仮面

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 いったい自分はこれからどうすればいいのか。
 与えられた部屋にしつらえられているベッドの上に腰掛けながら、キラはぼんやりとそんなことを考えていた。
 一日に何度か軍医と話をする以外、ここを訪れるものと言えばアスランだけだった。
 フラガとも、あの日以来顔を合わせていない--------もっとも、これはある意味キラが望んだ状況でもある。まだ彼にどんな態度を向ければいいのかわからないのだ--------そして、アークエンジェルがどうなったのかも知らされていない。
「僕は……このまま、こうしていていいのかな……」
 今でも友人達を守りたいと思う気持ちは変わらない。だが、その気持ちがどこか微妙に変わってきているような気がしている。その事実が、キラを不安にさせていた。
 毎日繰り返される軍医との会話のせいなのだろうか。
 それとも、アークエンジェルから引き離されたせいで、友人達の姿を見ることができなくなったからなのだろうか。
 彼らに対する思いが薄れているような気がしてならないのだ。
 もちろん、今でも彼らを守りたいという気持ちに偽りはないと思う。
 だが、彼らとアスランと比べた場合、どうしても彼らを優先する気持ちになれないのだ。だからといって、アスランだけを選べるかと言われると悩むところでもある。
「……アスラン……」
 しかし、キラが今助けを求められるのは彼だけだ。
 そんな自分が醜いと思いつつ、キラは助けを求めるように彼の名を口にした。
 アスランの名を呼ぶだけで、月にいた頃のようにほんの少しだけ気持ちが楽になる。
「どう、すればいいんだろうね、僕は……」
 小さく呟く言葉に答えてくれる者はいない。しかし、キラはかまわずに言葉を口にした。それは、ここ数日の間で癖になってしまったことだ。
 いっそ、どこかに引き出されて処罰された方が--------それが例え死刑だとしても--------まだましだろう。しかし、それを口にすることはアスランを悲しませることになる。
 だからなのだろうか。
 自殺をするという考えも自分自身の脳裏から消えてしまったのは……とキラは小さく付け加えた。
 最初の数日間は、ことあるごとにそんな考えが浮かんできていた。もちろん、実行手前まで及んだこともある。実行に至らなかったのは、偶然顔を見せに来たアスランがキラを留めてくれたからだ。
 それから後の記憶はキラ自身にはない。
 しかし、意識を取り戻したときのアスランの表情に、キラは自分の行動がどれだけ彼を傷つけたのか気づいてしまった。
 そして、その表情がまたキラから『自殺』という選択を奪ったこともまた事実だ。
「……僕は……」
 だが、それがまたキラを追いつめているとは誰も思っていないだろう。
 自分がこれからどうすればいいのか。
 このままここにいていいのか。
 みんなを見捨てていいのか。
 そう考えるたびに、呼吸ができなくなる感覚に襲われてしまう。
「アスラン……」
 無意識のうちに、キラは親友の名を口にした。
 ふっと呼吸が楽になる。
「……結局、僕はあの時から少しも成長していないのかもしれないね……」
 まだ戦争なんて知らなかったあのころ。自分が苦しんでいたときや悲しんでいた時は、いつでも彼が助けてくれていた……とキラは心の中で付け加える。
 そして、今もまた彼の存在が自分を支えてくれているのは事実だ。
「アスラン、ごめんね」
 結局、自分の存在は彼に負担をかけるだけなのかもしれない。キラはそんな思いのまま、小さく彼の名を口にした……

「ごらんの通り、まだ不安定な状態ですので……面会に関しては許可できかねます」
 医療室の片隅に据えられたモニターの画面を消しながら、軍医はフラガ達に告げる。
「……本当に暗示の方は解けているのか?」
 少しもマシになった様子が見られないが、とフラガが口にした。
「少なくとも……自殺衝動はかなり収まっております。それに、かなり強い暗示でしたので、その反動も大きいと考えられます」
 それでも一番厄介な部分は超えたのだ、と軍医は説明をする。
「と言うことは、まだ我々に協力してくれるように説得はできないと言うことか」
 溜め息と共に言葉を口にしたのはクルーゼだった。
「……それに関しては……彼の中にあるもう一つの問題を解決しなければ難しいでしょう」
「もう一つの問題?」
「彼の中にあるナチュラルのために戦わなければいけないという意識はかなり薄れているはずですが……友人達を守りたいという意識は彼の本心からのものでした。ですので、それを解決しないうちは……例え暗示を解いても彼の精神が崩壊することを留められないでしょう」
 暗示をかけられていた間ですら、親友と戦っていたという事実が彼を追いつめていたように、という言葉を軍医が口にしなくても二人は理解していた。
「……難しいものだな……」
 自分たちの認識からすれば、ナチュラルなど守る価値がないのではないかとクルーゼが言外に告げる。
「それが坊主のいいところなんだがな」
「ムウ?」
「坊主は人の本質を見ることができる。それは得難い資質だろう? 第一、ナチュラルを全滅させるなんてできねぇんだ。坊主みたいな奴が一人ぐらいいないと、後々困るだろうが」
 違うのか、とフラガはクルーゼへと視線を向ける。
「……なるほどな……そう言う見方もあるのか」
 いつも自分とは違った観点から物事を見るフラガの言葉に、クルーゼは感心したというように頷いた。
「と言うことは、やはり足つきを何とかしなければならないと言うことか」
 キラを完全にこちら側に引き込むためにはアスランの存在だけでは不十分だという事実に、クルーゼは小さくため息をつく。
「他の坊主達が退屈しかけているようだし……いいんじゃないの?」
 もっとも、キラには知られないようにしなければいけないだろうが……とフラガは心の中で付け加える。そんなことを計画していると知れば、あの少年は間違いなくアークエンジェルにいるはずの友人達を守ろうと無理をするだろう。そんなことになれば、ただでさえもろくなっている精神は壊れてしまうのは目に見えていた。それでは無理をしてここに連れてきた意味が無くなってしまう。
「かなり、まずい状況かな、俺も」
 ここまでキラに庇護意識を感じていたとは自覚していなかったフラガは、思わず苦笑を浮かべる。
「どうだろうな」
 自分の存在を偽ってナチュラルの中にいたフラガにとって見れば、告げることが許されなかったとは言え、キラは間違いなく同胞だった。そして、その同胞がいわれのない理由で傷つけられているのを指をくわえてみていなければならなかったのだとしたら、その気持ち、わからないでもない……とクルーゼは付け加える。
「うちのパイロット達も退屈し始めているようだしな。本国に打診してみよう」
 クルーゼはそう告げると、きびすを返した……

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最遊釈厄伝