狭間

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  01  


 身体の上で冷たくなっていく肉体……
 自分をぬらしていく赤い液体……
 どうして、こんな事になったのか、理解することすらできない。
 失われるべきは、憎まれるべきなのは、自分だったはず。
 それなのに、今失われようとしているのは、自分の両親の命だった。
 そして、それを行ったのは、両親と同じナチュラル達。
 自分が殺されるならまだわかる。でも、彼らがどうして死ななければいけないのか。
 問いかけても、目の前の奴らは答えてくれないだろう。
 第一、それをする気力すら、今の自分にはなかった。
 呆然と命が消えていく体を抱きしめているのが精一杯だ。
 本当は、すぐにでも彼らの後を追いたい。
 しかし、彼らは生きろと言った。
 だから……
「……僕は……生まれてきてはいけなかったのかな……」
 小さく呟かれた声は、誰の耳にも届かないだろう。そう思っていたのに。
「誰がそんなことを言ったんだか……」
 優しい声が耳に届いた。同時に、自分の上にあった両親の体がそうっと持ち上げられる。
「生きてるな?」
 その瞬間、地球と同じ色の瞳が自分を覗き込んでいた。

 Cosmic Era68  月面で起きたコーディネーター排斥派の暴動が、ナチュラルとコーディネーターの間の溝を深めていた。だが、まだ戦争を回避しようという動きがあったこともまた事実。
 その均衡が破られたのは、それから2年後のことだった……

「知っているか?」
 パイロット用のミーティングルームに入ってきた瞬間、ディアッカがいきなり口を開く。どこからかまた何か情報を仕入れてきたらしいと言うことがその表情から伝わってくる。だが、彼の話に付き合う余裕は今の彼らにはなかった。
「……言いたいことがあるなら、さっさと言え!」
 一番最初に口を開いたのはイザークだった。怒鳴りつけられて、ディアッカは思わず肩をすくめてしまう。
「そうですね。手早くお願いします」
 ニコルも目の前のモニターから顔を上げることなくこう言った。アスランにいたっては、ただ一瞬視線を向けただけである。そんな彼らの反応をあらかじめ予想していたのだろうか。ディアッカは肩をすくめただけだった。
「ったく……まぁいい。とうとう本国に応援を要請したってさ。ストライクのOSの件で」
 近いうちに開発局から担当が来るだろうとディアッカは付け加える。
 連邦軍が開発したMSを奪取してきたのは一週間ほど前のこと。X−102・デュエル、X−103・バスター、X−207・ブリッツ、X−303・イージスの四機に関しては起動に成功している。だが、どうしたことかX−105・ストライクのみが起動できないでいた。おそらく、後から付け加えられたユニットとの関係なのだろうが、ナチュラルの開発した機体を使えないと言うことが彼らの矜持を傷つけていたという事実もまた事実だ。
「誰だ?」
 ようやく興味が出てきた、という表情でイザークが問いかける。
「お前のことだ。そこまで掴んでから来たんだろう?」
 アイスブルーの瞳を細めながら付け加える彼に、ディアッカは頷く。他の二人も、その瞬間彼へと視線を向けた。
「隊長のシグーのOSを担当した奴だとさ」
 そしておかしさを隠せないという口調でこう告げる。そんな彼の表情は他の三人の反応を見逃すまいとするかのように向けられていた。
 予想通りというか、三人とも驚きを隠せない様子である。ニコルやイザークはともかく、アスランまで絶句したまま固まっているというのは非常に珍しい、とディアッカは目を細める。
「それって……あの……」
「噂の天才か……」
「そう、開発局の秘蔵っ子っていわれている奴だ」
 どうしたことか、それほどの才能を持っているにもかかわらず軍部の中で彼に直接会ったというものはほとんどいない。本当に存在しているのか、とすら言われている相手が呼び出されたとあっては興味を持たずにはいられないだろう。
「……それほど、あれを動かしたいのか……」
 ただ一人、アスランだけは他の三人と違った感想を抱いているようである。
「メンツだろう、結局。ナチュラルが作った機体を俺たちが動かせないと言うことが許せないって言う」
 それを聞きつけたディアッカがうっそりと笑いながら言葉を返してきた。
「俺たちだってそうだからな。だから、割り当てられた機体のOSを最良のものにしようとしているわけだし」
 しかし、どうやってそいつを引っ張り出したのかは興味があるよな……と言いながら、ディアッカは自分が使用しているパソコンの前へと腰を下ろす。
「……隊長の関係じゃないですか? 確か、隊長のシグーのOS、隊長がその人物を指名したって小耳に挟んだような気がします」
 ニコルが小首をかしげながら言葉を口にした。
「どちらにしろ、そいつが到着してからでないと、確認もできないか……」
 なら、作業に戻った方がましだな……とイザークもモニターへと視線を落とす。アスランもまた、キーボードを叩き始めた……

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最遊釈厄伝