閑話休題1
「ん?」
質問が理解できないと、キラは小首をかしげると視線で聞き返した。それを見て、ディアッカが笑みを深める。
「だから、キラは女と付き合ったことがあるわけ?」
教えろよ、と付け加える彼の表情には好奇心がありありと浮かんでいた。
「……ディアッカ、暇なの?」
そして、ため息とともにキラはこう言い返す。
「否定はしないな」
隊長が戻ってくるまで、大がかりな作戦はないし……とディアッカが笑う。その言葉を耳にした瞬間、キラだけではなくアスラン達もあきれたとため息をつく。
「暇つぶしなら、もっと有意義なことをしろよな」
答える必要はないと、アスランは言外に付け加える。
「いいじゃないか」
お前らだって興味がないわけではないだろうとディアッカが言えば、三人は白々しいまでに視線をそらす。その行動が彼の言葉が嘘ではないと伝えていた。
「まったく……アスランまで……」
何を考えているんだか……とキラは呟く。
「ないよ。これでいい?」
そして、さっさとその話題を終わらせてしまおうとキラはあっさりと口にした。
「マジ?」
だが、これで解放してもらえるかというとまた別問題だったらしい。驚いたというように四人がそれぞれ視線を向けてくる。
「本当だよ。幼年学校時代のことはアスランに確かめればいいだろう」
むっとしたような表情を作ると、キラはこう言い切る。その表情がかわいらしいと思ってしまうのはアスランだけではないだろう。
「……正確に言えばそれは違うんだけどな」
とりあえずフォローだけはしておくか……というようにアスランが口を開く。
「キラにとりつく暇がなかったって言う方が正しい。結構、人気はあったんだけどね。
暇が出来ればどこでも寝ているし、ついでにそうでないときは俺と一緒だったからな」
声をかけようにもかけられなかった奴が多いんだって……とアスランは笑う。
「……なんだよ、それ……だったら教えてくれれば良かっただろう!」
「どうして?」
「……どうしてって……」
逆に聞き返されて、キラは言葉に詰まってしまう。その表情からどうしてアスランがそんな行動を取ったのかわかっていないようだ。キラのその様子に、ニコル達は複雑な視線をアスランに向ける。
「で、その後はどうだったんだ?」
アスランと別れたんだろう……と言われて、キラはふっと眉を寄せる。
「馬鹿!」
「本当、無神経ですよね、ディアッカって」
ニコルとイザークが左右から冷たい視線を向けた。
二人の言葉にディアッカが訳がわからないという表情を作る。だが、すぐにキラがザフトに入隊をすることになった経緯を思い出したらしい。
「……悪い……」
「別にいいよ。あっちにいた頃は、コーディネーターだってばれないように、部屋の中にいることが多かったし……プラントに来てからは忙しくてそんな暇がなかったからね」
次々と新しい機体が開発されていたから、とキラはディアッカの謝罪を受け入れたという表明に言葉を口にした。
「って事は、キスも未経験なんだ」
懲りない奴、と言うセリフは、ひょっとして彼のためにあるのだろうか……とその場にいた誰もが思う。
「そう言うディアッカはどうなのさ」
「俺? もちろん経験済よ。それなりにもてているから」
けろっと口にする彼に向けられた視線がさらに冷たいものになったことに本人が気づいているかどうか。
「……当然、アスランもイザークも経験あるよね……」
キラがそんな彼を助けようと思ったのか、不意に矛先を彼らに向けてくる。
「まぁね」
「……否定はしない」
ディアッカだったら無視できるが、キラが相手ではそうはいかない。二人は素直に頷いてみせた。
「……ニコルも?」
「ないとは言いませんが……相手は従姉ですので……カウントしていいものかどうか」
付き合いたいと思える人もいませんでしたし、とニコルは微笑みながら口にする。
「……なんか、俺とキラとじゃ、ずいぶん態度がちがわねぇ?」
ぼそっと呟きながら、ディアッカがため息をつく。
「まぁいいけどな。で、肝心のキラの経験は?」
立ち直ったディアッカが再び話題を元に戻す。
「……カウントしていいのかな……とりあえず、アスランと兄さんと……」
指折り数えながらキラが口にした名前に、今度は視線がアスランに集まる。
「……って、あれ?」
それをきれいに無視して、アスランはキラに確認を取るように問いかけた。
「そう……あれ、カウントしていいわけ?」
「……いいんじゃないのかな」
二人の間だけでしかわからないセリフがかわされている。
「お前ら……何、二人だけで分かり合っている!」
それが気に入らなかったのだろう。イザークがこう怒鳴ってきた。
「そんなこと言われても、俺たちが幼なじみなのは変えようがない事実だ」
違うのか、と勝ち誇ったようにアスランが言い返す。そんなことで張り合わなくてもいいのではないか……とキラあたりは思ってしまうのだが、彼らはそうではないらしい。
「……まったく……」
ため息とともにキラが呟く。
「ケンカするほどのことなのかな? ある意味、事故みたいなものだったのに」
「そうなのですか?」
「うん」
劇のシーンでふりをするだけが、他の人間に突き飛ばされて本当にキスをするはめになっただけなのだ、とキラは苦笑を浮かべつつニコルに説明をする。
「……兄さんのだって、単なる挨拶だっていってたし……そう言う意味では除外してもいいのかな?」
お守り代わりだって言ってたし……というセリフを耳にした瞬間、その場にいた全員が違うのではと思ったことは言うまでもない。
「……絶対確信犯だよな、あの人の場合」
「って言うか、何で信じるんだ、あいつは」
「昔からそう言う性格なんだよ、キラは」
「すなおですからねぇ、キラさん」
本人には聞こえないように、四人はぼそぼそと囁きあう。
「……あれ?」
そんな彼らを無視して、キラは小首をかしげている。その表情が次第に妙なものへと変わっていった。
「キラ?」
どうかしたのか、と言うようにアスランが問いかけてくる。
「ひょっとして、僕がキスしたことある人って……みんな男?」
それって、ちょっとショックかも……とキラは呟く。
「まぁ……それらは除外していいんだし……何なら、今度の休暇の時に女の子紹介してやるから……」
落ち込んでしまったキラを見て、ディアッカがフォローの言葉を口にする。だが、それがフォローになっているかというとかなり疑問だったが。
「余計なことを言うな!」
「そうだよ」
「本当に貴方は……」
どうしてこう一言多いんですか! と三方から拳がディアッカの後頭部に飛ぶ。
「……俺が何をしたって言うんだよ……」
もちろん、本人としては納得できるものではなかったらしい。むっとした表情で三人を睨み付けている。
「まぁ、まぁ……気にしてないから、僕」
苦笑を浮かべつつ、キラはディアッカをフォローしようと言葉を口にした。しかし、それが逆効果になっているとは思っていないだろう。
「……今は勘弁してやる」
「後でじっくりとお話ししましょうね、ディアッカ」
「いっそ、一生口を閉じていろ、お前は」
同僚達のありがたいお言葉を聞きながら、ディアッカは自分の行動を激しく後悔していたことは言うまでもなかった。
しかし、結局キラが女の子とキスをする機会を得られることがなかったのは、また別の話である。
それを彼らが知らなかったのは、ある意味幸せだったかもしれない。
ちゃんちゃん
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