この手につかみたいもの
56
「何故、俺たちが待機なんだ……」
パイロット控え室の壁に寄りかかりながら、イザークが気に入らないと言うように言葉を口にする。
「……仕方がありません……MSではあちらに気づかれる可能性があるそうですし……いざというときに、手助けに行く必要があるのですから」
デュエル、バスター、そしてブリッツは自分たちでなければ動かすことが出来ない。イージスは既にあの中に取り込まれているし、ストライク、アストレイはパイロットがいない以上、起動することすら不可能なのだ。
敵がMSもしくはMAを出撃をし、退避してくる彼らを攻撃して来るというのであれば、誰かが助けに行かなければならないのだ。
「だったら、あの『エンデュミオンの鷹』でもいいんじゃねぇの」
イザークと同じ考えだったらしいディアッカが、クルーゼとともに潜入しているはずの相手の名前を口にする。
「連邦のMAではMS1機を相手にするのが精一杯なのではありませんか?」
それよりは自分たちが出た方が助けられる確率が高い、とニコルは口にした。
「お前は戦うことが嫌いだからな」
こう言うときにもそうなのか、とイザークがあきれたような表情を向ける。
「……じゃなくて……キラさんに言われたんです。いざというときはみんながMSで助けに来てくれるから安心だよねって」
こう言われてはいつでも出られるように待機しているしかないだろうとニコルが主張をした。
「ったく、あいつは……」
「ひょっとして、俺たちが飛び出そうとことまで予想していたわけじゃないだろうな」
あきれたようにディアッカがため息をつく。
「あるいは……隊長から相談されたとか……」
自分たちが『キラ』に弱いことをクルーゼは知っている。だから、自分たちが迂闊な行動を取らないようにと釘を刺すために彼に頼んだとしてもおかしくはない。
「それ以上に気になるのは、何でキラがニコルに言ったかだよな」
直接俺たちに言えばいいのに、とイザークがぼやく。その口調が本当に悔しそうでニコルとディアッカは顔を見合わせると思わず苦笑を浮かべてしまう。
「ともかく、キラに言われた以上、おとなしく待っているしかない。あいつらに何かあったら困るのは俺たちだからな」
いろいろな意味で……とディアッカは付け加える。
「ともかく、いつでも出られるように待っているしかないわけだ、俺たちは。俺の性分ではないが、仕方があるまい」
ニコル達に向けて……と言うよりは自分に言い聞かせるようにイザークは呟く。
「……何事もなく、無事に戻ってきてくれるのが一番いいんですけどね」
呟くようにニコルの口からこぼれ落ちたセリフは、間違いなく全員の本音だった。
これがMSやMAでの移動であればまったく気にならなかったであろう。
しかし、生身に近い宇宙服での移動は、さすがのフラガにも『恐怖』を感じさせるのに十分だった。
『さすがに、くるものがあるな』
それは自分の片割れも同じだったらしい。ようやく目的の小惑星にとりついたところでクルーゼが呟いた声に、フラガは苦笑を浮かべる。
「仕方がないだろう。そうすると決めたのはお前だ」
俺たちは付き合っただけ……と付け加えれば、彼の周囲にいる者たちが全員首を縦に振っていた。
『普段、コクピットの中にばかりいると、自分が小さな存在だと言うことを忘れてしまうものだよ』
自分もな、と彼は苦笑混じりの声で告げてくる。
「……確かにな」
それに言葉を返しながら、フラガはゆっくりと移動を開始した。
目をこらしても同じようにしか映らない地表の、ほんのわずかな目印を探して、彼の意識は小さな突起一つ一つに向けられる。
他の者たちもまた同じように意識を集中させている。
「……これか?」
やがて、周囲によく似せられてはいるが明らかに人工のものだとわかる小さな突起をフラガは見つけた。
『あったか?』
問いかけの言葉を口にしながらクルーゼが歩み寄ってくる。
「これじゃねぇのか?」
そう言いながら、フラガがそれを指さす。
クルーゼは岩肌に膝をつくと、その突起に手をかける。次の瞬間、彼らの側の岩肌の一部が小さく動いた。
『入力装置だな……情報通り、と言うことか』
そう言いながら、クルーゼはパイロットスーツの腰に付けられていたポーチから携帯型の端末を取り出す。その中にはあのディスクに収められていたデーターが映されてある。
「解除キーは?」
『焦らせるな』
失敗したら相手に気づかれてしまうだろうとクルーゼが言い返してきた。
「わかっているんだがな……なんか予感がするんだよ。まずいことになっているってな」
こういう勘だけは当たるんだよな……とフラガは付け加える。
『お前がそう言うのであればそうかもしれぬな』
言葉を返しながらクルーゼは複雑な乱数を元にキーを打ち込んでいく。
その動きが止まると同時に、ハッチが一つ開いた。
「じゃ、迎えに行きますか」
待っているだろうし……と付け加えるとフラガはハッチの中へと体を滑り込ませていく。その後をクルーゼ達も続いた。
キラは端末にてを伸ばしかけて動きを止める。
「どうかしたのかね?」
それが気に入らなかったのだろう。老人が眉をひそめているのがアスランにはわかった。だが、それ以上に今気になるのは自分の父親のことだ、と彼は心の中で付け加える。
ここで再会してからと言うもの、彼は一言も口を開いていない。
そのために、彼が何を考えているのかを推測することが出来ず、余計に気にかかるのかもしれない、とアスランは思う。
しかし、どちらがより大切か、と言われれば間違いなく『キラ』なのだ。父親が何を考えていても自分は間違いなくキラを選ぶとアスランは心の中で付け加える。だが、そのためには彼が何を考えてここにいるのかを知らなければいけないと思う。
もし、彼がキラを害するつもりなら……そこまで考えて、アスランは自分の考えを否定する。
その考え方に同調できなかったとは言え、父がコーディネーターの未来について本気で考えていたことをアスランは知っていた。だから、自分たちの未来に関わる存在のキラに危害を加えるわけがないとアスランは信じたいと思う。
「……たぶん、気のせいだから、何でもありません」
老人の言葉に、キラが答えを返すのが耳に届いた。
「ならいいのだが」
そう言いながらも、老人は気に入らないとますます眉間のしわを深めていく。
「キラ?」
「……たぶん、静電気か何かだと思うから……心配しなくていいよ」
カガリの問いかけに、キラが苦笑混じりに答えを返した。その態度の落差が老人に対するキラの怒りを表しているとわかる者はどれだけいるだろうか。
そんなことを考えながら、アスランはさりげなく仲間達の顔を見回す。どうやら、キラの友人達はみなそれを理解しているらしい。ラクスは怪しいが、カガリも同様だ。しかし、それ以外の者はわかっていないらしい。そのため、キラの地雷を踏まなければいいな……とアスランは心の中で付け加える。
「……まぁ、それならば仕方がないか」
キラの言葉に、老人は小さく頷いていた。
その事実にとりあえず安堵のため息をつきつつ、アスランは周囲に気を配る。まだまだ油断が出来ないと判断したのだ。
カガリも同じように周囲の男達に対する警戒心を解いていない。
他の三人は……というと、キラにあったという安堵感からか、完全に気が抜けているようにも思える。いや、トールだけは辛うじて周囲を見回す余裕があるようだが、女の子二人にはそれがない。それも無理はないのか、とアスランは気にしないことにした。
それにしても、自分たちだけで彼ら――キラ――を守り抜けるのだろうか、とアスランは心の中で自分に問いかける。
キラ一人の身だけなら何とかなるだろう。
しかし、それではキラの心が壊れる可能性がある。
かといって、キラ以外の者まで守れるかというとかなり疑問だ。しかも、自分は今怪我をしている。それを狙ってのことならば、姑息だとしか言いようがない、とアスランは老人へ冷たい視線を投げつけた。
同時に、自分の力量不足をまじまじと感じてしまう。
せめて、ここにもう一人誰かがいてくれたら……
そうすれば、間違いなくみんなを守れるだろう。
アスランは思わず唇を咬む。
《生体データー確認。認証コードを打ち込んでください》
その時だった。無機質な声が周囲に響き渡る。同時に、男達の唇から驚嘆の声がこぼれ落ちた。
「ようやく……ようやく、世界が我らの物になるときが来た」
老人の唇からこんな声が飛び出す。
「さぁ、早く君の認証コードを打ち込むんだ」
それで全てが終わる、と歓喜に満ちた声で老人がキラに命じる。
それにキラはどう反応を返すのか。
アスランは咄嗟に彼へと視線を移す。
キラは一瞬、ためらうような素振りを見せていた。しかし、男達が手にしている銃が友人達に向けられるのを見て、仕方がないというように再び入力装置に視線を戻す。
「……ボクの認証コードを打ち込んだ後、どうなっても知りませんよ」
それでも最後に確認をするようにこう告げる。その口調にアスランだけではなくキラの友人達は全員驚いたような表情を作った。
「かまわん! 早く入力をしたまえ!」
老人の叫びを耳にしてキラは小さくため息をつく。そして、その指をキーボードへとかけた。
だが、彼の指が打ち込んだのは、自分たちが知っているキラのどの認証コード――IDでもなかった。
《SB−ak》
次の瞬間、コンピューターがそれを復唱する。
《確認しました。SB−ak。私は事前にプログラミングされたとおり、今現在を持って全てのデーターを破棄します》
そして告げられた言葉に、誰もが息を飲んだ。