背後でドアが閉まる。同時に、アスランが後ろ手でロックをかけた。 そんな彼の行為をキラはどこかぼうっとしたような表情で見つめている。 「キラ」 本当にどうしたんだ……とアスランは問いかけた。それにキラは苦笑を返す。 「ゴメン。ちょっと、ね」 その彼の表情は、先ほどよりも幾分マシになっている……とは言えまださえないものだ。 「アスランに婚約者がいることも、それがあの《ラクス・クライン》だっていうのも知っていたんだけど……」 そして、それがプラントにとって必要なこともわかっていたのだが、とキラは付け加える。 「……キラ……」 自分の目の前のキラがそのまま崩れ落ちてしまいそうに感じられて、アスランは反射的にその体を抱きしめた。 「ダメだな。割り切っていたつもりだったんだって」 さっきとは立場が逆だね、とキラはアスランの腕の中で苦笑を浮かべる。 「いいよ。お互いに支え合えないなら、恋人になる必要ないだろう?」 親友でも同じだが、とアスランは腕の中の存在に微笑み返す。 「そうだね……でも、ちゃんと捜してあげないと……」 万が一の事態があっても、せめて肉親の元へ返してあげないとね……とキラは吐息だけで口にする。その口調に何か深いものが隠されているような気がするのはアスランの錯覚ではないだろう。 自分が母を失った時のように、キラも誰かを失ったのだろうか。 そして、その相手の亡骸は今、何処にあるかわからないのかもしれない。 「もちろんだ。キラや死んだ母上ほどではないが……ラクスも守らなければならない相手、だからね」 自分自身の気持ちにかかわらず、とアスランは付け加える。 「……彼女は、プラントの人々の心に、希望を芽生えさせてくれる人だからね」 ようやくキラの口調にいつもの力が蘇ってきた。その事実にアスランはほっとする。 「そうだな」 言葉と共にアスランはゆっくりとキラに向かって顔を寄せていく。そして、まずはその頬に軽いキスを送った。 「ところで、さっきの約束……果たして貰っていいのかな?」 そして、こう問いかける。 「さっきの約束?」 なんだっけ……とキラは一瞬考え込むような表情を作った。それはわざと焦らしているわけではないらしい。本気で忘れているようなのだ。 「……控え室で約束をしただろう?」 それが、ラクスの一件で、なのかそれとも別の理由からなのかはアスランにもわからない。だが、すぐにでも思い出して欲しい……というの本心だ。 でなければ、自分の中に湧き上がっている感情を昇華できない。 「控え室……」 この感情が自分だけのものではない、とキラにも示して欲しい、とアスランは思いながら再び彼の頬にキスを送った。 「……あれか……」 そうすれば、キラはようやく思い出したらしい。小さな笑みを口元に浮かべる。 「でも、今、いいの?」 そしてこんなセリフを口にしてきた。 「キラ?」 何故そんなことをいうのだろうか、とアスランは彼の瞳を覗き込む。 「一応、アスランの婚約者が行方不明なんだよ? それなのに、いいの?」 誰かに何かを言われるかもしれない、とキラは囁いてくる。それで後ろ指を指されるようなことになっていいのか、と。 「かまわないよ。それよりも、キラの方が大切だし……」 ふっと表情を変えるとアスランはさらに言葉を重ねる。 「それに、傷心の俺を慰めてくれないのか?」 もちろん、これは半分以上冗談だ。それがキラにも伝わったのだろう。彼の口元に昔一緒にイタズラを計画していたときのような笑みが浮かぶ。 「僕はいいけどね」 でも、ラクスに悪いかな……と呟いたキラの口調に、アスランは何か引っかかるようなものを感じてしまう。それは《アスラン》の《婚約者》に向けられたセリフと違うような気がしてならないのだ。 どちらかと言えば、個人的な知り合いに向けられたもの、のようにも思える。 しかし、いつ、キラが彼女と知り合ったというのか。 だが、それであれば先ほどのキラの態度も納得できる。個人的に知り合いで、その彼女が行方不明だと聞かされれば、キラの性格であれば間違いなくショックを受けるであろう。 そんな自分の感情をアスランに知られたくなくて、キラはこんな表情を作っているのだろうか。 そして、クルーゼもまたキラとラクスの関係を知っているのかもしれない。 自分は離れ離れになっていた間の《キラ》のことを、考えてみれば何も知らないに等しいのだ。その事実に気がついて、アスランは愕然とする。 「でも、任務に支障が出るのはいやだよ?」 明日からまた忙しくなりそうだし、と言ういつもの口調でキラが声をかけてきた。 「それとも、やめる?」 「嫌だ」 キラの問いかけに、アスランは即座に否定の言葉を返す。 「せっかく、キラがその気になってくれたんだし、ね」 口ではこう言いながらも、本心はキラの心の中に自分がいる、と言う事実を確認したいだけなのだ、とアスランにはわかっていた。だが、どんな理由でも、キラに触れたいというのはアスランの本心だ。そして、現状ではその機会が少ないというのもまた事実である。 だから、どんなときでもチャンスだけは逃したくない、と心の中でアスランは呟く。 「僕の一番は、アスランだよ」 その声が聞こえたわけではないのだろうが、キラの優しい声がアスランの耳に届いた。 「俺にとっても、キラが一番だ」 だから、と囁けば、今度はキラから唇を重ねてくる。そのまま彼の舌が誘うようにアスランの唇をくすぐった。 「何処で覚えたんだ?」 そんなこと……と囁き返すと、アスランはお返しとばかりにキラの舌に軽く歯をたてる。 「アスランが教えてくれたに決まっているじゃない」 他の誰が教えてくれるのか……とキラが言い返してきた。 「でなければ、相手を殺しかねないな、俺は」 妥協できる人たちが相手でなければ、と言った瞬間、アスランの脳裏に浮かんだのはクルーゼともう一人だ。それがキラにもわかったのだろう。小さな笑いを漏らしている。 「それよりも、もう少し可愛らしいセリフを聞かせて欲しいな、俺は」 それに笑い返すとアスランはキラの軍服をはだけさせ始めた。 と言うわけで、その後の話。いつものように内緒ページもあります(^_^; |