狭間
16
ゼロ以外のMAははっきり言って数が多くて鬱陶しいだけの存在だ。
だが、その数の多さのせいでアスランはキラの側へ行くことができない。もっとも、それは他の三人も同じこと。
「キラ……」
少しでも早く側に行ってフォローしてやりたいとアスランは思う。
それはキラを信じていないからではない。だが、それは彼が傷つかないということと同意語ではないのだ。
『邪魔だ、ナチュラル共!』
どうやら、イザーク達もこの数の多さには辟易しているらしい。回線からそれぞれの声が飛び込んでくる。
しかし、その中にはキラの声はない。
回線を開いていないのか、それともその余裕がないのか。おそらく後者だろうとは思う。
「ともかく、こいつらを何とかしないと……」
モニターの端にはストライクとゼロが映し出されている。めまぐるしく位置を変えお互いに攻撃を加えている彼らには、少なくともナチュラルは手を出すことができないだろう。自分たちですら危ないものだ。
だが、いったいどうして……ともアスランは思わずにいられない。MAの攻撃はストライクの機動性を奪おうとしているものの、決定的なダメージを与える場所への攻撃は避けているように見える。
「キラが相手を殺せない理由はわかるんだ……だが、MAのパイロットもキラを傷つけないようにしているのか?」
と言うことは、相手もストライクのパイロットがキラだと言うことに気づいているのかもしれない。アスランはそう判断をした。
それがいいのか悪いのかはわからない。だが、少なくとも今の状態ではキラの命に支障が出ることはないはず。
「なら、こいつらをさっさと片づけるか」
全滅でなくていい。
少なくとも、相手が撤退を余儀なくされる程度には。
こんなところがクルーゼに甘いと言われる所以だとはわかっている。だが、最低限の損害で相手に最大限の被害を与えることが、お互い一番傷つかなくていいのではないだろうか。
目の前に飛び出してきたMAをライフルで撃ち落としながら、アスランは矛盾した自分の思考に苦笑を浮かべる。
「でも、君だけは絶対に守る」
そのためなら、いくらでもナチュラルの命を散らしてやろう。キラが一番自分を必要としていたと思われる時期に側にいてやれなかった代わりに、とアスランは心の中で付け加えた。
『アスラン! 行ってください!』
そして、また新たな標的へ向かって照準を合わせようとしたときだった。ニコルの声が耳に届く。
「ニコル?」
いったい何故こんな事を言い出したのか。
厳しい状況なのは彼らも同じだろうとアスランは思う。
『貴様の機体が一番適任だ、と言っているんだ。さっさと行け!』
だが、イザークにまでこう言われては何かあるとしか考えられない。とっさにキラ達の様子を確認すれば、ストライクが目的のMAにとりついているのがわかった。どうやら、そのままエンジンのみを破壊しようとしているらしい。
だが、そんなストライクにMAの有線ガンパレルが照準を合わせていた。
機体中央部に搭載されているリニアガンであれば、ストライクのフェイズシフトシステムでも危険だろう。だが、ガンパレルに搭載されているビーム砲ではどうだろうか。
「どちらにしろ、キラが危険なことは確かか」
だが、ここで自分が割って入ればキラに危険は及ばないかもしれない。MAのパイロットにしても予想外の事態だろうし……とアスランは心の中で付け加える。
周囲の状況を判断すれば、共に出撃しているジンもほとんど損傷を受け手はいないようだ。ならば、自分が抜けてもこの状況を保つことができるかもしれない。
「わかった。後は頼む」
アスランは目の前にいたMAを打ち落とすと同時にイージスをMS形態からMA形態へと変化させた。そして、そのまま移動を開始する。
『わかってる! キラにかすり傷一つつけさせるんじゃないぞ』
そんな彼の耳に、ディアッカの声が届く。
「当然だろうが」
こう叫び返すと、アスランは一気に最高速度まで上げた。
「……くっ!」
衝撃を感じて、キラは思わずうめき声を漏らす。
「ガンパレルのレーザー砲か……やっぱり、先につぶしておくべきだったかな」
とっさに損傷部分を確認しながら、キラは呟く。モニターに表示されたそれは、とりあえず戦闘に支障はないらしい。だが、エールユニットに損傷が見られる以上、最悪の場合バッテリー切れを起こす可能性がある。
「時間はかけられないってことか」
もっとも、それはフラガも同じだろう。
この状態では一番厄介なリニアガンからの攻撃はない。装甲のシステムを考えれば自分の方が優位なのはわかっている。だが、そう思えないのはどうしてなのだろうか。
「……兄さんのことだから、まだ奥の手をかくしているって言う可能性は否定できないよね」
ビームライフルの照準をエンジンとバッテリーの間へと合わせる。そのまま引き金を引こうとしたときだった。
「ちっ!」
とっさにゼロの装甲を蹴るとストライクを移動させる。
一瞬前までストライクがあった場所をガンパレルが通り過ぎていく。
「そう来るわけ?」
まさか、ガンパレルをぶつけてくるとは思わなかった。そんなことをした場合、ガンパレルは使用不可能になるだろうが、キラの方も意識を失っていた可能性がある。
「本当、いい性格だよね」
そう言いながらもキラはガンパレルに向かってビームライフルを撃った。その中に搭載されているシステムが気になるが、一つ残っていれば解析できるだろう。そう判断したのだ。
「後三機!」
願いを違わず、粉砕されたそれを確認しながら、キラは再びゼロに向かってとりつく。もちろん、今度はガンパレルの動きにも注意を怠らない。
「ごめんね、兄さん」
ぎりぎりまで集束されたレーザーを慎重にゼロへと打ち込む。
だが、それが本体を貫く前にガンパレルが身代わりとして割り込んできた。
「いい加減、あきらめてよ!」
そろそろキラの方に余裕がなくなってきていた。これが経験の差なのかもしれない。だが、実際彼の精神は戦場で受けるプレッシャーに悲鳴を上げ始めていた。
いったい、いつまでもつかだろうか。そんな不安が心をよぎる。だが、そう言っていられないと気を引き締め直した。
その時だった。
『キラ!』
アスランの声がキラの耳に届く。その瞬間、キラは自分の気持ちが楽になったと感じる。
「アスラン?」
だが、いったいどうして彼が……と思いつつキラは彼の名を呼んだ。
『そいつの注意を引き付けていて。このままイージスで捕獲する』
「でも」
『キラの気持ちはわかる。だけど、そろそろ時間切れだ。僕たちはともかく、ジンのバッテリー残量の問題がある』
言われて、キラはようやく自分が冷静さを失っていたと気づいた。確かに、Gのバッテリー残量はまだ半分近く残っている。だが、自分たちよりも先に出撃していたジンはさらに残量が少ないだろう。
「……わかった……」
フラガとの約束を破ることにはなる。あるいは彼に嫌われてしまうかもしれない。だが、我を通して味方を殺すわけにはいかないだろう。キラはそう判断をすると、苦しげな口調でアスランに同意を告げる。
『キラ、余計なことは今は考えるんじゃない。いいね』
アスランのこの言葉がキラの心に引っかかった。彼はいったい何を知っているのだろうか。
「……ひょっとして、今か?」
散々フラガと兄弟げんかのような会話を交わしていた覚えはある。それが彼らに聞かれていたとしたら……
「……後でラウ兄さんに相談しよう……」
ともかく、フラガを無事に捕獲し、ヴェサリウスへ連れて行くのが先決だ。そう判断をすると、キラはフラガの注意を引き付けるためにストライクでまた接近していった。