この手につかみたいもの
53
「……キラの奴……」
あきれたように言葉を吐き出したのは、キラの予想通りカズイだった。
「どうかしたのか?」
ラミアスがヴェサリウスから戻っていないために艦長席に座っていたバジルールが聞き返す。
「偽装メールです。何か知られたくないことを連絡してきたんだと思いますが……」
どうして自分宛だったのだろうか……とカズイは付け加えた。
「偽装を解除できるのか?」
彼がどうしてそんなセリフを口にしたのか、バジルールも想像できている。しかし、それよりもキラが何を言って寄越したのか、と言う方が彼女には重要だった。必要であれば、ヴェサリウス――正確に言えば、そこにいるはずのラミアスとフラガ――にも連絡を入れなければならないだろうと思う。
「少し時間をください」
どうやら、カズイも悩むことは後回しにしたらしい。言葉とともにキーボードを叩き始める。
「出ました……何かの位置だと思うのですが……そちらに回しますか?」
「頼む」
次の瞬間、バジルールの手元のモニターへ最初の本文とともに隠されていたデーターが表示された。
「……確かに、何かの位置を示したデーターのようだが……」
いったい何のだろうとバジルールは考え込む。キラの正確から判断して、これは間違いなく何か重要だと思われるものなのだろう。
「……イージス、ロスト!」
そんな彼女の耳に、チャンドラの切羽詰まった声が届く。
「どういう事だ!」
慌ててバジルールが問いかける。
「小惑星の側へと近寄っていたと思っていたのですが、反応が消えたのです」
続いて彼が口にした最終位置に、バジルールは目を丸くした。
「……そう言うことか……」
おそらく、キラはその位置が重要だと伝えたかったのだろう。だから、わざわざ連絡を寄越したのだ、と彼女は判断をする。
「ヴェサリウスへ回線を開け! キラ・ヤマトから連絡が入ったとな」
「はい!」
バジルールの指示にカズイは即座に作業を開始した。
「……偽装メールで位置データーを?」
この言葉に、クルーゼが何かを考え込む。
「坊主がこの状況で必要ないことをするとは思えない。ついでに言うと、イージスを見失った地点とそれが一致するそうだ」
こっちの連中にも確認したぞ、と付け加えながら、フラガはそんなクルーゼの反応を観察する。
「その場所には何がある?」
フラガの視線を無視しながら彼はブリッジクルーへと問いかけた。
「小惑星が一つあります。人工の施設は感知できません」
即座に彼が言葉を返してくる。
「……あるいは、小惑星の中に施設があるのかもしれないな……」
あいつらならそのくらいやるだろうとフラガは呟く。
「なるほど。我々にはイージスが消えたとしか見えないが、実は中に入っただけというわけか」
そして、こちらがあたふたとしているのを高みで見物をするつもりだったのだな、とクルーゼは珍しくも言葉に怒りを滲ませる。
「ところが、うちの坊主が事前にそのヒントを送ってきたって言うわけだ。その物ずばりを連絡してこなかったのは、覗かれる可能性を考えてのことだろうな」
あの軽さと文面なら、あらかじめプログラムを知らない限り偽装だとわからないだろうとフラガは思っていた。
「多分そうだろう。さて、どうやって潜入するかだな、問題は」
小惑星の中に施設があるのであれば、そう簡単に忍び込むことは出来ないだろう。おそらく、侵入できそうな場所にあらかじめ防護策が施されているに決まっているのだ。
「……問題はそのシステムだがな……あれが建造されてから更新されていると思うか?」
キラが見たら、間違いなく何かをたくらんでいると言うであろう表情でフラガが問いかける。
「どうだろうな。確率としては半々か」
もちろん、クルーゼにもフラガが何かを思いついたらしいことはわかっていたようだ。おもしろそうだというように口元をほころばせながら言葉を口にする。
「まぁ、十分だよな。実験するのには」
かかっているのは坊主の存在だし、と口の端を持ち上げた彼に、クルーゼも同じ表情を帰す。
「……心配はいらないとは思うがな……今、表面に出ているのは『あいつ』の方だし」
そんな彼に向かってフラガが小声で囁く。
「気がついていたか」
「まぁな……起きたときからすり替わっていたはずだ」
おそらく、これからのことをキラに知らせないために。
あるいは、全てを終わらせるためにか。
「ついでにいえば、あいつ、余計なもんまで押しつけていってくれたぞ」
そう言いながら、フラガはポケットから小さなデーターカードを取り出す。
「いつだ?」
「あいつらが出撃する直前」
中身、なんだと思う? といいながら、フラガの指がそれを弄んでいる。
「……おそらくは、あの施設に関するデーター。あるいは侵入のための情報……と言ったところか」
フラガよりも長い時間『キラ』と接していたクルーゼには、彼がどうして直接それを提示しなかったのか、と思わずにはいられない。同時に、それができなかった理由も想像できてしまった。
彼は、間違いなくキラの世界を壊したくなかったのだ。
だから、他の者たちの前で自分がそのデーターを持っていることを告げることが出来なかった。
「……では、私も付き合うとするか」
同じ場所で作られた者同士、最期を見届ける義務があるだろう、とクルーゼが口にする。
「未来あるオコサマ達より、大人が先に危険な場所へ行くべきだろうしな」
フラガの言葉にクルーゼが頷き返す。
そして、二人は共犯者の笑みを浮かべるとブリッジを後にした。
イージスをデッキの中央で停止させる。
「MS用のデッキじゃないのか」
モニターでデッキ内を確認したアスランが小さく呟く。
「たぶん……ここが出来たときはMSはまだ開発されていなかったんじゃないかな?」
連邦やオーブがMSの開発を始めたのは血のバレンタイン以後のこと。ザフトだとしてもそれに数年早かっただけのことだ。
だから、この施設がCE60年代以前に作られたものならキラの推測は正しいものだといえるだろう。
「そうか。それにしてはハッチは大きかったな」
イージスが進入しても十分余裕があった……とアスランは口にする。
「どうやら、普通の船用のデッキらしいぞ」
その答えを真っ先に見つけたのはカガリだった。
「あそこに船がある」
つられるように視線を向けて……次の瞬間、アスランは呼吸をすることすら忘れるほどの衝撃を感じてしまう。
「アスラン?」
「……あれは……プラントの船だ……」
キラの問いかけにアスランは呟くように口にする。
もっと正確に言えば、あの船はザフト最高評議会所属のもの。つまり、あれを動かせるのは自分の父を始めとした12人しかいない、とアスランは心の中で付け加えた。
「まさか、とは思うんだけど……」
キラが震える声で言葉を口にする。
「……可能性は否定できない……」
本国にもキラが見捨てられない相手がいる。それは同時に自分にとっても枷となる相手だ。
「……厄介なことになったな、本当に」
アークエンジェルから拉致された二人だけでも助け出せるか不安なのに、さらに一人増えたとなると、自分だけでは手に余る、とアスランは小さく呟く。
「だが、今更どうしようもないな」
吐き出すように彼がこう言ったのも無理はない。
「お出迎えだ」
数名の人影がイージスへ向かってくる。その中の一人は銃を突きつけられたトールだ。
「トール!」
その姿を認めたキラが、今にも飛び出しそうな表情を作る。それをアスランは慌てて止めた。
「キラ、先走るんじゃない!」
彼の腕を掴んで動きを阻みながら、アスランは目を眇める。おそらく、この場にもう一人の少女がいないのは、自分たちが人質を取り返して逃げ出すことを警戒してのことだ。と言うことは、迂闊な行動を取れないと言うことでもある。
「もう一人の無事を確認するまで、お前が連中の手に落ちることは出来ないんだぞ。そんなことになれば、あいつらは遠慮なく人質を殺すに決まっている」
わかっているな、と問いかければ、キラは悔しげな表情で頷いた。
「どうやら、出てこいと言っているみたいだぞ」
冷静に外の様子を確認していたカガリが二人に声をかける。視線を向ければ、確かに出てこいと言うような仕草をしている。
「僕が最初に行く。カガリはキラの後から出てきてくれ」
そうすれば、キラだけを連れ去ることは不可能だ。
「キラもいいな?」
確認するようにアスランは声をかける。
「お前が無謀な行動を取れば、全員はまずいことになる。それだけは忘れるな。少しでも時間を稼ぐ。隊長達が行動を起こせるようにな」
念を押すように言葉を重ねれば、キラはわかったというように頷いて見せた。納得はしていないだろうが、少なくとも勝手な行動を取ることはないだろう。アスランはそう判断をするとシートベルトを外す。そして、コクピットを開いた。
真っ先に出ると、装甲の上から彼らを見下ろす。そんなアスランの背中にすがるようにしてキラが姿を現した。彼の後ろにはカガリもいるだろう。そう判断が出来るくらい、アスランは彼女を信頼していた。もっとも、それはあくまでもキラが関わっているときのことだけだが。
男達の一人がトールに何かを囁いている。
「……ヘルメットをとれって言っている……ここには空気があるからと」
それを三人に伝えるかのようにトールが叫んだ。
どうして自分たちで声をかけないのか。その事実がアスランの中に疑念を生じさせる。
「……アスラン……」
キラの不安そうな声がアスランの耳に届く。先ほどの注意通り、自分だけ先走った行動を取らないようにしようと思っているらしい。同時に、今すぐにでもトールの所へ行きたいと思っていることもアスランには伝わってくる。
「どうやら、本当に指定のメンバーが来たのか確認したいらしいね。空気もあるようだし、とってもかまわないよ」
許可を出せば、キラはむしり取るようにヘルメットを外す。
「トール! 大丈夫だね?」
身を乗り出すようにして声をかけるキラの体を支えながら、アスランはどこかおもしろくないものを感じていたのは事実。それが嫉妬という感情であることも彼はちゃんと自覚していた。