狭間
08
二人がクルーゼの部屋へと足を踏み入れたときにはもう、クルーゼだけではなく他の三人もその場に集まっていた。
「遅れました」
そう言いながらアスランが彼らの元へ近づく後を、キラが困ったような表情で続いていく。まだ正式にクルーゼ対に配属されているわけではないという思いが彼の中にはあるらしい。
「何か?」
そんなキラの様子に気づくことなく、アスランは姿勢を正すとクルーゼへと問いかけた。
「そんなに緊張をするな。正式な辞令がようやく届いた……と言うだけだ」
口元にうっすらと笑みを浮かべると、クルーゼはそう告げる。
「と、言いますと?」
いったい誰に対するものなのか……と考えて、アスランはやめた。自分たち四人がクルーゼの元から他へ転属させられることはない。それは、ここがある意味エリート部隊でもあるからだ。だから、自分を始めとしたメンバーはすべてプラントの中でも名門と呼ばれる血統の出である。唯一の例外が、彼らの隊長であるクルーゼだったのは、ある意味、皮肉なのだろうかとすら思う。
「キラ。今日付で、正式にお前の身柄は私の指揮下に入った。ストライクのOSに関して、汎用性を求める必要はない。使いやすいようにカスタマイズしろ」
その言葉に、キラは一瞬形のよい眉をひそめた。だが、すぐにその表情は打ち消される。
「了解しました」
即座に返されたその言葉に、クルーゼは微笑みにほんの少しだけ苦いものを含めた。
「そう、嫌がるな」
そして、ほんの少しだけ語調を和らげて彼はキラに言葉を投げかける。
「お前が戦闘を嫌っているのは知っているが、ザフトの軍人としてはお前の才能を見逃すわけにはいかない。他の誰かの指揮下にはいるよりマシだと思ったのだがな」
その言葉に、キラは目を見開いた。
「クルーゼ隊長!」
そして慌てて彼の言葉を封じようとする。
「そちらの三人にはもうばれている。あきらめるんだな」
だが、クルーゼは平然と言葉を口にした。その瞬間、イザーク達が表情を変える。
「あの……ばれていたのですか?」
おずおずといった様子でニコルがクルーゼに問いかけた。どうやら、自分たちがテストのために艦を離れている間に、彼らが何かをしていたらしいとアスランは推測をする。
「キラのプロフィールにアクセスした者のデーターは私の手元にも届くことになっている。いろいろと厄介な問題が今までにも起こっていたのでな」
用心のためだ……とクルーゼは付け加えた。
「……キラ……」
一人話が見えないアスランは、思わずキラに問いかけてしまう。
「……僕の身元引受人って言うか、後見人が、ラウ兄さんだって言うことなんだけど……」
キラにしても呆然としていたのだろう。ぼそりと呟かれたのはアスランが聞いたことがない名前だった。だが、すぐにクルーゼの名前が『ラウ・ル・クルーゼ』だと言うことを思い出す。しかし、それとキラが口にした『ラウ兄さん』が結びつくまでに少しだけ時間がかかってしまった。
「キラを引き取った人が隊長って言うことか?」
さらに問いかければ、キラはこくんと首を縦に振ってみせる。
「……ついでに言うと、最初に書き換えたジンのパイロットだったのも、ラウ兄さんだったりして……」
あれがまずかったんだよねぇ、今にすると、とキラは乾いた笑いを漏らす。
「あまり知られない方がいいかなって思って、黙ってたんだけどね」
こうもあっさりとばらされては何のためにごまかそうとしていたのかわからないとキラはため息をつく。
「……後でばれるよりもマシだ……と判断したんだろうけど……」
それにしても不意打ちだったよな、とアスランも乾いた笑いを漏らす。
「と言うことは、MSの操縦方法も隊長に?」
「……そう言うことになるのかな?」
小首をかしげながら、キラは記憶を探っている。その表情から違うのだろうかとアスランは思った。
「安心したまえ。だからといって、キラを特別扱いするつもりはない。少なくとも、戦場ではな」
そんな二人の耳に、クルーゼのこんなセリフが届く。
「本人もそれを望んでいないからな」
そうだろう、キラ……と付け加えられて、キラは首を縦に振って見せた。
「別にそう言うことが言いたかったわけではないのですが……」
イザークが気まずいという表情で言葉を口にする。
「ちょっと好奇心がうずいただけなんですけどね」
ニコルがすみませんとキラに頭を下げた。
「……いつかはばれると思ってたからいいんだけど……」
それにしても、予想外に早かったかな……とキラは彼に微笑みを返す。
「もっといろいろと言われるかと思ってたから、ちょっと意外だったかも」
付け加えられた言葉に、ばれた後で何か言われたらしいことがアスランだけではなく他の三人にも伝わる。
「別段、お前が誰の保護を受けていようと関係あるまい。必要なのは実力だけだからな」
イザークがきっぱりとした口調でこう言った。それに、キラが嬉しそうに目を細める。それが少しおもしろくないと思ってしまうアスランだった。
用事があるからと、クルーゼはキラだけを残し、他の四人を解放する。
「……いったいどうして……」
あんな事をみんなに告げたのか、とキラは彼に問いかけようとした。だが、それよりも早く、クルーゼの指がモニターにある映像を映し出す。
「これに見覚えはあるな?」
その言葉に、キラはとりあえず視線を向ける。次の瞬間、彼は驚いたように息をのんだ。
「……メビウス・ゼロ……」
そして、小さな声で呟く。
連邦軍のMA。その中でも特別な仕様になっているそれは、操縦できる者がほとんどいない。かつて彼らに近しいところで暮らしていたキラにしても、該当する人物を一人しか知らなかった。
「ムウ兄さんと戦うの?」
キラは思わず泣きそうな声でクルーゼに問いかける。それだけはしたくなかったから、自分は戦場から逃げていたのに……と彼の瞳が告げていた。
「……そんなことを私がお前にさせると思うか?」
だが、クルーゼの言葉はキラの不安を打ち砕くものだった。
「第一、私があれを殺したいと思っていると?」
苦笑混じりにさらに付け加えられて、キラは首を横に振る。
「だから、お前を呼んだのだよ、キラ。欲しいものは自力で手に入れてこい。あれに搭載されているシステムがお前の言葉通りなら、ザフトとしてものどから手が出るほど欲しいものだ。そして、そのパイロットもな」
そのために、ストライクの能力を最大限に引き出せ。そう囁きながらクルーゼはキラを抱き寄せる。この言葉が、キラの救いになるだろうことを確信してのことだ。
「……わかりました……」
クルーゼの予想通り、キラの瞳の中に初めて力強い光が浮かんでくる。
「いい子だ。お前は、本当に私の自慢だよ」
だから、お前の心は私が守ってやろう。クルーゼの心の中で呟かれた言葉が聞こえたかのように、キラは彼の腕の中で微笑んで見せた。