狭間
10
すべてのGのOSのチェックが終わったのと、会議のために本国へ戻っていたクルーゼとアスランが戻ってきたのはほぼ同時だった。
「どうやら、すぐにでも作戦が開始できそうだな」
その報告を耳にした瞬間、クルーゼは唯一感情が伺えるその口元に満足そうな微笑みを浮かべる。
「キラ、ご苦労だった」
その笑みを遠慮無く彼はキラに向けた。
「いえ。それが僕の役目ですから」
それに、みんなが協力してくれましたし……とはにかみながら微笑むキラは、あくまでも部下としての一線を越えまいとしているようだ。これが二人きりなら、また話は違うのだろうと、アスランは思う。
「そう言っても、僕たちは本当にお手伝い程度しかしていませんよ?」
ニコルがそんなキラの言葉を否定するように言葉を口にした。
「僕はみんなのおかげであれこれ助かったけど?」
だが、キラはあくまでも彼らのおかげだという態度を示す。その言葉の裏に、何か意味があるらしいことはアスランにもわかった。
「……別にOSに関することだけが協力ではあるまい」
どうやら、クルーゼはキラの態度だけで何があったのか察したらしい。苦笑と共にニコルに言葉を投げる。
「だそうだ。それ以上強情はるのはやめときな」
ディアッカが苦笑混じりにニコルの肩に手を置いた。
「で? 本国での会議の結果はどうだったのですか?」
イザークはその騒ぎなどなかったかのようにクルーゼに問いかける。
「……近々、我が隊は連邦軍第七艦隊と接触、これを撃破する。ただし、あるMAだけは捕獲するように……とのことだ」
事前にそれを知らされていたアスランはともかく、キラ達は彼の言葉に驚きの表情を浮かべた。もっとも、その理由はキラと残りの三人では微妙に異なっていたが、クルーゼ以外それに気づく者はいなかったであろう。
「その理由を教えて頂けますか?」
「未確認な情報だが、そのMAには特別なシステムが搭載されているらしい。でなければ、ただのMAがジン3機を落とすなど不可能だろう。それを解析し、MSに応用できないかどうか検討したいというのが開発局の意向だ」
多少の損傷はしかたがないが、できるだけ原形をとどめた状態で捕獲するようにとのことだ、とクルーゼは苦笑を浮かべる。その理由もわかっていた。ジン3機を落とすなど、普通のナチュラルには不可能だとしか言いようがない。それを行ったと言うことは、パイロットの技量はかなりのものだといえる。
「実際の捕獲はキラに任せる。他の者はその援護をするように」
だが、クルーゼは意外なことに一番危険な役目をキラに割り当てた。
「何故ですか?」
これが自分であれば、まだイザークは納得したのではないだろうか……とアスランは思う。確かに、キラのパイロットとしての技量もかなりのレベルだが、それが実戦で生かし切れるか……というとまた別問題なのだ。特に、キラはこれが初戦になるのだし、と心の中で付け加える。
「私が適任だと判断をした。キラはあちらにいたときに、そのMAに触れたことがある。どこをどう攻撃すればいいのか、一番よく知っているはずなのでな」
それに、不特定多数の敵を相手にするよりは、それだけに専念できた方がキラの気が楽なのではないか、とクルーゼは付け加える。
「つまり、そいつと一対一で向き合える環境を俺たちに作れ……と言うことですか?」
ディアッカが口を開く。
「その方が難しいと思いますけど」
ニコルもクルーゼに向かってこういう。
「だから、お前達に任せるのだ。他のフォーメーションでは無理だろう」
できないとは言わないだろうと、クルーゼは言外に付け加える。
「……確かに、キラにはその方がいいかもしれないな。少なくとも、捕獲なら相手を殺さなくてもいいんだし」
今まで口を開かなかったアスランがこう切り出す。
「殺さなくていいなら、気が楽か……」
甘いことだ、とイザークはあざ笑うのかとアスランは思った。だが、彼の口から出たのは違うセリフだった。
「いずれは慣れる必要があるんだろうが、最初からやれとは言えないか。せいぜい、捕獲に励むんだな」
「確かにな。俺じゃ遠慮なく壊しそうだ」
イザークがこういったせいだろうか。ディアッカも納得したという表情を作っている。
「僕の時とずいぶん態度が違いませんか、お二人とも」
そんな二人に、冷たい口調でニコルが声をかけた。どうやら、自分が初戦を終えた後に言われたセリフを思い出したらしい。
「お前とキラとでは立場が違うだろうが。最初からMS乗りとしての訓練を受けてきたか来なかったかの差は大きいと思うが?」
技術的な面ではともかく精神的な面で、とイザークが言い返す。
「……なんか……僕がいない間に、ずいぶん、彼らと仲良くなってるね……」
三人の会話に少々あきれながら、アスランはキラに声をかけた。
「だって、仲良くしておいた方がいいだろう? それに、いろいろとあったしね」
あははと笑うキラに何をやらかしたのか、とアスランはため息をつく。だが、それもまたキラの魅力なのだからしかたがないとあきらめたこともまた事実だった。
しかし、いったいキラがいつ問題のMAについて知ったというのだろうか。
それが自分と別れてからクルーゼに引き取られるまでの間だと言うことはアスランにも想像ができる。
だが、今までに交わした会話からすると、キラはその時期、ほとんど彼を助けてくれた相手と医療関係者のみとしか顔を合わせなかったはず。
そして、クルーゼの命令。
アスランの中に、まさか……という思いが浮かんでいた……