仮面

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  12  


「キラ、起きているか?」
 二人分の食事を手にアスランがそうっと声をかける。だが、部屋の中からの返答はない。
 眠っているのだろうか。
 それならば、食事だけを枕元に置いておこうか……と思いながらアスランは室内へと足を踏み入れる。
「キラ?」
 次の瞬間、アスランの目に飛び込んできたのは、ベッドの上で膝を抱えて泣いているらしい彼の姿だった。その肩の上に、トリィが心配そうに留まっている。アスランの姿を認識して、小さく泣き声を上げた。
「どうしたんだ、キラ」
 手にしていた食事をテーブルの上に置くと、アスランはそうっと彼の肩に手を乗せる。そのぬくもりに、キラの細い肩が小さく揺れた。
「な……んでも、なぃ……」
 そして、蚊の鳴くような声でキラはアスランに答える。しかし、その声が彼の言葉が嘘だと告げていた。
「本当に?」
 強い口調で問いつめても無駄だと言うことは知っている。だから、アスランはことさら優しい声で聞き返す。
「それとも、僕じゃ信用できない?」
 だとしたら、悲しいな……とアスランは肩を落としてみせる。もちろん、それがキラを追いつめるとわかっていての言動だ。
「……そう、いうわけじゃない……」
 ひくっとしゃくり上げながら、キラはアスランの思惑通り言葉をつづり出す。
「じゃ、どうしたの? 教えてよ、キラ。話してみれば気分が楽になるかもしれないだろう?」
 ね、と付け加えながら、アスランは幼年学校時代と同じように彼の体を自分の腕の中に閉じこめる。そして、優しくその背を撫でてやった。しばらく続けてやれば、あのころと同じようにキラが自分の胸に体重を預けてくる。
 だが、その状態でも彼は口を開こうとしない。
 おそらく、キラの心の中ではまだ整理が着いていないのだろう。それとも、自分に話していいものかどうか葛藤しているのか。
 どちらにしても、キラ自身がその答えを出すまで待とうとアスランは考える。
 キラの精神がまだ安定していない……というのもその理由の一つだ。
 それ以上に、どれだけ時間をかけたとしても腕の中からキラが失われることはないという状況がアスランに気持ち的な余裕を与えていた。
「大好きだよ、キラ」
 するりと唇から転がり出たのは、昔と変わらない言葉。それがキラの耳に届いた瞬間、彼は小さく息をのむ。
「僕も……大好きだよ……」
 だがすぐにこう返してくれる。その事実はアスランを喜ばせてくれた。同時に、キラの悩みがそれに起因しているらしいことにも気がついてしまう。
「……でも……」
 キラはそのまま言葉を続けようとして、口をつぐんでしまった。
「でも、どうしたの?」
 自分に原因があるのであれば、少しでも話しやすい雰囲気を作ってやろう……とアスランはキラに次の言葉を促す。
「教えて、キラ」
 ねっ、と囁きながら、アスランは彼の髪にキスを落とした。
「お願いだから」
「……ごめん……」
 言えない……とキラが呟くように口にする。
「キラ」
「アスランが好きだから、余計に言えない……」
 アスランが彼の名を呼べば、キラは囁くような、それでいてきっぱりとした口調でこう告げた。
「……どうせ、またつまらないことを考えていたんだろう」
 意外なところで頑固なのは変わっていないね……とアスランは小さくため息をつく。こうまで言い切られては、無理矢理口を割らすことは不可能だろう。それに、もっと他に切実な問題があることを思い出したのだ。
「少し冷めてしまったけど、食事にしよう」
 空腹が収まればキラの気持ちも変わるかもしれない。アスランは心の中でそう呟く。
「……ごめん、いらない……」
 空腹を感じていないはずがないのだが、キラは即答を返す。
「だめだよ、キラ。また医療室に逆戻りしたくなければ、無理にでも食べるんだ」
 これだけは譲れない。気に入らないが、フラガからも無理にでも食べさせるように言われている。あちらにいたときは精神的な物からろくに食事も取らなかったのだから……と聞かされては頷かずにはいられなかったのだ。
「それとも、食べさせて欲しい?」
 にっこりと微笑むとアスランはこういった。次の瞬間、キラの頬に血が上る。
「……自分で食べる……」
 そんな小さな子供みたいなマネをしているところを、また他の誰かに見られてはたまらない、とキラは思っているのだろう。三日ほど前に、アスランを呼びに来たニコルに見られてからと言うもの、この一言を言えばキラはおとなしく食事とをってくれるようになった。もっとも、その量はアスランの半分もないのだが、食べるだけマシだろう。そんなことを考えつつ、アスランはキラから手を離す。
「あっ」
 その瞬間、キラの手が彼の制服の裾を掴んだ。
「どうしたの、キラ?」
 驚いたのはアスランだけではなかった。キラもアスランの制服の裾を握りしめながら目を丸くしている。無意識の行動なのだろう。それでも、自分が離れるのを嫌がってくれたのだと思うとアスランはうれしくなった。
「大丈夫だよ。今日はもう何もすることはないから……」
 それにテーブルの上の物を取りに行くだけだろうと微笑みながら告げる。それにキラは小さく頷いて見せた。

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