狭間

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 アスランはキラが整備したOSのチェックに行ったため、しばらく戻ってこないだろう。本来ならキラも行くべきなのだが、他の三人に休めと部屋に戻されてしまったのだ。
 だが、一人きりでいると、今は余計なことを考えそうで辛い……とキラは心の中で呟く。
「……本当にうまくいくのかな……」
 自信があるかと聞かれればわからないとしかキラは答えられないだろう。自分のパイロットとしての技量が他の四人に比べても劣らないことはわかっている。だが、相手も連邦軍の中ではトップのパイロットなのだ。
「それに、僕が覚えているのは、もう二年近くも前のあの人だし……」
 自分が成長したように彼--------ムウ・ラ・フラガもそれなりに自分の技量を高めていることだろう。
 いや、フラガだけではなくメビウス・ゼロにしてもあの時のままだとは限らない。
 クルーゼに渡されたデーターから推測するに、少なくとも基本的なものはあの日見たものと変わっていないようだ。だが、それに搭載されているOSはというと疑問だとしか言いようがない。アスラン達は甘く考えているようだが、ナチュラルにだってそれなりの技術者はいるのだ。そして、そんな連中が複数集まればコーディネーターにだって劣らない物を開発することができる。そのいい例がストライクを始めとするMSだろう。
「それでも、何とかしないといけないんだよね」
 彼を手に入れるためには。
 ザフトにはいるようにとクルーゼに言われたとき、キラが口にしたのは彼とは戦えない、彼を傷つけるような可能性があることには手を貸せない……と言うことだった。
 そのキラの主張にクルーゼは微笑むと自分の同じだと答えた。
 いつか必ず彼を自分の元へと連れ戻すのだとも。
 だから、キラに協力をして欲しい……と告げた彼の言葉に嘘は感じられなかった。だから、キラは彼の言葉通りザフトに入隊した。そして、言われたとおりに、遠慮なく実力を発揮した。
 そのおかげだろうか。
 多少のことならお目こぼしをしてもらえるようになったというのもまた事実だ。
 それでいいのだと、クルーゼはキラをほめてくれた。一人分ならともかく、二人分の特権を最大限に活用すればフラガの身柄を保護することも可能だろうと。
 だが、ここまで大がかりな作戦をクルーゼが考えていたとは予想もできなかったというのは事実である。
 てっきり、もっと別の手段でフラガの身柄を確保するとばかりキラは思っていた。それがアスラン達をも巻き込んだ戦場で実行するとは。クルーゼができると判断したのなら不可能ではないのだろうが、その中心にいるのが自分だと言うことはまだ自覚できない。
「……ムウ兄さん……」
 呼びかけと共に思い浮かぶのは、真紅の闇の中から自分を救い出してくれた青い瞳。その優しさがキラにとって支えだったのは言うまでもない。それは今も同じだ。
 フラガにとってもキラの存在は何に置いても優先すべきものだったのだろう。
 危険を冒してまで、キラをクルーゼに預けたのだから。
 だが、今の彼はどうなのだろうか。
 あのころと同じように自分を思ってくれているのか……そう考えると怖くなる。
「兄さんが変わっていても……側にいてくれるならいいや……」
 そのためなら、自分の命をかけてもかまわない。
 心の中でそう呟くと、キラは瞳を閉じた。

「キラ!」
 フラガがこう言いながら部屋の中に飛び込んできた。いつもの彼らしくなく、その表情からは笑みが消えている。
「……どう、したの?」
 今日は帰ってこなかったんじゃ……と付け加えようとしたキラの言葉は、彼の行動で遮られてしまった。
 いきなり体を彼のコートで包まれたかと思うと、そのまま抱き上げられる。いくら年齢のわりには小柄だとはいえ、そんなことをされるのは珍しい。頭からすっぽりとかけられたそれに息苦しさを感じて、キラは顔を出そうとした。
「だめだ。そのままかぶっていろ」
 だが、フラガの大きな手がコートの上からそんなキラの行動を制止する。
「誰かに見られるとまずい。少しの間静かにしていろ」
 厳しいその口調で囁かれて、キラは動きを止めた。そんな彼の体をきつく抱きしめると、フラガは足早に部屋から出て行く。その足取りは周囲に気を配りつつも余裕がないのだと伝えている。
 やがて、キラは抱えられたまま車の中に押し込まれた。助手席に下ろされると、そのまま体を伏せていろと言うようにフラガに体を押さえられる。その指示の通りに、キラはシートの上で体を小さくしていた。
 やがて、車が動き出す。
「キラ……顔を出してもいいが、体は起こすなよ」
 その言葉に、キラはそうっと顔だけコートの間から覗かせる。
「……何かあったの?」
 不安そうな瞳で、ハンドルを握っている彼を見上げる。その視線に気がついたのだろう。フラガはキラを安心させるように髪に手を置いた。
「お前が……コーディネーターだと、ばれた」
 だが、彼の口から出たのはキラを不安の中に突き落とすのに十分すぎるほどの威力を持っていた。
「……ご、めんなさい……」
 ようやくキラの口から出たのはこんな言葉。
 自分がコーディネーターだと言うことが、彼の中ではマイナスの意味しか持っていない。そんなキラに、再び自分を卑下しなくていいのだと教えてくれたのは目の前の存在だ。だが、そんな自分のせいで彼がまずい状況に追い込まれていると言うことはキラにもわかる。
「お前が悪いんじゃない。悪いのは、偏見に凝り固まった連中だ」
 だから、余計なことを考えるんじゃない……と付け加えながら、フラガはキラの頭を撫でた。
「だが、このままだと間違いなくお前の身に危険が及ぶ。それは俺が嫌なんでな……知り合いがプラントにいる。お前、そこに行ってくれ」
 そのままさらりと告げられた言葉に、キラは目を丸くする。
「無理、だよ……」
 プラントと地球との間の緊張はさらに高まっているはず。既に月からもあちらへ向かう定期船は途絶えて久しいのだ。キラが正体を隠してまでここにいたのは、彼の精神のケアだけではなくそれもまた理由だと言っていい。
「……正攻法ならな……幸か不幸か、俺は軍人だ。しかも、多少の無理は利く、な。だから、お前は心配することは何にもないんだぞ、キラ」
 しかし、フラガの言葉はあくまでも明るい。
「それとも、俺の言うことが信用できないのか、お前は」
「……そんなことはないけど……でも……」
「でも?」
「……兄さんに会えなくなるのは、やだ……」
 キラがそう告げた瞬間、フラガは嬉しそうに目を細める。
「俺だってお前を手放すのは嫌だがな。だからといって、あいつらの好き勝手にさせるのはもっと嫌だ。戦争なんて、いつまでも続くもんじゃない。終わったらすぐに迎えに行ってやる。だから、我慢してくれ」
 な、と言われてはキラは瞳を潤ませた。だが、このまま自分が彼の側にいれば、ただの重荷にしかならないこともわかっている。
「絶対だよ?」
 それでも、こう聞かずにはいられない。
「わかっている。だから、おとなしくしていてくれ」
 もうじき、基地の中に入るから……と付け加える彼にキラは小さく頷く。そして、自分から再びコートの中に潜り込んだ。


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最遊釈厄伝