部屋に戻ってきたキラの様子がおかしい。彼の顔を見た瞬間、アスランはそう感じてしまった。
「キラ……何かあったのか?」
 アスランが思わずこう問いかければ、彼は小さくため息をついてしまう。そして、そのままアスランに抱きついてきた。
「キラ?」
 その体をしっかりと受け止めてやりながら、アスランは彼の名を呼ぶ。そうすれば、キラはさらにアスランの胸へと自分の顔を埋めた。
 それは月でまだ辛うじて平穏な日々を過ごしていた頃はよく見られた仕草ではある。
 だが、再会してからは、キラがあの頃のような仕草を見せることは微塵もなかったと言っていい。他の意味で甘えてくれるようにはなったが。
 ともかく、彼が口に出すまで待とう。
 アスランはさわり心地がいい髪をそうっと撫でてやった。
「カガリとケンカ、しちゃった」
 それからどれだけの時間が経ったのか。
 アスランの胸に顔を埋めたまま、キラがようやくこう呟く。
「……原因は……俺、か……」
 公式に口に出すことは出来ない。
 いや、今の状況では何があっても口に出すことは許されないだろう。
 それでも姉を大切にしているキラが、その彼女とケンカをした……というのであれば原因は一つだそうと思う。
「俺は大丈夫だっていっただろう?」
 慣れれば……と苦笑を浮かべた。その気配は伝わったのだろう。腕の中で柔らかな亜麻色の髪が小さく揺れた。
「キラ……そんなに俺の言葉は信用できない?」
 アスランはさらに問いかけの言葉を口にする。
「違う……でも、ここは安全な《オーブ》じゃないから……」
 どのような些細なことでも、死に繋がりかねない。だから、パイロットはどのようなときでも体調を最善の状態に整えておかなければならないのだ。
 それなのに、カガリは本当に些細なことでもアスランを呼びつけて言いつけていた。
 キラがその事実を気に病んでいたことも知っている。
「僕は、アスランを失いたくてカガリを助けたわけじゃない……」
 自分にとって大切なのはアスランだから……とキラは付け加えた。
「アスランがいてくれるなら……オーブに帰らなくてもいいんだ」
 その言葉の裏に隠されている意味に、アスランは気づいてしまう。
 つまり、自分のために祖国を捨てても言いと言っているのだ、キラは。
 そんな彼の気持ちが嬉しくないわけがない。しかし、同時にいいのかとも思ってしまう。
「キラ……」
 今の自分にそれだけの価値があるのか、と不安になるのだ。
「俺だって同じだよ」
 それでもこれだけは告げておかなければならない。その思いのままアスランは言葉を口にする。
「俺だって、キラといられるならどこでもいいんだ」
 だから、顔を見せて欲しい……とアスランは囁く。その言葉に、キラはようやくアスランの胸から顔を上げた。
「……キス、しても良いかな」
 この言葉に、キラは一瞬きょとんとしたように目を見開く。
 次の瞬間、目元をうっすらと染めながら、それでもしっかりと頷いてくれる。
「好きだよ、キラ……愛してる」
 囁きと共に、アスランはゆっくりと顔を寄せていく。そうすれば、キラは静かに瞳を閉じてくれる。
 柔らかな感触が唇に触れた。
 次の瞬間、ぬくもりがそこから伝わってくる。
「んっ……」
 舌を滑り込ませれば、おずおずと出迎えてくれた。その事実に、アスランは満足感を覚えてしまう。
 同時に、キラの軍服の裾から手を滑り込ませた。
「……アスラン……」
 さすがにこれには驚いたのだろう。
 慌ててキラは唇を離した。そんな彼に、アスランは微笑んでみせる。
「大丈夫、ちょっと触れるだけ」
 最後まではしない、とアスランは口にした。そんなことをすれば、カガリが何をしでかすかわからないから、と。
「カガリのことなんて……気にしなくていいのに……」
 しかし、キラはこう口にする。
「アスランの恋人は《僕》でしょう?」
 だからこう言うときに他の誰かのことを考えないで欲しい。キラはこう囁いてくる。
「でも、キラの大切な肉親だろう?」
 その縁は切ることが出来ないのだから、と。
「俺は良いけど、キラだけは……家族の誰からも反対されないようにしてやりたいから」
 特に、おじさまとおばさまには……とアスランは付け加える。レノアがいない今、彼らほど《親》と思える相手はいないのだ。自分の父とは、どこか隔たりを感じてしまうし、とアスランが告げれば、キラは悲しげに瞳を揺らす。
「アスラン」
「いいんだよ、キラ。キラさえ、いてくれれば……」
 たとえ、父と別れることになっても、とアスランは微笑む。
「キラだって、同じ事を言ってくれただろう?」
 カガリよりも、オーブよりも、アスランの隣にいたいのだ、と。キラは間違いなくそう言ったはずだ。
「そうだね、アスラン」
 アスランだけいてくれればいい、とキラは付け加える。
「だから、死なないでね?」
「当たり前だろう?」
 せっかく、こうしてキラにキスできるようになったのに……とアスランは笑うと、再び唇を重ねた。
 キラもまた、それを受け入れてくれる。
 お互いのぬくもりが自分のそれとなじむまで、二人は何度も何度も唇を重ねていた。



何で終わらないんでしょうね(^_^;
と言うわけで、おまけ付きです。いつもの場所にあります(苦笑)