この手につかみたいもの

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 イージス以下の三機が陽動を仕掛けている間にストライクとブリッツがアークエンジェルにとりつく。
 それが彼らの立てた作戦だった。
 しかし、予想外だったのはアークエンジェルからの攻撃が全くなかったこと。
「気分的に楽といえば楽ですけど……」
 キラが思わずこう呟けば、
「わかっている。何か妙だと言いたいんだな?」
 フラガが頷いた。
 ひょっとしたら、自分たちはだまされていたのでは……とキラは思う。
 艦内にはいると同時に待ち受けているのは誰もいない空間。
 いや、それならばまだいい。
 もっと怖いのは……
「坊主! くだらないことを考えるんじゃない!」
 そんなキラの内心を読みとったのだろうか。フラガは彼の思考を中断させるかのように怒鳴りつける。
「……すみません……」
 キラは咄嗟に首をすくめながらこう口にした。
「謝る前に、作戦中は後ろ向きの思考をするなっていっつも言ってただろう? そのせいで自分が落とされたら意味はない。大丈夫だ。みんな無事だ」
 でなければ、キラに対する人質の役目を果たさないのだから……とフラガが言う。
「どうして……僕が……」
「それは俺たちにもわからないさ。ただ、坊主の能力はコーディネーターの中でも高すぎる。それを欲しがる馬鹿がいるってだけだ」
 その言葉が全て真実だとはキラには思えない。だが、全くのでたらめでもないだろう。
 フラガに対し、そう思えるくらい、キラは彼を信頼していた。
「いいか? とりあえず、今はみんなが無事だと信じろ。いい子だからな」
 言葉とともにフラガの手がザフトのパイロットスーツを身にまとったキラの肩に置かれる。その感触が、キラの心をこの場にとどめてくれた。
「はい……」
 キラはそう答えるとストライクをアークエンジェルへと近づけていく。
 既にブリッツはとりついているはずだ。
 そして、一足先に中に入ったカガリが手動でハッチを開ける手はずになっている。
 その瞬間を、キラは不安な気持ちをなだめすかしながら待っていた。同時に、この場にフラガがいてくれて本当に良かったとも思う。自分一人であれば、間違いなく不安で押しつぶされていただろう。
「……もし、整備の連中が無事なら、嬢ちゃんの手伝いをしてくれるって。攻撃をしてこないのは、中にいるのはうちのクルーだけだという証拠かもしれないぞ」
 だから、大丈夫だ……とフラガはキラに声をかけ続ける。
 そんな彼らの前でゆっくりとハッチが開いた。
「坊主!」
「はい」
 言葉とともにキラはストライクをその中へと滑り込ませる。その後をミラージュコロイドを解除したブリッツが着いてきた。
 そのままデッキへ機体を滑り込ませる。
 機体を固定する間も惜しい、と言うようにキラはMSデッキの床にストライクを跪かせると、コクピットを開けた。そして、そのまま飛び降りようとする。
「俺が先に行く!」
 だが、そんなキラを制するとフラガが先にコクピットから飛び出した。
「……過保護なのはアスランだけじゃないってことか……」
 おそらく、万が一のことを考えたのだろうと言うことはキラにもわかる。しかし、だからといって自分がどうしてこれほどまで周囲にかばわれなければならないのか、理解が出来ない。
「坊主! 出てこい!」
 そんなキラの耳に、フラガの声が届いた。
「キラさん、早く」
「みんな無事だから」
 いや、彼だけではない。ニコルやカガリの言葉もキラの耳に届く。
 その声にコクピットから抜け出せば、彼らの周囲にマードック達がいるのがわかった。
「坊主!」
「マードック曹長!」
 フラガの他にいち早く自分を信用してくれた彼の姿を見つけて、キラはほっとする。そしてそのままデッキへと飛び降りた。
「無事だったんだな……良かったぜ。ストライクも喜んでいるようだし」
 そんなキラをその場にいたものはみな笑顔で出迎える。
「マードック曹長も……」
 キラの瞳が潤み始めた。それに、マードックだけではなく他の者も苦笑を浮かべる。
「こらこら……ここで和んでいる暇はないぞ。さっさとシステムを何とかしないと……艦内に敵は?」
 フラガがそれでもほっとしているとわかる口調で問いかけた。
「……いません……」
「へっ?」
「誰もいないんですぜ、馬鹿にされたことに」
 そう言うマードックの言葉の裏に何かが隠されているような気がしてならない。だが、それを問いかけるべきなのかどうか、キラは悩む。
「……ともかく、詳しい事情は後ででも聞けるな……坊主」
 さっさとシステムを復旧させてくれ……とフラガが声をかけてきた。それにキラは素直に頷く。
「と言うことでブリッジだな」
 行くぞ、と告げたフラガの後をキラ達は追いかけた……

「キラ君!」
「ヤマト少尉」
 真っ先にブリッジに足を踏み入れたフラガではなく、キラの方に注目が集まる。それは無理もないことなのだろう。
「詳しい話は後で……だな。ノイマン!」
 キラではなくフラガが彼らに言葉を返す。そして、ノイマンに場所を変わるように告げた。その意味がわかっているのだろう。彼も素早く立ち上がると、キラのために場所を空けた。
「キラさん」
「……たぶん大丈夫だとは思うけど……どれを優先させればいいのですか?」
 キーボードを叩き、キラはOSを表示させる。同時に、こう問いかけた。
「……とりあえず、艦のコントロールを優先してくれる? 攻撃系統はいいから、まずは生命維持関係を」
 それさえ何とかなれば、少なくとも命の支障はなくなるだろう。
「自爆装置は?」
「物理的に殺してあるわ。だから大丈夫」
 どうやら、フラガたちが出かけると同時にその作業を行ったらしい、とキラは判断をする。ならば、そちらに関しては心配しなくても大丈夫なのだろう。システム的に殺さなかったのは、おそらく相手に気づかれないためか。
 そんなことを考えつつ、キラは生命維持関連のシステムを呼びだした。
「……厄介かも……」
 だが、ウィルスが書き換えたとおぼしき場所を探していたキラが、小さな声でこう呟く。
「どうしたのですか?」
 側にいたニコルが聞き返す。
「単独で削除をするのは無理みたい……全てのシステムに食い込んでいる……」
 いっそ、全部を書き換えた方が早いのではないか……とキラは付け加えた。
「……それは時間がかかるのでは……」
「あるいは、あちらに気づかれるか……だね」
 それでは危険が大きい、と話を聞いた誰もが思う。
「どうなさるのですか?」
「……ニコル……指示を出したら、手伝ってくれる?」
 二人で同時に書き換えれば何とかなるかもしれない、とキラはニコルに視線を向ける。
「指示をいただけるのでしたら、何とかなるかと……」
 あまりプログラミングは得手ではないのですが、とニコルが正直に口にした。
「じゃ、お願い。あと、ノイマン少尉もお願いします」
 ニコル一人では不安だと思ったのか。キラは斜め後ろに立っていたノイマンにも声をかける。
「もちろんだ……しかし、コーディネーターはみな、プログラムが得意かと思っていたのに……」
「残念ながら、個人の資質の差と言うものがあります。それに、僕たちだって勉強しないことまで出来るわけではありません。キラさんがプログラムが得意なのは、そちらの方面できちんと努力なさったからでしょう」
 それはナチュラルでも同じではありませんか? と付け加えるニコルに、その場にいた誰も反論を帰すことが出来ない。
「……そう言う話は後にしてくれ……」
 時間がないだろう、時間が……と苦笑混じりにフラガが口を挟んできた。
「すみません」
「申し訳ありませんでした」
 それに二人は慌てて謝罪の言葉を口にする。
「と言うことで、坊主……こいつらをこき使って、さっさと終わらせろ」
「はい、少佐」
 フラガの言葉に頷くと、キラは二人に向かって指示を出し始めた。

 三人の中で一番厄介な部分を受け持ったのはキラだ。それでも、一番先に修正を終えると、他の二人のフォローも行おうとする。
 その時だった。
 頬に衝撃を受け、一瞬意識がぶれてしまう。
「キラさん?」
「坊主!」
「キラ君!」
 周囲の面々が驚いたように声を上げた。
「……フ、レイ?」
 顔を上げれば、そこにはキラもよく知っている顔があった。
「何しに戻ってきたのよ、この疫病神!」
 呆然と見上げるキラに、フレイがこんなセリフを投げつけてくる。
 いったい何故そのようなことを言われなければならないのか、とキラは困惑の表情を浮かべた。
「誰か! 彼女をブリッジから連れ出せ!」
 このままでは作業に支障が出ると判断したのだろう。バジルールが声を荒げた。
「フレイ! いつの間に」
「すみません……ちょっと目を離した隙に……」
 そう言いながらサイとカズイが慌ててフレイに近寄っていく。
「戻るよ、フレイ……」
 サイがキラから彼女を遠ざけようと肩を掴む。
「ごめん、キラ……お前が悪いんじゃないから……ちょっとあってさ……」
 カズイもそれを手伝いながら、キラに言葉をかけた。
「無事でいてくれて嬉しいと思うのは本当だから。フレイも落ち着けば、きっとそう言うから」
 だから、今はごめん……と告げるサイの言葉に、キラは眉を寄せる。
 彼らの言葉から何かがあったらしいことはわかった。しかも、それは自分に関係していることらしい。だが、誰もそのようなこと教えてくれなかった。
 それはいったい何なのか……
「何よ! 本当のことじゃない」
 自分を押さえつける二人に抵抗をしながらフレイはなおもキラを糾弾しようとしている。
「いい加減にしなさい!」
 そんなフレイの言葉を遮ったのは、珍しいラミアスの怒声だった。
「貴方がキラ君に全部押しつけようとしているだけでしょう! 自分は本当になにも悪くないと思っているの? 貴方がそうしていることで、この間に乗っている全ての人々の命を危険にさらしているの。キラ君がその気になれば、私たちを見捨てるという選択肢だってあったわ」
 キラがそれができる性格ではないと知っていてのセリフだろう。
「彼が今何をしているのか、そして、その彼の邪魔をしていいのか、理解できないなら、許可があるまで自室にいなさい! いいわね、アルスター二等兵!」
 ラミアスに怒鳴られたことがショックだったのか。フレイは呆然としている。そんな彼女を抱えるようにしている二人に、ラミアスは視線で連れて行くようにと指示を出した。
「キラ君、ごめんなさいね……全てはそちらの作業が終わってから話します」
 三人がブリッジを後のしたのを確認して、ラミアスがキラへと言葉をかけてくる。
「……わかりました……」
 何とか衝撃から立ち直ったキラは彼女に向かってそう言葉を返した。そして、再び作業へと意識を戻していく。
「……キラさん、大丈夫ですか?」
 彼女のことを知らないニコルが不安そうに声をかけてくる。
「うん……彼女は……寂しい人だから……」
 そう言いながら微笑むキラに、ニコルは困ったような笑みを見せた。
「……ここにアスランがいなくて、本当に良かったです……」
 ため息とともに呟かれた言葉の裏に潜んでいるものをキラはしっかりと理解できてしまう。
「そうだね」
 もしここにアスランがいたらどういう結果になっていたか。それはキラにも十分想像が出来てしまう。
「……ニコル……」
「わかっています。内緒にしておきますね」
 彼女の態度は気に入らなくても、その身に害が及べばキラが悲しむと判断したのだろう。ニコルは頷く。その事実に、キラは安堵のため息をついた。


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最遊釈厄伝