狭間

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 パイロットスーツを身にまとってからおよそ30分後、イザークとディアッカが焦れ始めたとき、ようやくクルーゼから出撃の命令が下された。
 その瞬間、キラの表情が緊張でこわばる。
「大丈夫だよ、キラ」
 そんなキラをリラックスさせようとするかのように、アスランが声をかけた。
「君には誰も殺させない。少なくとも、今回は……」
 前線にいる以上、永遠にその日が来ないとは言えない。だが、少なくとも彼の心が『戦場』に慣れるまでは……とアスランは心の中で呟く。
「そうだな。今回は連邦軍の新型MAの捕獲だけを考えていろ。後はどうとでもしてやる」
 いつもの口調ながら、イザークもキラにそう告げる。
「うん。ありがとう」
 二人の言葉に、キラはうっすらと微笑みを浮かべた。まだ緊張が完全に取れたわけではないが、これなら大丈夫なのではないか、とアスランは判断をする。
「じゃ、行こう。タイミングを逃すと大変だからね」
 キラの肩に手を置いてアスランがこう囁けば、彼はしっかりと頷いた。そして床を蹴るとMSデッキの方へと向かう。その後をアスランとイザークも追いかけていく。普段はガモフに搭載されているデュエル以下三機も、今回の作戦のためにヴェサリウスへと移動されていたのだ。
 そのままアスランがイージスのコクピットへと方向を変えようとしたときだった。イザークが彼を引き留める。
「何だ?」
 キラに対していたのとはまったく違う、不機嫌そのものという表情をアスランは彼に向けた。もっとも、それを気にするような相手ではない。
「貴様、何を隠している?」
 低い声で告げられた言葉に、とっさにアスランは何を言っているのかわからないという表情を作った。
「何のことだ?」
 離せと言外に告げながらイザークを睨み付ける。
「……キラのことで、俺たちが知らない事実を貴様は知っているはずだ」
 だが、逆に力を込めるとイザークはこう断定をした。その推測の正しさに、アスランは心の中で舌打ちをする。キラがここに来るまでは、決してイザークは自分のことに興味を持っているという素振りを見せなかったからだ。
「知っていたからと言って、どうだと言うんだ? 第一そうだとしても説明をしている暇はない」
 アスランはきっぱりと言い切ると同時に、強引にイザークの腕を振り払う。
「……確かにそうだな……では、戻ったときにきちんと説明して貰おう」
 ディアッカ達と共にな、と付け加えると、イザークはさっさと身を翻しデュエルへと向かった。
「説明ね……しなくてもわかると思うけどな、その時には」
 その時のイザークの態度を考えると少しだけ溜飲が下がるだろうか。そんなことを考えるとアスランもまたイージスのコクピットへと身を滑り込ませた。
『どうかしたの?』
 ハッチを閉じると共にキラの声が響いてくる。どうやら個別回線らしい。他の三人の声とは別に届くそれに、アスランは微笑む。
「何でもないよ。最終確認をしていただけだ」
 キラが自分から進んではなしていない事実を、自分がクルーゼから聞かされているという事実を今はまだ知られたくない、とアスランは思った。だから、とっさにこう口にする。
『ならいいけど……だめだよ、作戦前にケンカしちゃ』
 キラのセリフから、ようやくいつもの調子に戻ったのか、とアスランは思う。だが、本人が虚勢を張っているという可能性も否定できない。
「わかってるよ」
 あちらが先にからんできたんだ……とは口にせずにアスランは素直に言葉を返した。
『どこまで本気なんだろうね』
 二人の仲の悪さを実感しているキラにしてみれば、そんなアスランの言葉は頭から信用できないらしい。まだ疑い深いという口調で言葉をつづっている。
「少なくとも、僕はキラに嘘は付いていないつもりだけど?」
 かくしていることはあるけど、と声を出さずに付け加えた。このときほど、相手に顔が見えないことをありがたく思ったことはない。
『そうだね。アスランは嘘は言わないよね』
 キラが小さな声で呟いているのが耳に届く。それは確認と言うより、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「それとも、キラは僕に嘘を付いて欲しいわけ?」
『それはやだな』
「だろう?」
 だから、信用しろって……と付け加えれば、ようやくキラは納得したらしい。
『いつだって、僕はアスランを信用しているよ』
 こんな言葉を返してくれる。それを耳にした瞬間、アスランはふわっと微笑んだ。
 そんな彼らの耳に、クルーゼからの出撃命令が届く。アスランは無意識のうちに表情を引き締めた。

 リニアカタパルトで加速された機体が宇宙に放り出される。その感覚にまだ慣れないな……とキラは心の中で呟いた。
『キラ?』
 先に出ていたアスランから通信が入る。どうやら自分を心配してくれたらしい。いや、彼だけではなく他の三人もかなり過保護なのではないか、とキラは最近思い始めていた。
「何?」
 アスランに言葉を返しながらも、これが自分にとって初陣に当たるからなのだろうとキラは思う。
『先行しているジンが、目的のMAを確認したそうだ』
 先に出た彼らがそのデーターを受け取ったのだろう。すぐにストライクにもそれを転送してきた。
「……僕たちが行く前に落とされないといいんだけど……」
 そうなれば作戦が失敗するだけではなく、フラガの命そのものが失われてしまう。そんなことになったら、どうして自分がここにいるのかわからない、とキラは心の中で呟いた。
『心配するな。ジンのパイロット達にはそのMAと交戦するなと命じてある』
 すかさずイザークのセリフがキラの耳に届く。
「いつの間に……」
 そんな話は聞いていないと、キラが言外に付け加えれば、
『ヴェサリウスへ移動する前です。目標を失うわけにいきませんでしょう?』
 ニコルがキラに教えてくれた。
「……経験の差かな、これも……」
 Gのパイロットの方がジンのそれよりも立場が上らしい。あるいは、アスラン達の場合プラントないにおける立場があるからかもしれないが……だから、こんな事もできるのだろう。しかし、キラは自分がそんなことを思いつかなかったことにほんのわずかだけだがショックを受ける。
『気にするなって。その代わり、俺たちはみんなOSやシステムに関してはお前に頼り切っているんだから』
 ディアッカにまでこう言われてはいつまでもすねているわけにはいかないだろう。
「わかってるって。ただ、ちょっと悔しいだけ」
 自分の経験のなさが、とキラは付け加える。
『余計なことは考えるんじゃないって。今は作戦のことだけに集中した方がいいよ、キラ』
 他のことは後でいくらでも考える時間があるから……とアスランが呼びかけてきた。
「そうだね」
 確かに、今はフラガを無事に連れ帰ることだけを考えよう。他のことは、その後いくらでも時間がある。いざとなればクルーゼに助けを求めればいいだけのことだ。そう考えれば、ほんの少しだがキラの気持ちが楽になった。
 だが、それも目の前に戦場の光景が広がるまでのこと。
 閃光が走るたびに失われていく命があるのか……と思うとキラは胸が痛くなる。だが、この場にあることは自分が望んだことでもある。だから、慣れるしかないのだろうとキラは思う。
『キラ、ともかく、目標に辿り着くことだけを考えろ』
「ありがとう、イザーク」
 そんな自分の状況を読んだかのようなタイミングでイザークの声が耳に届いた。彼らがいれば大丈夫、とキラは自分に言い聞かせる。そして、フラガが乗っているであろうMAへ向けてストライクの進路を変えた。


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最遊釈厄伝