狭間

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 明らかに数では多いはずなのに、連邦軍の方が劣勢なのは、使用している機体の性能の差だろう。
 その中で、唯一善戦していると言えるのが、四機のガンパレルを搭載したMAだった。ただ、それと直接戦闘を行おうとする者がいないだけで。
 その事実にMAのパイロット――フラガは気づいていた。
「……何なんだ、いったい……」
 確かに、ジンを三機落としたという実績を彼は持っている。だが、この状況でも同じ戦果を上げられるとは思わない。一斉に攻撃を加えられたら自分の方が落とされることは目に見えていた。
 それなのに、相手の方が逃げてしまう。
「楽と言えば楽なんだろうが……」
 その分、部下達が犠牲になっていく。それは結構辛いとは思う。だが、どこか割り切っている自分がいることにもフラガは気づいていた。
「キラがこの場にいないだけマシなんだがなぁ」
 あのままでは間違いなくキラは軍の上層部にいいように利用されてしまった。
 血だまりの中、呆然と自分を見上げていた紫の瞳。そのまま懐かれたという理由で、半ば押しつけられるように引き取ることになった彼を愛しいと思い始めたのはいつだったか。
 本当なら、彼がコーディネーターだとばれる前にさっさと中立国へ逃げてしまえばよかったのだろう。それをしなかったのは、軍で自分の実力をためしたいという欲求を捨てきれなかったのだ。その理由が何に起因しているかなどとは考えなくてもわかる。
「……あれは……奪取されたGか」
 フラガの目に、自分に向かって近づいてくるMSが映った。それが何であるか、そのパイロット達の育成光景を目にしていた彼にはわかってしまう。
「あれに相手をさせようとしていたのか」
 確かに、あれはジン以上の性能を持っている。パイロットのレベルが同じならば、あちらの方が手強いだろう。もっとも、それなりの性能を引き出すためのOSが整備されていればの話だが。特に今自分に向かってくる機体――ストライクはあまりにもあれこれ要求しすぎて逆にコントロールをするのが難しくなった機体だったはず。
 しかし、今フラガの目に映っているストライクの動きは、間違いなく最高のポテンシャルを引き出されていた。
「ナチュラルとコーディネーターの差か、これが」
 不可能だと思われていた事態を可能にすることができる知力。そして、実行にすることができる身体能力。それは自分たちが苦労して手に入れられるそれを大きく上回っていた。
 それが、今の戦争の理由だ。
 馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、理解できるのは、自分がナチュラルだからかもしれない。
「さて……悪いが鬱憤晴らしに付き合って貰おう」
 にやりと笑うとフラガはゼロをストライクに向ける。そのままリニアガンの照準を合わせた。当たったところでたいした損害は与えられないかもしれない。だが、何もしないのも癪だ。
 そんなことを考えながら引き金を引こうとしたその瞬間である。
「……何?」
 いきなり通信回線が開かれた。しかも、相手はストライクのパイロットらしい。それは、モニターに映ったパイロットスーツからもわかる。だが、それ以上にフラガを驚かせたのは、ヘルメットの下の顔だった。
「……キラ……か?」
 信じられないと言うようにフラガは呟く。
『ムウ兄さん』
 次の瞬間、相手はフラガの呼びかけを肯定するように自分の愛称を口にした。その呼びかけを口にするのは、自分が引き取ったあの少年だけだ。
「何でお前がそんな物に乗っている!」
 戦争から遠ざけたくて、戦争の道具にさせたくなくて、自分の手元から話した少年が、今自分の前にいる。
 それも、敵としてだ。
 信じられないとフラガの唇がつづる。
 だが、キラの才能ならばしかたがないのかもしれない……とも思う。あの時は切羽詰まっていたとは言え、キラを預けた相手が相手だ。あの男であれば、キラの才能に気づくと同時に手元に置こうと画策することは目に見えている。そして、自分が知っているキラの性格なら、そんな彼の手管にあっさりと落ちてしまっただろう。
『兄さん……お願いだから、投降して……』
 あまりのことに攻撃をすることすら忘れて――いや、それでなくても『キラ』を自分が攻撃できるかというとかなり問題だ――いたフラガの耳にキラのこんなセリフが届く。
「そんなこと、俺がすると思うか?」
 気持ちはわからないでもない。だが、こうなる可能性もあるとわかっていてザフトに入ったのではないのか、とフラガは言外に問いかける。
『……わかってるけど……だって、ラウ兄さんが……』
 何を言ったのか、フラガは想像できてしまった。
「アイツは……」
 オコサマをだますんじゃないって……と呟く声はキラには届かなかっただろう。
『兄さん! お願いだから』
 できれば攻撃したくないとキラは訴えている。その気持ちに、フラガは一瞬どうするべきかと考えてしまった。だが、ここであっさりと降伏するわけにはいかない。
「無理だな。どうしても俺を連れて行きたけりゃ、お前が実力で連れて行け!」
 それ以外は認めない、といいながら、フラガは引き金を引いた。
『兄さん!』
 ストライクに回避行動を取らせながら、キラが叫ぶ。
「それとも、お前が連邦に来るか? それでもかまわないぞ」
 俺と戦わないにはいい方法だ、といいながら、フラガはガンパレルのロックを外す。
『……できない……こっちには、ラウ兄さんとアスラン達がいるから……』
 彼らとも戦えない、とキラは口にした。同時に意を決したのだろう。ビームライフルを向けてくる。
「じゃ、決まりだな。この勝負、勝った方が負けた方をお持ち帰りっと」
 そんな軽口を言える相手でないことはすぐにわかった。はっきり言って、今まで相手にしたMSパイロットの中でも上の実力の持ち主なのだ、キラは。
「手を抜けないな。こりゃ」
 だからといって、傷つけるわけにもいかない。だが、それは相手も同じことだ。
 フラガは久々に自分が昂揚していることに気づく。そして、自分が口にした言葉を実現するために引き金を引いた。


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最遊釈厄伝