狭間

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  閑話休題2  


「……なぁ……」
 することもなく、クルーゼによって与えられた本を眺めていたフラガがふっと声をかけてくる。
「何だ?」
 目を通していた書類から顔を上げることなくクルーゼが言葉を返す。
「物資って言うのは、申請すれば何でも届くわけか?」
「何か欲しいものでもあるのか?」
 いくらフラガがクルーゼに預けられているとは言え、元はと言えば連邦軍のエースパイロットだ。さすがに『欲しい』と言われても手に入れられないものだってあるだろうと言外に付け加える。
「……食い物なんだが……」
 その言葉に初めてクルーゼは視線をフラガへと向けた。
「家の艦の食事がまずいとでも?」
 兵士にとって居住性というのは二の次だ。だが、そんな彼らでも食事となれば話は違う。そして、食事が満足できるものであれば彼らの志気も下がることはない。そう言う判断から、クルーゼは自分の隊だけでも、とかなり気をつけているつもりだった。だから、フラガのこの言葉は心外だと言っていい。
「あ〜、そう言うことじゃないって……この船の飯ははっきり言ってすごく美味いからな……」
「では、なんだと?」
 フラガの個人的な嗜好品に関しては、キラが気を利かせて取り寄せていたはずだし……とクルーゼは目を眇める。
「……そのだな……もうじき、5月18日だろう……」
 頼むからこれだけで察してくれよ……とフラガの視線が告げていた。
「5月、18日?」
 何かあっただろうか……とクルーゼは自分の記憶の中を探り出す。
「……マジ、忘れてるわけ?」
 おいおい、とフラガがあきれたような声を出す。それにクルーゼはむっとしたような表情を作った。
「今思い出している最中だ」
「思い出す必要があるって言うのが問題なんだろうが」
 彼の言葉に、フラガはフラガでこう言い返す。
「思い出す必要がないと?」
「当たり前だろう! 可愛いキラの誕生日だろうが」
 忘れてたまるか……と付け加えるフラガの言葉に、クルーゼはようやく得心がいったという表情を作った。
「そうだったな。ここしばらく忙しくて忘れるところだった」
 会議か何かだったらまずいだろうからな……と付け加える言葉の裏に、フラガ自身に関するあれこれについての雑事があることをにおわせてくる。そんなクルーゼに、フラガは小さくため息をついた。
「と言うわけで、せっかくだからせめてケーキぐらい食わせてやりたいと思ったんだよ。あいつ、甘いもの好きだろう?」
 さすがに、戦艦じゃんなもん出てこないしな、と付け加えればクルーゼも納得したように頷いている。
「そのくらいであれば、なんとか手配できるだろうな。いや、いっそ作らせるか……」
 問題はこの艦の調理人がケーキを作れるかどうかだな……と呟くクルーゼに、
「だったら、材料と場所を提供しろ。そうしたら俺が作る」
 フラガがこんなセリフを返した。
「……お前が?」
「作れるぞ、ケーキぐらいならな。味の方もそれなりだと思っているが……不安ならキラにでも聞いてみればいいだろう?」
 胸を張ってフラガが威張るように口にする。
「……ふむ……」
 クルーゼの言葉の意味が何を指しているのか、フラガには判断できなかった。

「……ムウ兄さんの料理? すっごくおいしいよ」
 いきなり問いかけられた言葉に、キラはにっこりと微笑むと言い切った。
「……って、あの『エンデュミオンの鷹』のことだよな」
「エースパイロットの趣味が料理……ですか」
 信じられない……とキラの背後で会話を交わしているのはディアッカとニコルだ。
「……それに関しては、僕のせいだよ、たぶん……引き取られた頃、どうしても自動調理装置の味付けがダメで……そのせいで作り始めるようになったんだから」
 律儀にキラが二人の言葉に答えを返す。その内容を耳にした瞬間、アスランとイザークが二人に冷たい視線を投げつけたのは事実だ。いや、仮面のせいでよくわからないがクルーゼも同じような視線を投げつけていたかもしれない、と二人は首をすくめつつ思う。
「でも、どうしてですか?」
 いきなり、とキラはクルーゼに視線を向ける。その瞳の中に、みんなの前で家族の話を……という非難の色が見えたのはクルーゼの気のせいではないだろう。
「暇つぶしをさせろと言われてね……確かに、今、あいつが出来ることは限られているからな」
 気分転換と言えば、せいぜい監視付きでトレーニングルームに行くか、本を読むか、キラが作ったゲームをするぐらいしかないのだ、フラガは。
「……それで料理って……なんか違うような気もするんだけど……」
 小首をかしげつつ、キラは小さく呟く。
「最近、食欲が落ちているそうだが?」
 そんなキラに向かって、クルーゼがこう問いかける。
「そんなこと……」
「ないわけじゃないよね、キラ」
「そうですよ。最近、僕たちの半分も食べられなくなっているじゃないですか」
 アスランだけではなくニコルまでこう言ってくる。その背後ではイザークとディアッカも同意だという表情を作っていた。
「……ちゃんと食べているのに……」
 キラがむっとしたような表情を作るが、誰も彼のセリフに納得してはくれない。
「だったら、今日の夕食はプレートに載っているものを全部食べるんだな。そうしたら認めてやるよ」
 それどころかこう切り替えされてしまって、キラは言葉に詰まる。
「すみません、キラさん! 今、かまいませんか?」
 そんなキラを救ったのは、整備の兵だった。
「何か?」
 あからさまにほっとしたような表情を作ると、キラは彼の方へと近寄っていく。だが、二言三言話しているうちに彼の表情が曇り始めた。どうやらストライクに何か厄介なことが起こっているらしい。何かを確認するように振り返ったキラに、クルーゼが頷いてみせる。頷き返すと、キラはそのままパイロット控え室を後にした。
「さて諸君」
 その瞬間、クルーゼが何やらたくらんでいるとわかる微笑みを口元に浮かべる。
「個人的なことで申し訳ないが……あの子に内緒で計画をしたいことがある。付き合ってくれるものはいるかな?」
「……内容をお聞きしてからでもいいですか?」
 アスランのこの言葉にクルーゼはさらに笑みを深めた。
「もちろんだとも」
 もっとも、君なら無条件で付き合ってくれるだろうと思うがね。その言葉にアスランだけではなく他の者たちも興味を見せる。そして、クルーゼから計画を聞かされた瞬間、誰もが無条件で付き合うと口にしたのだった。

 それから数日はまったく平和だった。
 どうやらフラガの暇つぶしはクルーゼが手配をした調理装置で行われているらしい。キラの食事のプレートに置かれた特別メニューがそれを教えている。
「……これって……絶対作為的だよね……」
 キラがため息をつきつつこう呟く。
「どうして?」
 キラの言葉にアスランが聞き返す。
「だってさ……兄さんが作ってくれたのは残すと後で怒られるし……かといって、それだけ食べるわけにいかないじゃない……」
 となれば、意地でも全部食べないわけにはいかないだろうとキラは口にする。
「いいことじゃないか」
 最近減った体重が、それで戻ってきているのだろう? とアスランに指摘されて、キラは視線を落とす。そのまま行儀悪く手にしたフォークでサラダをつつく。
「体調を維持するのもパイロットの仕事だからな。好意に甘えればいい」
 だろう、と微笑まれて、キラは仕方がないというように頷く。
「でも……」
「わかってるって。キラは元々は技術者だもんね」
 人を殺すと言うことについて、まだそれほど心構えが出来ていなかったんだろうと言うアスランに、キラは素直に頷く。
「頭では、戦争をしているって言うのはわかっているんだけど……」
 どうしても、とキラは付け加える。
「心配するな。そこで平然としている奴も、最初に人を殺したときはしばらく食事を取れなかったんだぞ」
 脇から口を挟んできたはイザークだ。
「お前だって人のこと言えないだろうが」
 それにアスランはすかさず反論を口にする。
「……否定はしないが……」
 だから、すぐになれる……と言う彼らが、自分を慰めてくれているというのはキラにもわかっていた。でなければ、プライドの高い彼らが自分の恥とも言えることを教えてくれるわけがない。
「ごめんね、心配かけて……それと、ありがとう」
 キラは微笑みとともに二人にこう声をかける。
「……気にするな」
「キラが大切だからに決まっているだろう」
 キラに気づかれないように視線を交わしあうと二人は口々にこう言った。
「そう思ってくれる気持ちが嬉しいんだけど」
 幸か不幸か、キラは自分のプレートへ視線を戻していて彼らの行動には気づいていなかったらしい。
「だったら、がんばってそれを食べようね」
「食い終わるまでは立たせないからな」
 二人はその事実にほっとしながら口々にこういった。

 なんかおかしい。
 キラがその事実に気がついたのはそれから数日経ってのことだ。
 様子がおかしかったのはクルーゼやフラガ、アスラン達だけではない。艦内にいる者たち全員が何かを隠しているようなのだ。
「……僕だけ仲間はずれみたい……」
 小さく呟きながら、キラはストライクのOSを書き換えていく。
 今までのものに不具合があったわけではない。ただ、ビームライフルの照準を合わせるとき微妙に反応が鈍いような気がしてならなかったのだ。
 おそらく自動設定されているその一連の動作の中に無駄な部分があるのだろう。
 その一瞬が生死を分けることになるかもしれない。
 フラガに言われて、その事実に思い当たったキラが作業を開始した……というのが今の状況である。
「……まさかムウ兄さんも……とは思いたくないけど……」
 この状況では今ひとつ信用しきれない……とキラは小さくため息をつく。
「それとも、僕が知らない方がいいことなのかな」
 どうしても『人を殺す』ことに慣れることは出来ない。いや、ちゃんと理性では割り切れているんだけど、感情的にね。
 まだ実際にこの手で『誰か』を殺していると言う認識が少ないだけマシなのかな。
 キラはそんなことを考えながら『誰か』を『殺す』為にOSの修正を進めていく。こうしている間はフラガの命が保証されるからだ。
 大切な誰かを守るために誰かの大切な相手を殺さなければならない矛盾。
 だが、顔も知らない相手よりもフラガの方が大切なのは事実で……彼が側にいてくれるならなんでもできる、とキラは心の中で付け加える。
「キラ」
 そんなキラの耳にディアッカの声が届いた。
「何?」
 視線を向ければ、彼が難しい表情をして自分を見つめているのがキラにもわかる。何か失敗をしたのだろうか……と不安になりながら問いかけた。
「いや、単に飯を食いに行かないかって誘いに来たんだが……そんなにびびられるとは思わなかったぜ」
 苦笑を浮かべる彼にキラは申し訳ないというような肩をすくめる。
「ちょっと考え事をしてたから……ごめんね、ディアッカ」
「悪いと思ってるんなら、付き合ってくれ。それでいいからさ」
 な、と言われて、キラは素直に首を縦に振った。
「じゃ、行こうぜ」
「ん〜……ちょっとだけ待ってくれる? 今までの所を保存しておくから」
 でないと、これまでの作業が無駄になるし……とキラが言えば、
「了解。さすがに保存しないで終了しろなんて恐ろしいことはいえねぇって」
 他の連中にばれたら間違いなくただじゃすまないとディアッカがぼやく。
「それはないと思うけど」
 言葉を返しつつも、キラは手早く今までの作業を保存する。そして、そのまま終了をさせた。
「お前には本性を見せてないだけだって」
「どういう事?」
 ディアッカのセリフをしっかりと聞きとがめたキラはコクピットから抜け出しながら問いかける。
「……それは、自分で確かめろ……俺はまだ死にたくない!」
 ディアッカのこのセリフに、キラはますます訳がわからない……というように小首をかしげた。
「ともかく、飯にしようぜ、飯に……な」
 だが、ディアッカは笑みとともにこう告げる。それほどおなかがすいているのだろうか、とキラはとりあえず納得をした。
「後で、ヒントだけでもちょうだいね」
 それでもこう言ってしまうあたり、キラもかなりしつこい性格だと言っていいのだろうか。
「……気が向いたらな」
 しばらくためらった後、ディアッカはこう答えた。

 それにしても……とキラは小首をかしげてしまう。
「ディアッカ……食堂はこっちじゃないよね……」
 というか、よくよく考えてみれば普段ガモフにいる彼がどうしてヴェサリウスで食事を取るというのか。
 確かに、最近はこちらにしょっちゅう来てはいたようだが……とキラは思う。
「ん〜? 隊長に呼び出されてたのを忘れてたんだよ。悪い」
 白々しいセリフだ、とは思うが、万が一それが本当だったら困る……とキラは思い直す。
「隊長が?」
 それでも、一応問いかければ、ディアッカはまじめな表情で頷いてきた。と言うことは本当なのだろうか……とキラは思う。
「……だったら、自分で連絡をしてくれればいいのに……」
 多少の無理でも普段は平気で言ってくるくせに……とキラが口の中でぼやけば、前を進んでいたディアッカが吹き出すのがわかった。
「ディアッカ?」
「悪い……仲がいいなって思っただけだ」
 あいつも含めてな、と付け加える彼にキラは反論することが出来ない。
「……どうせ、ね……」
 最初はそれなりに配慮していたはずのクルーゼまでそうなのだから、フラガにいたっては言うに及ばず……と言うところだろう。
「だから、気をつけてっていっているのに……」
 聞く耳持ってくれないんだから、と口にするキラも五十歩百歩なのだと理解しているだろうか、とディアッカが思っていたことにキラは気づかなかった。
 そうしているうちに、しっかりとキラ達はクルーゼの私室の前まで辿り着く。
「隊長、ディアッカとキラです」
 ディアッカがクルーゼへと入室の許可を求めている。
『入りたまえ』
 即座にドアが開かれた。さっさと足を踏み入れるディアッカの後について入ったキラは、目の前の様子に思わず目を丸くする。
「えっ?」
 何なんだ、この違和感は……と思わず固まってしまったキラの頭を、大きな手がぽんっと叩いた。
「……ムウ兄さん……」
「やっぱり忘れてたか……今日は何の日だ?」
 振り仰げば、彼がくしょうを滲ませているのがキラの瞳に映る。その言葉に、キラはカレンダーを思い浮かべた。
「……今日って……5月18日……まさか……」
「そ。お前の誕生日だろうが。と言っても、戦艦の中でおおっぴらに祝ってやることは出来そうになかったかさらさ、せめて好きなもんでも……と思っていたら、あいつが悪のりしたんだ」
 そう言いながら指さしたのはクルーゼである。
「私だけの責任ではないぞ。他にも協力した者たちがいる」
 それがアスラン達であることはキラにもわかった。
「……まぁ、半分以上、俺の暇つぶしだったがな」
 だから気にするな、とフラガが笑う。
「でも、すっごく嬉しい」
 キラがこう言えば、彼だけではなく他の者たちも満足そうな笑みを浮かべた。
「ほら、キラ。早く来いよ」
「俺たちのプレゼントにも喜んで貰わないとな」
「整備の人たちからもプレゼントを預かってきていますから」
「本当、キラは人気者だからな」
 そんなことを言いながら、アスラン達がキラをフラガの元から引き離していく。
「……本当、人気者だな、俺たちの弟は……」
「いいことだろう」
 呟くフラガに、クルーゼが微笑みながら言葉を返す。
 そんな彼らの前で、キラが本当に幸せそうに微笑んでいた……

ちゃんちゃん

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最遊釈厄伝