仮面
17
案の定というのだろうか。
アスランがキラを部屋から連れ出してもいいかという許可をクルーゼに申請したすぐ後に、ニコル達が彼に会いたいと言ってきた。
「会わせてみな」
大丈夫かと悩むアスランの耳に、フラガの軽い声が届く。
「……ですが……」
「坊主をザフトに引き入れるつもりなら、遅かれ早かれ直面することだろう? だったら、早いほうがいい」
なぁとフラガはクルーゼに同意を求めた。
「アスラン。彼を心配する君の気持ちはわかる。だが、そうやって抱え込むことだけが彼のためになるわけではないのではないかね?」
クルーゼもまたフラガの意見に賛同するような言葉を口にした。
「……わかりました……」
彼に言われてしまってはアスランは逆らうことができない。ため息と共にこう告げると、彼らの前を辞した。
通路に出ると、予想通りそこにはイザーク達三人が雁首を並べて立っていた。その理由は言わずもがなであろう。そんな彼らの顔を見て、アスランは小さくため息をつく。
「アスラン」
どうかしたのか、と言うように、ニコルが問いかけてきた。
「……お前達をキラに会わせろ……と言われた」
会いたいなら着いてこい……とアスランは付け加える。
「お姫様を他の奴に会わせるのは不本意だってか」
ディアッカがからかうように告げた言葉をアスランは無視をすることに決めた。いちいちこんな事に関わり合っていたら物事は進まないと判断したのである。そんなアスランの態度がディアッカを刺激したのは言うまでもない。むっとした表情を彼は作る。
「そう言う物言いが、あの人を傷つけるとアスランは心配しているだけでしょう」
二人の間を取りなそうとするかのようにニコルが彼をたしなめた。
「だがな」
「行くぞ」
ニコルに言い返そうとするディアッカの言葉を征するように、イザークがそう告げる。そして、一足先に動き出したアスランの後を追いかけていった。
「……実は、一番興味津々なのはあいつだって事か」
ディアッカが呟いた言葉に、ニコルも素直に首を縦に振ってみせる。
「こだわっていましたからね、ストライクに」
「自分が乗っていた機体を破損させられたのは初めてだったらしいからな」
プライド高いし、女王様は……とディアッカは付け加えた。
「本人の前でそんなこと、口にしないでくださいね」
とばっちりはごめんですと言外に付け加えるニコルに意味ありげな視線で答えると、ディアッカは先に行ってしまった二人を追いかける。そんな彼の様子にニコルは小さくため息をつくと、自分もまた移動を開始したのだった。
そのころ、アスラン達はキラがいる部屋のすぐ側まで辿り着いていた。
背中に感じる視線に、アスランは小さくため息をつく。
いったいイザークが何を考えているのかわからないのだ--------目的がわからないと言えば、残りの二人も同様だが--------ようやく落ち着きを見せ始めているキラに悪影響を与えないで欲しいと思うが、彼の目的がわからない以上何も言えない。
できることなら、誰もキラを傷つけないで欲しい。
それは間違いなくアスランの本心だった。
だが、クルーゼ達が言うように今の状態のままキラを閉じこめておくこともできないだろう。
再び彼の唇からため息がこぼれ落ちる。そして、部屋のロックを解除するために壁に付けられた端末へと手をかけた。
「何故解除しない?」
しかし、すぐには行動を起こさない彼に、イザークがいらついたような声をかけてくる。
「残りの二人がまだ来ていない」
中からは登録されたIDがあれば解除することはできる。しかし、外からはいちいち解除しなければドアは開かないのだ。彼らの中で解除キーを知っているのはアスランのみ。二度手間をかけるくらいなら待っていた方がましだ、とアスランは態度で示した。
それに対して珍しくもイザークは異を唱えてこない。
閉め出した結果、彼だがどのような行動をするか想像できているからだろう。
「あいつらは……」
ストライクがザフトの手に落ちてから気がゆるんでいる……とイザークは苦々しいという感情を隠さずに口にする。
だが、アスランはそれに言葉を返さない。
ストライクがザフトの手に落ちていなければ、まだキラと戦い続けなければいけなかったのだ。例え仲間達の気がゆるもうと何をしようと、それに比べればマシだと思う。もちろん、そのような自分の考えを口にするつもりは全くなかったが。
「遅いぞ!」
ようやく二人の視界にディアッカ達の姿が入る。その瞬間、イザークがいつもの口調で彼らを怒鳴りつけた。その声を耳にしながら、アスランはドアのロックを解除する。近づいてくる気配と共にドアは静かに開いた。
キラは室内の照明をぎりぎりまで落とした状態で窓から外を見ていた。
彼の部屋からアークエンジェルの姿も月も見ることはできない。それでも、遠くにきらめく星の輝きがキラの瞳を優しく誘っていた。
あれは何という名前の星だったろう……とキラが思った瞬間、背後でドアが開く。
「アスラン?」
クルーゼ達の所へ行くと告げて出かけていった彼が戻ってきたのだろう。そう考えながら、キラは振り向いた。だが、目に入ってきた光景に彼の動きは止まってしまう。
「……Gのパイロット達だ。キラに会いたいというので連れてきた」
不本意だったけれど……とアスランの表情が告げている。しかし、それにすら今のキラは気がつくことができない。それほど彼には目の前の状況が衝撃だったのだ。
「……キラ?」
どう反応を返せばいいのかわからない、と言うように目を見開いているキラを心配したのだろう。アスランが歩み寄ってくる。
「大丈夫? 何なら、追い返すけど」
そして、他の三人には聞こえないようにこう囁いてきた。
「……だ、いじょうぶだと思う……」
少しもそうは思えない声でキラは答える。
「具合が悪くなったら、ちゃんと言うんだよ」
優しく告げられた言葉に、キラは小さく頷いて見せた。
「……お前ら……いつまでいちゃついていやがる……」
イザークがいらついたようにうなる。同時に、つかつかとキラの前まで歩み寄ってきた。そのまま顔を覗き込まれて、キラは瞳を揺らす。それでも、イザークの視線を真正面から受け止めていた。
「お前にはいろいろと言ってやりたかったんだがな……とりあえず今はやめておく。ただし、次に俺に敵対してみろ。その時は容赦しないからな」
てっきり非難か罵倒の言葉を投げつけられるとばかり思っていたキラは、予想外のセリフに驚きを隠せない。
「イザーク……悪いものでも喰ったのか?」
「それとも、熱があるとか……」
それはアスラン達も同じだったと言っていい。アスランほどイザークに苦手意識を持っていない二人は、あっさりとこんなセリフを口にしている。
「……一目惚れって可能性もあるな……」
「それはあるかもしれないですね」
その内容が、どんどん変な方向へとずれていっているような気がするのは、キラの気のせいだろうか。
「……アスラン……」
困ったように親友の名を口にすれば、
「深く考えなくていい……あいつらは……ある意味、いつもあぁだ」
ため息と共にアスランが答えを返す。
「だから、そいつを確保した後、あいつらの気がゆるんでいると言ったんだ、俺は」
イザークが怒りを満ちた声で呟くのがキラの耳にも届いた。それに関して、どう反応を返せばいいのかキラにはわからない。
「そう言えば……」
その代わりというように、キラが口を開く。
「何?」
その言葉に、アスランだけではなくイザークまでキラの顔を覗き込んできた。
「ここにいる人たちの名前、聞いてもいいのかな?」
少し困ったような微笑みと共にキラがこう言えば、二人とも何やら複雑な表情をしている。
「……そう言う性格だったよね、キラは……」
「また頭の痛くなりそうな奴が増えるのか……」
吐き出されたため息の意味を、キラはあえて問いかけなかった……