18
デッキには既に大勢の兵達が配備されているものとばかり思っていた。だが、その場にいたのはクルーゼを含めても数名だけである。
「……いったい……」
何を考えているのか、とフラガは思う。
確かにゼロは使えない。
身体能力でもナチュラルである自分はコーディネーターに劣るだろう。だが、まだ自分には銃があるし、最低限の抵抗をするつもりもある。
そんなことをしても何の利益にもならないことはわかっていた。だが、自分のプライドが何もしないという選択を認められない。
「くだらない意地だけどな」
自分たちが最初から比較し続けられた結果生まれた意地。
この世に生まれ出たときにはそんな想いを抱くことになるとは思わなかった。何も知らない頃はそんなこと関係なかったのだ。
それがいつから変わっていったのか、フラガ自身覚えていない。
両親は自分も彼も分け隔てなく育ててくれたのだから。
「もっとも、それはアイツも同じか」
そんな自分たちの間に放り込まれたキラはとばっちりだったのだろうがな……とフラガは苦笑を浮かべる。
「さて、どうするか」
どうすれば、一番相手に効果的な嫌がらせができるのか。フラガは気分を変えようかとそう考え始める。
しかし、性格の悪さでは相手の方が上だったと言っていい。
コクピットのハッチが強引に開けられた。
咄嗟に、そいつを殴ろうかと視線を向ける。
「ムウ兄さん!」
だが、そこにいたのは自分が守りたかった少年の顔だった。
確かに、最後に別れたときよりも成長をしている。だが、まだ幼さを残すその容貌をフラガが間違えるわけがない。
「兄さん……ごめんなさい……」
しかも、成長したにもかかわらず、昔いたずらをしてフラガに怒られたときのように涙ぐんでいる彼に、毒気まで抜かれてしまう。
「……別段、お前が悪いわけじゃないんだがな……」
これもアイツの思惑のうちだと思いつつフラガはついついキラを慰めるようなセリフを口にした。
「だけど……」
「ったく……戦っている最中のあの威勢の良さはどこにいったんだか」
この表情をされてしまっては白旗を揚げるしかないか……とフラガはため息をつく。
「で? 俺はこれからどうすればいいんだ?」
そして、シートから立ち上がると覗き込んでいる彼の髪を撫でてやりながら彼に問いかける。
「……ともかく……ここからでてくれれば……」
「りょーかい。お前の立場は守ってやるから」
もう一人の方は知らないが……と言いながらフラガは腰から銃を引き抜く。そして、それをキラに手渡した。さすがに彼を人質に取ることはできない。いや、人質にすることができてもその身に危害を加えられないのでは同じことだろう。
それを受け取りながら、キラは複雑な表情を見せた。
「……ごめんなさい」
小さく呟くと、キラはフラガに場所を空ける。
慣れた仕草でコクピットから抜け出すと、周囲の様子を肉眼で確認することができた。クルーゼの側にいるキラと同じパイロットスーツを身にまとっている人間がイージスのパイロットだろう。
「……本当、お前には会いたくなかったんだよな」
クルーゼに向けてこう告げた瞬間、彼の口元に笑みが浮かんだのをフラガは見逃さない。
「残念だったな。私の性格はお前が一番よく知っているだろうが」
そしてこう告げられた彼の言葉に思い切り苦虫をかみつぶしたような表情を作った。
「……いったい、あれはどうしたんだ?」
ガモフから駆けつけたイザークが、目の前の光景に目を丸くしている。いや、イザークだけではない。ニコルもディアッカも驚きを隠せないようだ。
「あのパイロットがキラのあちらでの保護者だったらしい」
帰投中にキラが教えてくれた、とアスランは付け加える。それだけで三人にも状況が飲み込めたらしい。
「つまり、隊長とも知り合いだったというわけか」
それもかなり親密な関係だったのだろうと言うことが二人の態度からもわかる。
「でも、いったいどうして……」
あのクルーゼが連邦のMAのパイロットにあれだけののしられなければならないのか、とニコルは言外に告げた。
「……あの人はキラを軍人にしたくなかったみたいなんだ。安全なところで生活させたいと隊長に預けたにもかかわらず、キラが軍人になったものだから」
キレたみたいだな……とアスランは説明をする。
「……そう望んだとしても、キラの才能じゃ無理だったろうな……」
プログラムに関する才能だけでもザフトには必要すぎるほどのものだ。その上――性格的には少々難はあるものの――パイロットとしてもあれだけ有能なのだ。本人が望まなかったとしても入隊するはめになっていただろうとディアッカは判断する。そして、それは正しいだろう。
「アイツがザフトに入らなかったなど、考えられん」
イザークまでもがきっぱりと言い切るのを耳にして、アスランは苦笑を浮かべる。
「確かに、隊長が推薦して入隊したから、キラはここにいられるんだろうがな」
でなければ、他の隊に回されていただろう。そうなっていたら、キラを守ることができなかった、とアスランは心の中で付け加える。
「しかし、すごいですね、あの人……自分が捕虜だってわかっているんですよね?」
あまりに豊富な語彙にニコルがあきれたように呟く。
「……キラが押さえているからそれだけですんでいるようなものらしいが……」
でなければ、殴りかかるぐらいしたのではないか……とアスランは苦笑を浮かべる。
「そんなだったのか?」
「だったんだよ」
疲れたように笑うアスランの表情でだいたいの想像が付いたのか。三人も苦笑を浮かべる。
「だから、イザークとアスランの間でも割と普通にしていられたんですね、キラは」
何かとんでもないようなセリフを言われたような気がする、とアスランは思う。
「もういい加減にしてよ!」
だが、それを追求するよりも先にキラの叫びが彼らの耳に届いた。
「兄さんと一緒にいたくてがんばったのに……そりゃ、無理矢理連れて来ちゃったのは悪かったけど……でも……」
戦いたくなかったのだ、とキラがつけた瞬間、フラガの体から力が抜けたのがわかった。
「悪かったって……俺だってお前と戦うのはもうごめんだしな」
そして、自分の胸にすがりついているキラの頭を撫でてやる。
「だからといって、そいつを許せるかどうかって言うのはまた別問題だろうが。どう考えても、お前を利用したようだしな」
「それは違うな。単に二人の思惑が一致しただけだ。一人でやるよりも二人でやった方が成功率が高い。ついでに言えば、大切な者は手元に置いておくのが一番安全だと思っただけのこと」
今まで黙っていたクルーゼが笑いとと共にこう言い返した。
「そう言うお前の性格が、俺は嫌いだ」
ったく……と言うフラガにクルーゼは笑みを深める。
「この勝負、隊長の勝ちだな」
イザークがぼそっと呟く。それに反論を唱える者はその場にいなかった。
フラガをクルーゼの私室へと連れて行きながら、キラは彼の横顔を盗み見る。どうやらフラガが抵抗する気がないと判断したのか――それともキラ相手に何もできないと思ったのか――彼に付き添っているのはキラ一人だ。そのせいか、フラガは少しだけだがリラックスしているようにも見える。
しかし、それが本心だとは限らないだろう。口ではああ言われたものの、本当に彼がそう思っているとは限らないのだ。
「兄さん、ごめんね……」
キラが小さく呟けば、フラガの手がその髪に触れてくる。
「……いい加減、謝るのはやめろ。本気でいやだったら、どんな手段を執ったって俺は出て行く。お前も知っているだろうが」
クルーゼだけがこの場にいたなら、無条件でそうしていただろう。キラだけならば無理矢理連れ戻るという可能性も考えていたと言うことは否定できない。しかし、その二人はそろってしまっては、白旗を揚げるしかないフラガだった。
「まぁ……アイツなりにお前のことを考えていたようだから、後で一発ぶん殴るだけで我慢しておくか」
でないと、ムシがおさまらない……とフラガは言外に告げる。
「……怪我はさせないでね……」
フラガの怒りももっともだと思ったのだろうか。キラはもう彼を止めようとはしない。
「わかってるって。おとなしくしているさ」
クルーゼの性格や先ほどの言葉からして、自分をどこかに預けると言うまではしないだろう。それだけはマシだな……とフラガが小さく笑ったのがキラにも伝わってきた。
「僕、がんばるから……兄さんを守れるように……」
そう言いながらキラはフラガに体をすり寄せてくる。どう見ても標準よりも小柄なその体でそんなセリフを口にする彼に、フラガは苦笑を禁じ得ない。
「それは俺のセリフだったんだがな」
まさかその立場が逆転する日が来るとは思わなかった、とフラガは付け加える。
「……僕だって男なんだけど……」
クルーゼの私室の前まできたところで、キラは彼から身を離す。そして、ドアのロックを外した。
「それはよく知っているけどな」
何度も風呂に入れてやったし、着替えもさせてやったからな……と付け加えられた瞬間、その時のことを思い出したのだろう。キラは真っ赤になる。
「とりあえず、端末関係はすべてロックさせて貰うね。それ以外の物は自由に使ってかまわないって言われたけど……」
フラガの趣味に合うかどうかは責任を持てない……と頬を染めたままキラは口にした。
「……さすがはザフトの隊長……連邦の士官よりもいい部屋だな」
フラガは部屋の中に足を踏み入れた瞬間、素直に感心してしまう。その背後で閉められたドアがロックされたことを気にする様子はない。
「それもこれも、お前を手元に置いて、人のことを拉致するためだって言うなら、その努力だけは認めてやるがな」
「……兄さん、素直じゃないね」
本当に彼らは。お互いを認めているのか、それとも嫌っているのかよくわからないとキラは思う。自分がそうなのだから、他の者たちはなおさらだろう。
今頃クルーゼがアスラン達から何を言われているかと思うと恐怖を感じないわけではない。しかし、彼のことだからうまく取りなしてくれるのではないか、という期待もある。時々千尋の谷に突き落とすような真似はしてくれるものの、根本的にキラの立場がまずいことになるようなことをクルーゼはしてこなかった。そして、フラガをここに連れて行けと命じたとき、『任せておけ』とも言ったのだ。
「俺が素直でも、誰も喜ばないからな」
お前が素直だと可愛いけど……そう言いながらフラガはキラの体を背後から抱きしめる。
「まだ言ってなかったよな。お前と会えて、本当に嬉しいって」
この言葉に、キラはフラガを見上げると本気で嬉しそうに微笑んで見せた。
「こんなに強くなっているとは予想外だったがな」
フラガがそう言えば、キラは笑みに少し困った色を含ませる。
「僕、強くないよ……みんながいてくれないと、たぶん、何もできないし……」
「そう言うけどな。じゃ、そんなお前に押されていた俺はどうなるわけ?」
一応、俺、連邦のエースなんですけど……と付け加える彼の腕の中で、キラは体の向きを変えた。そして、その胸に頬を押し当てる。
「……だって、そうしないと、兄さんが側に来てくれないじゃない……兄さんが強いのは知ってたけど、万が一ってこともあるんだし……側にいて欲しかったんだもの」
だからがんばったのだ……とキラは口にした。
内容はともかく、理由は嬉しい……とフラガは思う。キラの自分を慕う気持ちを利用した形になったクルーゼに関してはまだ複雑な感情が残っているが。
「お前の側にいてやるよ。おとなしくな」
そう言いながら、フラガはキラの顔を上げさせる。そして、その唇にそうっと自分のそれを重ねてやった。
終