだ……そう叫んだときの彼の声は今でも耳に残っている。
 しかし、そんな彼に対しナチュラルがしたことは……
 その事実が許せない、とアスランは唇をかむ。
「……しかし、どうすれば……」
 ナチュラルにいいように操られているキラを助けたい。三体のガンダムでも動きを止めることができない、今の様子では不可能だろう。まして、キラの乗るストライクを倒すに異常な執着を見せているイザークが自分に協力をしてくれるわけがない。
 そして、普段なら冷静に状況を判断し、的確な指示を与えてくれるクルーゼも、現在連邦のモビルアーマーと交戦中だ。ディアッカがフォローしているというのにまだ落とせないと言うことは、かなりの技量の持ち主なのだと言うことなのだろう。
「……自分で何とかするしかないのか……」
 ストライクの背後に見えるシグーを確認しつつ、アスランは呟く。
 せめて、彼らがあそこにいなければ思い切った手段を執ることもできるであろう。
 しかし、この角度では砲撃をしてもストライクに避けられれば、最悪、味方を打ち落とす……と言うことになりかねない。それは他の二人も同じこと。だから、イザークにしてもニコルにしても、ビーム砲を含めた長距離攻撃をストライクに与えることができないのだ。
「モビルアーマー形態でストライクを押さえ込むしかないか……」
 そうはいっても、おとなしく押さえつけられてくれるとは限らない。実際、以前の時にはかなり抵抗を示された挙句、ストライクに逃げられてしまった。
 だが、一瞬でもストライクの動きを止めることができれば、何とかなるかもしれない。
 残りの二人も、自分の機体が側にあれば無茶はできないであろう。
 そう判断をすると、アスランはイージスの形態を変化させる。
『アスラン?』
『何をする気だ!』
 そんなアスランの行動に、イザーク達がいぶかしげな声をかけてきた。だが、アスランは答えを返そうとしない。下手に応答をしてストライクの中にいるキラに聞かれては元も子もないと判断したのだ。
 そのまま、一度ストライクの側から離れる。
 センサーの死角を探りながら、接近のタイミングを見計らう。
 イージスの位置から、アスランの行動を察したのだろうか。
 ニコルがキラの注意を引き付けるように攻撃を仕掛けている。
 イザークもおそらく渋々だろうがそんなニコルに協力をしていた。
 二機同時の攻撃に、ストライクは自分の位置を把握するどころではないらしい。それを確認して、アスランは一気にイージスをストライクまで接近させた。
「キラ!」
 大きく広げたアームでその勢いのままストライクを捕縛する。もちろん、ストライクは逃れようと抵抗を見せた。
「キラ、やめるんだ!」
 装甲がふれあえば、その震動を通して直接話す事ができる。アスランは少しでも彼を落ち着かせようと声をかけた。だが、キラからは返事がない。
「キラ!」
 再び彼が叫んだときだった。
 ふれあった二機の機体を震動が包み込む。
 反射的にアスランは状況を確認した。
 それはキラの味方であるはずのモビルアーマーの砲弾がストライクに被弾した衝撃だった。おそらく、シグーかバスターを狙ったものが回避されたためにストライクに被弾したらしい。
『……な、にが……』
 キラが無事か。それだけを心配していたアスランの耳に、どこかくぐもったようなキラの声が届く。無事なだけではなく、どうやら正気に戻ったらしいというその事実に、アスランはほっと安堵のため息をついた。


「ストライク、被弾!」
 アークエンジェルの艦橋内にサイの声が響き渡る。もっとも、それがなくとも彼らはその光景をモニター越しに見つめていたのだ。
「キラ君の状況は?」
 マリューがすかさずこう問いかける。
「通信できません。おそらく、今の衝撃で通信機能に支障が出たものと思われます」
 ナタルの報告に被さるようにミリアリアがキラを呼ぶ声が周囲に響き渡っていた。その声は次第に悲痛なものへと変化していく。
『わりぃ、ミスった』
 そんなミリアリアの耳に、フラガの声が届いた。
「大尉!」
『坊主は?』
 ミリアリアの呼びかけに、フラガは端的に問いかけてくる。おそらく、彼には余裕がないのであろう。その理由もわからないではない。だが、それでもキラのことを気にかけていることはフラガの口調から痛いほど伝わってきた。
「わかりません……通信装置に異常が出たみたいで……連絡が取れないんです……」
 できるだけ冷静さを保ちつつ、ミリアリアが答える。
『……俺のせいだな、間違いなく……』
 だが、ほんのわずかとは言え口調にフラガを攻めるような色が出てしまったのだろう。それに気づいたらしい彼が吐息と共に言葉を口にする。
「そんなことを言っている場合じゃないだろう!」
 二人の会話を聞きつけたらしいナタルが口を挟んできた。
「ともかく、何とかキラ君を……お願いします、フラガ大尉」
 艦長席からもマリューが言葉を発する。
『わかっている。坊主の命だけは責任を持つさ』
 この言葉をフラガが口にした瞬間だった。彼との通信回線もいきなり遮断される。
「フラガ大尉!」
 異口同音に叫ばれた彼の名が艦橋内に響き渡る。
 モニターには、シグーとバスターに押さえつけられている姿が映し出されていた。
「大尉!」
 信じられないその光景に、誰もそれ以上の言葉を口にすることができない。
 ただ、目の前の光景を見つめるのが精一杯だった……

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最遊釈厄伝