狭間
02
「久しぶりに会えるのは嬉しいけど……でも……」
戦場は嫌いだ、と付け加えた。
こんな事を言えば、彼が悲しむのはわかっている。それでも言わずにはいられないのは自分の心の中にすんでいるもう一人の相手のせいだろう。
「ともかく……呼ばれた以上、あの人の名前に傷を付けるようなマネだけはしないようにしないとね」
その人物の面影を無理矢理心の中から追い出すと、自分に言い聞かせるように呟く。
「そうしてくれると私も嬉しいね」
不意に声をかけられて反射的に肩を揺らす。そのまま視線を向ければ、うっすらと笑顔を刻んでいる姿が見える。
「ラウ兄さん……じゃなくて、クルーゼ隊長」
慌てて言い直せば、クルーゼの笑みはさらに深くなった。
「二人きりの時は『兄さん』でかまわないよ、キラ」
その言葉に、キラは頷く。そして、ほんの少しだけだが緊張を和らげる。
「でも、どうして僕なんですか? 僕より能力のある人なんて、掃いて捨てるほどいると思うんですけど……」
そして、一番疑問に思っていることを素直に口にした。
「キラ」
クルーゼの言葉にわずかだけ厳しさが含まれる。それに気がついたキラは反射的に肩をすくめてしまった。
「謙遜は悪いことではないが……自分を卑下しすぎるのは悪い癖だよ」
ため息と共に吐き出された言葉はクルーゼがよく口にするものだった。だが、キラは決して謙遜しているわけではない。本気でそう思っているから、ことあるごとにこんなセリフを口にしてしまう。
「おいで」
困ったように瞳を揺らしているキラにクルーゼは手をさしのべる。誘われるままにキラは素直に彼の腕の中へと体を滑り込ませた。
「キラが作ったOSのおかげで、シグーは実戦に配備されることになった。また、ジンのパイロットの生還率も上がっている。それは事実だ。他の誰が何を言っても気にする必要はない。私が一番お前の実力を知っている。それで十分だろう?」
実際、キラが作ったOSはそれまでのものと違って格段に使いやすい。それだけではなくパイロットの安全面まで緻密に計算されていた。そのおかげで命を救った者も多い。誰が作ったかまでは知らなくても、改良されたOSを喜んでいるパイロットがほとんどなのだ。
「……だといいのですけど……」
口ではそう言いながらも、キラは嬉しそうに微笑む。その表情のまま、彼はゆっくりと手を挙げた。そして、クルーゼの顔を覆っている狭間へと触れる。
「あぁ……お前の前では外しても大丈夫だったな」
その意図がわかったのだろう。クルーゼはゆっくりと狭間を外していく。その瞬間、キラの瞳に記憶の中の面影と重なる彼の素顔が映った。キラの瞳が懐かしさと悲しみに細められる。
その事実にため息を漏らすと、クルーゼは腕の中からキラの体を解放した。そして、再び狭間を付ける。それが身内としての時間の終わりであることをキラは知っていた。
「……で、どこまでやればいいのですか?」
口調を改めてキラは問いかける。
「その前に、あの機体、どう思う?」
そんなキラの態度に満足そうな微笑みを浮かべつつ、クルーゼは逆に聞き返した。
「……バランスが悪い……と思います」
キラは小首をかしげながら言葉を口にする。
「バランス?」
「はい。おそらく、他の四機――X−303の変形機能は除いてですが――の機能を一機に集約しようとしたのでしょうが……それだけに機体そのものの性能のバランスがアンバランスになっているとデーターから推測しました」
果たして、あれを動かせる者がナチュラルにいるか疑問だ、とキラは言外に付け加えた。
「……とりあえず、お前が動かせるならそれでいい。後のことは起動に成功してから考えよう」
キラの場合、自分でMSを動かしてOSのチェックを行うことが多い。だから、ほとんど知られていないがパイロットとしての実力はクルーゼと比較してもそう劣るものではないのだ。逆に言えば、キラのレベルで調整されたMSを動かせる者がどれだけいるか……
「……他にも何か?」
クルーゼがあえて口にしない言葉をキラは的確に読みとる。
「それについては後で話をしよう」
どうやら時間切れのようだ……と告げた瞬間、二人の耳に入室の許可を求める声が届いた。
「どうやら、うちのパイロット達はお前の品定めをしたいらしい」
この言葉に、キラは一瞬瞳を伏せる。
「大丈夫だ。彼らはお前と同じ年代の少年達だし……例えお前が第一世代だからと言って馬鹿にするようなことはない。せいぜい実力を見せつけてやれ」
クルーゼはキラにそう言葉をかけると、インターフォン越しに入室の許可を与えた。