この手につかみたいもの

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  54  



 キラの左右を自分とアスランで固めながら通路を進んでいく。もっとも、銃を持った者たちに囲まれているから意味がないことかもしれない、とカガリは思う。
 それ以上に、この壁のような存在は気に入らない。
「本当、鬱陶しいな……」
 ぼそっと呟かれたアスランの声が耳に届く。どうやら、彼も同じ思いを抱いているようだ。
「……妙なところだけ気が合うかもしれないな……」
 アスランとは……とカガリは口の中だけで呟く。
「カガリ?」
 彼女のそれを聞きとがめたのだろう。何か言った、とキラが問いかけてくる。その口調が堅いのは、たぶん自分たちと同じように周囲の男達の存在のせいだろうと彼女は判断をする。
「何でもない。というか、どこまで歩かせるつもりだ、と思っただけだ」
 ここしばらく軍艦で暮らしていた、こうやって重力がある場所を歩くのが面倒になったのだ……とカガリは付け加える。
「……その気持ち、少しだけわかるかな……」
 馬鹿なことを、と言われるかと思ったのにキラはこんなセリフを返してきた。
「地球に降りたときに……どうしてこんなにデッキが遠いんだろうって思ったんだよね。距離は変わっていないはずなのに」
 自分の足で歩くと遠かっただけなんだけどね、とキラは苦笑を浮かべる。その表情がどこかこわばっていると見えるのはカガリの気のせいではないだろう。
「……ここの中は……とりあえず重力があるようだぜ……」
 俺たちがいた場所だけしか言えないけど……と申し訳なさそうに口を挟んできたのはトールだった。
「すまん……俺がミリーを連れて逃げ出していれば……」
 こう続けられた言葉に、キラが視線を伏せる。
「巻き込んだのは……僕の方だから……」
 そして、泣きそうな声でキラが言葉を吐き出す。
「……トールが、そんなこと、言う必要、ない……」
 一言一言絞り出すように告げられた言葉は、キラの苦しい心内を聞くものに教える。言われたトールだけではなく、カガリやアスランまでもそんなキラに痛ましいという視線を投げかけた。
「僕が……」
「そこまでだ、キラ」
 なおも何かを口にしようかとしたキラを、アスランが止める。
「そうだぞ、キラ。今は他に考えなければならないことがあるだろう?」
 カガリもまた、キラの意識が暗い方へと突き進んでいかないようにと言葉をかけた。
「悪い……俺が余計なセリフを口にしたせいで……お前が来てくれるって言うことだけは俺たちの支えだったって言うのは事実だっていうのにな」
 信じていたからこそ、がんばって来れたのだ……とトールが口にする。
「……それに、ミリーだけじゃないんだ……」
 周囲の男達の意識を気にしてか。トールが不意に声を潜めた。
「あの子……ラクスもここにいる」
 囁くように告げられた名前に、キラとアスランがやはりというように視線を交わし合う。だが、その理由がカガリにはわからない。
「ラクス?」
 誰なんだ、それは……とカガリが口にすれば、
「……クライン議長のお嬢さんで……アスランの婚約者だよ」
 キラがためらうような口調で言葉を返す。その理由が何であるか、カガリは薄々気づいていた。だが、それに関して指摘することはない。
「キラの友人でもあるな、あの人は」
 だが、フォローするように付け加えられたアスランの言葉に、カガリはおやっともう。ザフト艦内で感じた、キラに関わる他者に対する棘が今の彼のセリフからは感じられなかったのだ。つまり、アスランにとって彼女はそう言う相手であるらしいと納得をする。
「二人に対する抑え……というわけか、その人は」
 キラのためならアスランは簡単に自分たちも切り捨てるだろう。それに関して――キラは違うだろうが――カガリ自信は異論はない。自分にとって大切なのは、キラが無事だと言うことだけなのだから。同時に、自分だけならば何とか出来る自信もある。ここにいる者たちは、どうしたことか彼女たちから武器を取り上げることをしなかったのだ。
「だろうな」
 カガリの言葉にアスランはあっさりと同意を示す。
「同時に、プラント本国に対する牽制でもあるだろう」
 彼女はそれだけの影響力を持っている……とアスランは続ける。
「オーブ本国に対する君のようにね」
 この言葉に、カガリだけではなくキラも驚いたようにアスランを見つめた。
「……知ってたの?」
 誰にも言っていなかったのに……とキラが口にする。
「キラに関わることだからね。悪いと思ったけど、調べさせて貰った」
 正体のわからない者を側に置いておきたくなかった、と告げるアスランに、カガリだけではなくトールも苦笑を浮かべる。
「すげぇ、過保護?」
 そして、こう呟く。
「……それ以上は言わないでおいてやれ……本人じゃなくキラが困るだろう」
 一番それで被害を被っているのも本人なんだから、とカガリはフォローにならないセリフを口にした。
「それもひどいセリフじゃないか?」
 ようやくいつもの調子が戻ってきたのだろう。トールが言葉を返してくる。
「お前ら……この状況がわかっていて言っているんだよな?」
 そんな二人の会話にそろそろ我慢の限界が来たのか……アスランが低い声でこう問いかけてきた。
「わかっているんだけどな……落ち着かないって言うか、不安だって言うか……」
 何かをしていないと我慢できないんだ、とトールが白状をする。それは自分たちにあって緊張が少しだけとは言えゆるんだからなのだろう。その気持ちはアスランにも伝わったのか、彼は小さくため息をつくことで、トールに応えた。
「ともかく……ミリアリアとラクスの無事を確認しないと……」
 カガリとトールのやりとりを黙って聞いていたキラがぼそっと呟く。
「そうだな。それが先決だ」
 アスランがそんなキラに同意を示す。同時に何かを瞳で告げていた。それに答えを返すキラを見て、この二人のつながりが自分が考えている以上に深いのだとカガリは思う。それがいいのか悪いのかまではさすがに判断が出来なかったが。
 やがて、彼らの前に大きなドアが現れた。
 おそらく、そこが目的地なのだろうとカガリは心の中で呟く。
 男達の一人がドアのところで何やら暗証番号らしきものを打ち込んでいる。その体の影になってどのキーを叩いているのかカガリ達からは見えなかった。だが、その肘の位置である程度は推測できる。もちろん、キラやアスランにしても同じだろう。三人分の仮説が集まれば、間違いなく開けることが出来るはずだ。もちろん、その時間を確保できれば……の話だが。
 そんなことを考えながら、カガリはそのドアをくぐり抜ける。もちろん、他のメンバーも同じだ。
「ようこそ、キラ・ヤマト君、アスラン・ザラ君、それにカガリ・ユラ・アスハ嬢」
 そんな彼らの上に声が降ってくる。
 反射的に視線を向ければ、兵達に守られた男が二人――そのうちの一人はザフトのものとおぼしき制服を身にまとっている――そして、その前にはミリアリアとラクスの姿があった。
「……まさか……」
 あれは誰だ……そう思うカガリの耳に、アスランの驚愕を隠しきれないという声が届く。彼がキラ以外のことでこんな声を出すのは珍しい。何があったのか、と思った彼女の耳に、
「父上?」
 アスランの呟きが届いた……


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最遊釈厄伝