狭間

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  03  


 クルーゼの許可を得たアスラン達はためらうことなく彼の執務室へと足を踏み入れる。
「ずいぶんと情報が早いな」
 彼らを認めたクルーゼが、からかような口調で言葉を投げつけてきた。
「申し訳ありません、隊長」
「とりあえず、GのOSの整備が完了しましたので、ご報告に」
 ディアッカとニコルが白々しいセリフを口にする。もちろん、本来の目的がクルーゼにばれているとわかっていての行動だ。彼らの視線は、自分たちに背を向けている小柄な人物へと向けられている。はっきりと言って華奢という形容詞がぴったりと来るその後ろ姿に、アスランは既視感を感じてしまう。
 その彼が不意に振り向いた。その瞬間、瞳に映った顔を見て、アスランは息をのむ。
「丁度いい。紹介しておこう。彼らが……」
 普段のアスランであれば、決してクルーゼの言葉を遮ろうなどとは考えなかっただろう。だが、今の彼にはそれに考えた及ばなかった。
「……キラ……」
 アスランの唇からこぼれ落ちた声に、彼が伏せていた瞳を見開く。大きなアメジストのそれがアスランをまっすぐにとらえた。
「アスラン? アスラン・ザラ?」
 確認するように、呟かれた言葉がアスランの思い違いでないと告げる。
「知り合いだったのか?」
 問いかけてきたのはイザークだった。それに、アスランは小さく頷くことで答える。だが、彼の視線は目の前にいる幼なじみから一瞬でも離れることはなかった。そうしたら、すぐに彼の姿が消えてしまうような気がしたのだ。
「……そう言えば、月にいたときの君の親友が彼と同じ名前だったな」
 と確認するようにクルーゼがキラの名を呼ぶ。
「はい」
 言葉と共に向けられたキラの瞳が、何故教えてくれなかったのかとクルーゼに詰め寄っている。しかし、それを口に出さないのは、ここにいるのは二人きりではないという事実からだろう。四人から自分の表情が見えないから遠慮無くクルーゼを睨み付けた。そんなキラの様子に、彼はほんのわずかだけ表情を和らげる。もっとも、キラ以外はクルーゼの表情の違いには気づかないだろうが。
「では、艦内の詳しいことは彼に聞くがいい。アスラン、君の部屋のベッドが一つ空いていたな。そこをキラに使わせる」
 後のことはその場で確認するがいい、とクルーゼは言外に付け加える。
「キラ。任務は明日からでいい。移動で疲れているだろう。今日は休むように」
 自分たちに向けられるものとは微妙に違うクルーゼの口調にGのパイロット達は驚いたような表情を作った。だが、それをクルーゼに問いかけてもはぐらかされてしまうのは分かり切っている。ならば、キラの方から情報を得た方がいいだろうと判断したとしても無理はない。
「わかりました」
 キラはあっさりと言葉を口にする。
「では、アスラン」
「はっ!」
 名指しでキラの世話を頼まれたアスランは、反射的に姿勢を正す。そして、次の瞬間、キラへ向かって手をさしのべる。
「失礼します」
 キラは言葉と共にクルーゼに一礼をした。そして、自分の荷物を持つとアスランの方へと歩み寄っていく。
「困ったことがあったら、遠慮無く来るがいい」
 その背に向かってクルーゼがこう声をかけたものだから、アスラン達はさらに驚愕を覚えてしまった。ただ一人、キラだけは心の中でため息をつく。どうして人を煽って楽しむのか、と思ったのだ。
「キラ!」
 通路に出た瞬間、アスランがキラの肩に手を置いて顔を覗き込んでくる。
「どうして、君がザフトにいるんだ? おじさん達は?」
 それは、彼の家庭について知っているからのセリフ。それを考えれば、キラがプラント――ザフトにいるわけがない。
 アスランの疑問もキラにはわかっているのだろう。かすかに苦い笑みを浮かべると瞳を伏せる。
「……ここで話すのはちょっと……どこかに落ち着いてからじゃだめかな?」
 その言葉の裏に、長くなるから……と言う意味を読みとってアスランは頷いた。それでなくても、噂だけでしか聞いたことがないキラの存在に興味津々という者が多いのだ。今もさりげなく周囲に集まってきている者たちがいる。これではゆっくりと話をすることは不可能だろう。
「わかった。まずは部屋に行ってからにしよう」
 アスランはそう判断をするとキラを促して移動をし始める。
 その後を、キラだけではなく、イザーク達も当然の表情をして付いていった。
 さすがに、このメンバーに周囲を固められていては誰もキラに声をかけられないらしい。絡みついている視線のうっとうしさだけを除けば、邪魔もなくアスランが使っている部屋へと辿り着く。
「……何でお前達まで付いてくるんだ?」
 しっかりと部屋の中まで入り込んできた三人に、アスランが冷たい口調で言葉を投げかける。
「いいじゃないですか。先ほどの会話から判断して、その方も隊長の直属なのでしょう?なら、これから、一緒にいることになるんでしょうし」
 笑顔全開でニコルがこう言い返す。一件かわいらしいその表情の裏にあれこれ潜んでいる事をアスラン達はよくわかっていた。
「……キラ、かまわないか?」
 ため息と共にアスランはキラに問いかける。
「でも……本当につまらない理由だよ?」
 聞かない方がいいかもしれない……とキラは口にした。その表情から、彼としてもあまり話したくない事柄なのだろうとアスランは判断をした。それでも、大好きだった人たちの消息を聞きたいと思うし、キラにしても、自分になら話してもかまわないと考えているようだった。
「かまいませんよ、ねぇ?」
 だが、それをニコル達に読みとれと言うのは無理なのだろう。さらに笑顔を深めると彼は残りの二人に同意を求める。それに、彼らもすぐに頷いていた。
「……キラ……」
 いやなら話さなくてもかまわない、とアスランは瞳でキラに告げる。
「本当に、つまらない話なんだけどね」
 だが、話さないわけにはいかないと彼は判断したのだろう。小さなため息と共に口を開いた。

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最遊釈厄伝