ラクスが乗った船――シルバー・ウィンドが最後に確認された宙域に辿り着くと同時に、クルーゼ隊はその捜索に着手した。
 しかし、その識別信号は確認できない。
 そして、万が一の時に使われた、と思われる脱出ポットの救難信号も、だ。
「……まさか、とは思うんだけどね……」
 ストライクでデブリの中を捜索していたキラは、小さく呟く。
「あの艦がここにいるなんてことは……」
 ないよね、と付け加えたときだ。ストライクのセンサーに何かが引っかかる。反射的に確認をしようとキーを操作した。
 次の瞬間、拡大されたそれは、ミストラルと呼ばれる機体だ。
 ナチュラルでも操作が容易なため、地球軍だけではなくオーブやジャンク屋等でも広く使われている機体である。
 ここが《デブリ》である以上、普通はジャンク屋のものである……と判断するのが普通だろう。しかし、キラはしっかりとその機体に書かれてある識別マークを判別してしまった。
「……大西洋連合……か」
 この近辺に艦隊が展開しているとは聞いていない。
 だとすれば『あの艦だ』と考えるのが普通ではないだろうか。
 そして、同じ場所でラクスの乗った船が行方不明になっている。
「嫌な可能性が現実にならないといいんだけどね」
 少なくとも、民間の船に攻撃を加えないだけの理性が残っていることを期待しよう、とキラは思う。同時に、今確認したことをクルーゼに報告をし、今後の対処を相談した方がいいだろう、とキラは判断をした。
 その時だ。
 緊急帰還コールが表示されたのは。
「……何かあったのか?」
 あるいは、自分が知らなかっただけで、この宙域には地球軍の艦船がいたのかもしれない。そして、それがヴェサリウスと交戦しているのか。
 だとしたら、実戦を担当している自分たちが艦から離れているのはまずい。
 一部のMAやMSを除いて戦力的にはたいしたことはない、と思われるメビウスでも、数が多ければ厄介なのは事実なのだ。
「ラクスのことは心配だけど……帰る場所がなくなってしまえば、見つけてもどうすることも出来なくなるから」
 今は彼女のことは脳裏から切り離そう。
 キラは心の中でこう呟くとストライクをゆっくりと振り向かせる。早急な動きをしないのは、ミストラルに気づかれないようにするためだ。ここで無用な戦闘を行っても意味がない、と判断してのことである。
 そのまま慎重にデブリの陰を移動し、十分な距離を取った。
「ここまで来れば、地球軍のMAでは追い付かれることはないよね」
 ストライクの方がデーター上では速いはずだから……と呟くとキラは改めてエールユニットの推進力を最大にする。
 それからさほど時間をかけずにヴェサリウスに帰還できた。周囲に戦闘を行った酔うなあとはない。では、一体何があったのだろうか、とキラは眉を寄せる。
 もっとも、すぐに考えることを放棄した。聞いた方が早い、と判断したからである。無駄な時間は費やさない方がましだ、と。
 心の中でそんなことを考えながら、ストライクをデッキに固定する。
「皆さん、ブリーフィングルームに集まっておられます」
 ハッチを開けると同時に、整備兵がこう声をかけてきた。
「了解」
 と言うことは、かなり大がかりなことなのだろうか。着替える手間を惜しんでそのままブリーフィングルームへと向かう。
「遅くなりました」
 体を滑り込ませると共に、キラはこう口にした。
「いや、いい。急に呼び戻したからな」
 そのまま室内を確認すれば、クルーゼだけではなく、アデスやモニター越しとはいえ、ゼルマン。そして主立ったパイロット達がその場にいた。
「オロールが、破壊されたシルバー・ウィンドを発見した。内部も確認したが、生存者はいなかったそうだ」
 そして、クルーゼは淡々とした口調で説明を始める。
 この言葉に、アスランが微かに体を強張らせた
 そんな彼を支えられるとは思っていないが、少しでも安心させようと思いその隣に並ぶ。そうすれば、アスランの瞳が自分に向けられたことがキラにはわかった。
 キラは、わかっている、と言うように小さく頷いてみせる。それだけで、アスランの体を包み込んでいた空気が、微かに和らいだ。
 それを確認してから意識をクルーゼの言葉へと戻す。
「ただ、ラクス嬢は発見できず……救命ポットが一機、使用されていた。それで脱出された可能性がある」
 しかし、そのポットの信号は未だに受信できていない、と彼は話を締めくくった。
「……隊長」
 ここまで話が符合しているのであれば、伝えないわけにはいかないだろう……とキラは判断をして口を開く。
「何かな?」
 クルーゼだけではなく他の者たちの視線も、キラに集中をする。その事実に、キラは微かに眉を寄せながらもさらに言葉をつづり始めた。
「先ほど、デブリ内で地球軍のミストラルを発見しました。何かを捜索しているようでしたが……あるいは、先に救命ポットの信号を受信した可能性も否定できません」
 もしくは、既に《保護》と言う名目でその身柄を《拉致》しているかもしれない。
「ただ、地球軍にしても、最低限の条約は守ってくれる、と思いたいのですが……」
 遭難者の保護、等はその最たるものだ。
 だが、保護した後の対処がどうなっているはまではキラにもわからない。最悪の可能性も否定できない、と言うのが事実ではある。
「……命さえご無事であれば……何とでも出来るだろうが……」
 女性であるだけに、どのようなことをされているか不安だ、とマッシュが呟く。
 その言葉の意味を理解したのだろう。アスランが真っ青になった。いや、彼だけではない。イザーク達も同様だ、と言っていい。
「マッシュ!」
 自分たちでは理解できることだが、彼らはまだそこまで想像が出来なかったのだ。その事実に気づいて、ラスティがそれ以上余計なことを言わないようにと釘を刺す。
「……悪い……」
 マッシュもそれを的確に受け止めて大人しく謝罪の言葉を口にする。
「謝ることではあるまい。いずれは知らなければならない現実だ。ただ、我々としてはナチュラル達の理性と常識に期待をしなければならない、というのは釈然としない事実ではあるが」
 だが、仕方があるまい、とクルーゼは小さくため息をつく。しかし、すぐに表情を引き締めると、キラ達へと視線を向ける。
「交代で休憩を取りながら、ラクス嬢の捜索を続けるように。地球軍と出逢っても、無駄な戦闘は出来るだけ回避したまえ。我々が優先すべきなのは、あくまでも《ラクス・クライン嬢》の捜索だ」
 いいな、と言うクルーゼの言葉に、一同は頷く。
「では、先ほど捜索に出ていたものは4時間の休憩を。他の者たちは即座に行動を開始するように」
 クルーゼの言葉にそれぞれが行動を開始しようとした。
「キラ。お前には話がある。残りたまえ」
 キラもまた通路に出ようとした瞬間、彼に呼び止められる。
「わかりました」
 何事だろう、とは思うものの、反論をすることではない。キラはそう判断をしてクルーゼへと向かう方向を変えた。
 そんなキラの様子を横目に見ながら、他の者たちは通路へと出て行く。アスランの不安そうな視線が、一瞬キラには感じられた。



と言うわけで、ようやくあれこれ下準備が整ってきたのですが……とはいうものの、予定外の設定を混ぜた自分が馬鹿なんです(^_^;