この手につかみたいもの
51
「どうするんだ?」
ヴェサリウスへ戻ったアスランに、イザークが問いかけてくる。
「どうするもこうするもない。ご招待だ。行くさ。キラを一人で行かせるわけにもいかないしな」
彼とともにこちらにやってきたフラガやラミアスがクルーゼと話し合いをしていた。その結論がどうなるかはわからないが、どのみち自分たちは行かなければならないだろうとアスランは思っている。
今、キラは鎮静剤を飲んで眠っていた。
そうさせなければ、キラの精神が保たなかったのだ。
同時に、このまま何もしなければやはりキラの精神は崩壊へと向かうだろう。
「……そうさ……そんなこと、させるものか……」
そのためならなんでもできる……とアスランは口の中で小さく呟く。
「俺が言いたいのは……何でお前だけがキラとともに行く気なのか、と言うことだ」
アスランの態度にいらだちを押さえられないと言うようにイザークが叫ぶ。
「向こうからの指定だ。キラの他には俺とカガリだけというのがな」
そうでなければ、彼らは人質を殺すと告げたのだ。
キラのために飲まないわけにはいかないだろうとアスランは言外に言い返す。
「もっとも……ばれないように侵入できるなら、話は別だろうがな」
同時に、自分とカガリだけではいざというときにキラを守りきれないと言うこともわかっていた。だから、アスランはこう口にする。
「ふん……へりくつだな」
イザークがあきれたように言葉を返してきた。しかし、そのセリフとは裏腹に、彼はどうすればいいのかを考えているらしい。もちろん、そうなるであろうと言うことをアスランは予想していたのだが。
「問題は……ブリッツが使えないらしいことだけだな」
ぼそりと呟くように、イザークに情報を与える。
「そうか」
詳しいデーターが欲しいな……と彼は呟いた。
「そうだな……そうすれば、こちらとしても安心できるんだが……」
詳細な……とは言わない。せめて大まかな施設の概要がわかるようなデーターがあれば、万が一の時の逃走経路も事前に頭に入れておくことが出来る。
キラと自分だけならばその場でも何とかなるだろうが、ナチュラルの人質があちらにいる以上、念には念を入れておきたいのだ。
おそらく、連中はキラはともかく、自分やカガリを無事に返すつもりはないだろうから。
「……と言っても、どこにあるか……」
「問題はそこか」
二人そろってため息をつく。
「珍しいな……お前らがそこまで気が合うとは」
いったいいつからそこにいたのか。ディアッカがからかうように声をかけてきた。
「……キラに関わることだからな……」
「不本意だが仕方があるまい」
アスランとイザークがともに顔をしかめながらこう言えば、
「なるほどな……で、あいつは?」
納得したように頷いた後、こう質問をしてくる。結局、ディアッカも同じ穴の狢なのだとアスランは苦笑を浮かべた。
「眠っている。カガリが着いているから大丈夫だろう」
おそらく、後数時間は目を覚まさないはずだ……と付け加えれば、ディアッカは眉を寄せる。
「それでお前らが雁首を並べていた……ってわけか」
じゃ、俺もつきあわねぇとなと吐き出した声は真剣なものだった。しかし、それはすぐに隠される。
「と言いたいところだが、隊長がお呼びだぞ」
ここで顔をつきあわせているよりマシだろうと彼は付け加えた。
「……お前……そういうことはさっさと言え!」
無駄な時間を使ってしまったじゃないか、とイザークが怒鳴る。今回ばかりはアスランも同じ気持ちだった。冷たい視線をディアッカへと向ける。
「……悪かった……」
さすがに自分に不利な状況だと判断したのだろう。ディアッカは素直に謝罪の言葉を口にする。
「わかればいい、わかれば」
それだけを口にすると、イザークは時間の無駄だとばかりに動き出す。その彼の後をアスラン達も追いかけていった。
目の前で眠っている姿は、胸が動いていなければ本当に人形のようだ、とカガリは思う。
別にその容姿が作り物めいているというわけではない。
確かにコーディネーターの常として中性的な容貌は整っているとは思う。だが、それはあくまでも『生きている人間』としての範疇に収まっていた。
実際、初めてあったときのキラの姿はとても生き生きとしたものだった。
しかし、再会したときにはもう、彼はその表情を失いかけていて……そして、今は血の気が失せていることもあってさらに無機質なものに感じられてしまうのだ。
「……大丈夫……温かい……」
キラを起こさぬようにそうっとその頬へ触れる。そこから伝わってきたぬくもりにカガリはほっとしたように呟く。
「誰がお前をせめても私はお前を責めたりしない」
いや、自分だけではないだろう。少なくともアスランはカガリと同じようにキラを責めたりしない。それどころか、彼を守るために動くことは分かり切っていた。
「だから、世界を否定しないでくれ」
確かに、今は特別な存在なのかもしれない。だが、未来もそうだとは限らないのだ。
「お前は生きている。生きていれば、なんでもできるさ」
私も手伝ってやるから、とカガリが囁いた。その声がキラに届いてくれればいいと願いつつ、カガリは同じ言葉を何度も繰り返す。
「そうだろう、キラ」
彼女の手が優しくキラの髪をすく。
それはキラが目覚めるまで続けられた……
「……危険だな……」
イザーク達の言葉にクルーゼは呟くようにこういった。
「ですが、それしか方法はないのではありませんか?」
そんなクルーゼにイザークが言い返す。
「ブリッツも使えない……他の機体ではとうてい無理……なら、危険でもやるしかないのではありませんか? あいつを失うわけにはいかないのでしょう?」
とさらに付け加える。
「確かに、彼を失うわけにはいかないのだが」
クルーゼはここでいったん言葉を切った。
「同じようにお前達も失うことは出来ないのだぞ」
プラントの未来のために、とクルーゼは言い返す。その言葉に嘘はない。彼らはプラント――ザフトの将来の指導者となるために集められたのだから。
「……せめて、あれに対するデーターがあればいいんだろうがな。どんな優秀な監視システムでも、どこかに穴があるはずなんだ」
それを見つけ出せれば、そんな危険を冒さなくてもすむだろうとフラガは口にする。
「調べてみたが、我々のデーターベースには存在その物がなかった。連邦の方が可能性は高いのではないか?」
「残念ながら、俺たちのIDでは検索不可だったんだよ」
どうやら先手を打たれていたらしいな……と呟きながらフラガは考え込む。
「……まてよ……あるいは嬢ちゃんのなら何とかなるか……」
彼女のIDは連邦のものでもプラントのものでもない。そして、彼女が所属しているオーブは技術立国だ。過去のそれらもデーターがある可能性がある。
「彼女は連邦の人間じゃなかったのか?」
てっきりそうだからこそ、フラガ達と行動をともにしていたと思っていたのだろう。ディアッカが驚いたというように口にする。
「……嬢ちゃんは、オーブの人間だ」
そういや、言っていなかったな……と苦笑を浮かべつつフラガは口にした。
「オーブ?」
「えぇ……」
本当のことを告げていいのだろうか、と悩みながらラミアスがその言葉を肯定する。
「しかも、坊主達と違って本国のな。だから、彼女のIDならオーブ本国のデーターベースにアクセスできるかもしれないって事だ」
どう考えても、現状は自分たちの方が不利だ。ならば、少しでも有利にするために手を尽くすしかない……とフラガは口にした。
「もっとも、嬢ちゃんのIDがオーブ本国で消されていなければ……の話だがな」
彼女の立場からすれば確率は低いが、その可能性も否定できない。それを彼らに告げるべきかどうか悩んで、フラガもラミアスも口を閉じた。
「……では、彼女に試して貰おう」
そろそろキラ君の目が覚める頃合いだろうし……といいながらクルーゼはアスランに視線を向ける。その意図を的確に受け止めて、アスランは二人の様子を確認しに行くために立ち上がった。
ゆっくりと菫色が青白いまぶたの下から現れる。
「キラ?」
それに気づいて、カガリは優しい口調で彼の名を呼んだ。
「……カ、ガリ?」
キラが確認するように彼女の名を口にする。
「あぁ、私だ。頭痛とかはないな?」
副作用の心配は少ないと言っていたが……と告げるカガリに、キラは小さく頷いて見せた。
「……ぼく……」
どうしたんだっけ……と呟く口調はどこかぼうっとしている。それにまだくすりの影響が残っているのか、と思いつつ
「トールとミリアリアの一件で興奮しすぎたんだよ。落ち着かせるために薬を飲まされただけだ」
頭が冷えたか? と付け加えれば、キラはまた小さく頷いてみせる。それにほっとしながらも、カガリはキラをまっすぐに見つめていた。まだ彼がいつもの様子を取り戻していないのが心配だったのだ。
「……ぼくが行けば……解放してもらえるのかな」
そう言いながら、キラはカガリの視線を避けるようにうつむく。それは彼のいつもの仕草のように見える。だが、カガリはそんな彼の仕草に違和感を感じてしまった。
「さぁな。あいつらを信用できるかどうか、かなり疑問だと思うぞ」
この場にアスランがいれば確認できるのだが……と思いつつ、カガリは言い返す。
「……でも、ぼくがここにいれば間違いなく……」
二人は殺されてしまうよね……とキラはため息とともに口にする。
「そうさせないために、みんなが話し合っている。だから、お前は体を休めることを優先させるんだ」
でないと、いざというときに動けないぞ、と注意をすれば、キラは困ったような微笑みを浮かべた。
「十分休んだような気がするんだけど」
「そう思っているのはお前だけだぞ。まだ顔色が悪い」
やはりどこか違和感がある……と思いつつカガリはため息とともに言葉を口にする。
「そんなことないよ」
だが、キラはあくまでも自分は大丈夫だと主張をしてきた。そんな彼をどうやって納得させようか……とカガリが思い始めたときだった。
「残念だけど、僕もカガリと同じ意見だよ、キラ」
ドアの方からアスランの声が届く。
「アスラン?」
いったいいつから……と二人の視線が彼に問いかける。
「今だよ。カガリならオーブ本国のデーターベースにアクセスできるかもしれないとフラガ氏が言うのでね。試して貰おうと言うことになったんだ」
だから呼びに来たのだ、とアスランは告げた。
「出来ないことはないが……いったいなんでだ?」
「……あれの情報が欲しい。少しでもこちらが有利になるようにね」
ザフトと連邦のそれからは入手できなかったのだ、とアスランは言葉を付け加える。
「そう言うことなら、わかった。ただし、なくてもあきらめてくれよ」
カガリはその言葉にあっさりと頷く。確かに情報は少しでも多い方がいい。そして、オーブのデーターベースにはいろいろな地域から非難してきた人々が自分の持っているデーターを入力している。存在している可能性も否定できないと判断したのだ。
「わかっている。可能性は全てためしておきたいだけだ」
こう告げるアスランに、カガリは頷いてみせる。そんな二人をキラが静かに見つめていた。