仮面

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  18  


 ザフトの人間と一緒にいるときだけ……という条件付きでキラが艦内を歩くことを許可されたのは、それからすぐのことだった。
 それでも、キラがあまり人混みの中へ行きたがらないと言う理由で、それほど頻繁に出歩いているわけではない。アスラン達もそれがわかっているのか、無理には誘おうとはしなかった。
 その代わりというように、好き勝手にキラの部屋に出入りをしていたが、それに関してキラ自身は文句を口にすることはない。その代わりというようにアスランがむっとした表情を作ってはいたが。
「……キラ……ちょっと付き合ってくれないか?」
 そんなアスランが、不意にこう声をかけてきた。
「……何?」
 またMSのOSデーターの解析だろうか。それとも他の……と思いながらキラはアスランへと視線を向ける。
「……足つきに乗っていた民間人をここから地球へと移送することになった。少なくとも、本国へ送るよりは彼らにはいいだろう。だから、彼らにお別れを言うなら今しかないよ?」
 だが、アスランの口から出たのは思ってもいなかったセリフだった。
「……会ってもいいの?」
 今の自分たちの置かれた状況から決して会わせてもらえるとは思わなかった。ただ、彼らの無事がわかればいいとキラは思っていたのだ。
「あの人が、会わせてやれってさ。さすがに自分は顔を出せないけど、キラならかまわないだろうと言っていた」
 アスランが誰のことをさして言っているのか、あえて聞かなくてもわかる。そして、彼が顔を出せないという理由もキラには想像ができていた。
「……大尉は卑怯だ……」
 なんだかんだと言って彼はキラの友人達をそれなりに気に入っていたのだろう。だから、彼らの前に姿を見せたくないのだ……とキラは判断をした。もちろん、それ以外の理由もあるのだろうが。
「情報局に所属している人が卑怯でないわけないだろう」
 キラのつぶやきを耳にしたアスランが、苦笑混じりに言葉を返す。
「わかっているんだけどね」
 どうしてもアークエンジェルにいたときの印象が抜けないのだ、とキラは告げる。それは、彼が今でもキラには同じように接しているからだ。だから、実はスパイだったと言われても憎みきれないのだろうか。
「キラは、みんなに好かれるから……」
 アスランは囁くとキラの肩に手を置く。そして、そのまま自分の方へと引き寄せた。
「んっ」
 引き寄せられるまま瞳を閉じれば、キラの唇にアスランのそれが重なってくる。自然に受け止めたそれは、すぐに激しいものになってしまった。
「だから、不安なんだけどね……」
 キラの唇を解放したものの、まだお互いの吐息が絡まる距離でアスランが言葉を口にする。
「どうして?」
 アスラン以外の相手とこんな事はしない……とキラは目元を染めながら答えを返した。
「キラがそのつもりでも、周りも同じ考えだとは限らないだろう?」
 キラは押しに弱いからとアスランに言われて、キラはそうなのだろうかというように小首をかしげる。自分では気づかなくても、彼がそう言うのであればそうなのかもしれないと思ってしまうのは、幼年学校時代の名残だろうか。
「……気をつけるから……」
 ね、と微笑みかければ、アスランは仕方がないというように頷く。
「で、会いに行く?」
 話がずれちゃったね、と苦笑を浮かべながらアスランが聞いてきた。
「そうだね。みんなの無事を確認できれば、安心できると思うから」
 彼らも自分の姿を見れば安心するだろうか、と思いながらキラは言葉を口にする。
 例え、もう二度と会えなくなったとしても、彼らを友達と思う気持ちは変わらないだろう。戦いのさなかでもアスランを『親友』と認識していたように……
「行くよ」
 キラに向かって手を差し出すとアスランが彼を促す。
「ん」
 その手を握ると、キラは立ち上がった。

 暗い色をしているザフト軍の軍服の中でその一角だけが妙に華やかだった。それが、ヘリオポリスからの避難民達だとキラが気がついたのは、彼らの中に見知った顔を見つけたからである。
「キラ!」
 一瞬遅れて彼の姿を見つけたのだろう。彼の名を呼びながらその人々の中から進み出てきた者たちがいた。
「ミリアリア、トール、カズイ」
 反射的に、キラは彼らの名前を口にする。そして、床を蹴るとまっすぐに彼らの元へと近づいていった。その後を、アスランが追いかけていく。
「よかったわ、無事で」
 ミリアリアが瞳を潤ませながらキラの手を取る。
「でも、やせた? 食べていなかったの?」
 まるで母親のようなセリフを言う彼女に、キラだけではなく他の二人も苦笑を浮かべていた。
「大丈夫だよ」
 みんなが心配するようなことはない……とキラは付け加える。
「それよりも、みんなの方は? サイと……フレイがいないようだけど……」
 この場にいない友人達が心配だというようにキラが問いかけた。ただ、フレイの名を呼ぶときには少し複雑な感情を隠せなかったのは間違いではない。彼女自身は嫌いではないが、彼女の中にあるコーディネーターに対する認識は苦手だとキラは思っているのだ。
「……フレイがちょっとね……で、サイが付いているんだけど……」
「キラには会いたいけど、っていってたんだけどさ。ここだと、フレイがな」
 そんな彼女のことを同じくらいよく知っているトール達は苦笑を浮かべつつ言葉を口にした。
「……そうなんだ……」
 会いたかったんだけどな……と口から出た言葉に嘘はない。
「キラ、ごめんね」
 自分のことではないというのにミリアリアは心底申し訳ないという表情を作った。自分たちを守るために戦って傷ついたであろうキラを思いやってこの言葉だろう。
「いいよ。二人にもよろしく伝えてくれれば」
 だから、キラは微笑みながらこう答える。
「ひょっとしたら……もう会えないかもしれないんだし……」
 何気なくキラが付け加えた言葉に、三人は目を丸くした。
「キラ……」
「たぶん、僕は地球には行けないから」
 おそらく、この船から降りることもないだろう。それに関して、キラに文句はない。ただ、彼らの安全を保証してくれればいいだけだし……と心の中で付け加えた。
「……すまん……」
「俺たちのせいだよな、たぶん」
 自分たちの安全と引き替えにキラはまだ戦場から逃れられないのか、と彼らは気がついたのか。暗い表情を作る。
「巻き込んだのは、僕の方だし……それに、一人じゃないから」
 そんな彼らを少しでも安心させようとキラは微笑みを作りながらこう口にした。そして、一歩下がったところで自分たちの会話を聞いていたアスランを引き寄せる。
「彼がアスランだよ。僕の親友の……彼が一緒にいてくれるから」
 だから、大丈夫だとキラは笑ってみせる。
「キラは俺が守る。だから、心配しないでくれていい」
 アスランもまた彼らに向かってきっぱりとした口調で言い切った。
 自分たちを安心させるためにならキラはどんな嘘でもつくだろう。だが、アスランと呼ばれたザフトのパイロットの瞳の中には、キラを大切に思っているとしっかりと浮かんでいた。だからそんな二人の態度で、三人は彼がキラが戦いたがらなかったイージスのパイロットだと知る。
「……無事でいてね、キラ……そして、絶対に会いに来て!」
 それでもミリアリアはこう言わずにはいられなかったのだろう。キラの顔を覗き込むと叫ぶようにして言葉を口にする。
「待ってるから……いつまででも、私たちは……」
 だから、戦争が終わったら会いに来て、と告げる彼女にトール達も頷く。
「……約束はできないけど……努力するよ」
「それじゃだめ!」
 キラの言葉に、ミリアリアはなおも詰め寄る。そんな彼女の剣幕に、キラは困ったように瞳を伏せた。
「会えるよ、きっと。俺たちだって会えたんだし……それに、ラクスも会いたいって言うだろうしね」
 アスランが助け船を出すように言葉を口にする。それに誰もがほっとしたよな表情を作ったときだった。三人に乗船を求める声が彼らの元に届く。
「キラ……死なないでね。本当は艦長とかフラガ大尉達にも会いたかったんだけど……」
「必ずまた会おうな!」
「待ってるからな」
 三人は名残惜しそうに言葉を口にしながら離れていく。その後ろ姿をキラが離れがたいという視線で見送る。
「さよなら」
 ぽつりと呟くキラの肩にアスランが手を置く。
「戻ろう……大丈夫、また会えるから」
 アスランの言葉に、キラは小さく頷き返す。だが、彼の足はその場に根が生えたように動かない。
 ミリアリア達が乗った船へ通じるハッチが閉まるのを見て、キラはようやく思いを振り切る。アスランを見上げると、淡く微笑んで見せた。
「ねぇ、アスラン……僕は、これからどうしたらいいのかな?」
 そして、こう口にする。
「キラ」
 それは、キラが未来を見つめ始めた印。
 同時に、アスランと共に歩くと決めた証でもあるだろう。
 アスランはその事実に優しく微笑んだ。
「そうだね……それは……これからゆっくり話し合おうか」
 彼らとの約束を守るためにも……とアスランはキラの唇に直接伝える。
 そこから伝わるぬくもりを、キラは瞳を閉じて感じていた……

 彼らの約束が果たされたのは、それから数年後のことだった。


END

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最遊釈厄伝