この手につかみたいもの
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キラに合うサイズのパイロットスーツを探し出すのに少し時間がかかってしまった。ニコルが使っているものですら彼には大きかったのだ。
しばらくストライクに触れていないキラがチェックをしたいから……というので早めに来ていたのだが、その時間すら足りなくなりそうだと思ってしまうほどだ。
「……やっぱり、もう少し太らないとね」
きつめに締めてもまだ余っているベルトを見ながら、アスランが言葉を口にする。
「そんなことを言われても……体質なんだから仕方がないだろう」
それにキラは唇をとがらせて反論を返してきた。
「そう言うセリフは、せめて一人分の食事を食べきれるようになってから言おうね」
キラのパイロットスーツをチェックしてやりながらアスランは笑う。その瞬間、キラがむっとした表情を作ったのがわかった。
「大丈夫だね。ヘルメットをつけるときにもう一度チェックしてあげるから」
それを無視して、アスランはこう告げる。
「ストライクのチェックをするんだろう? 他の連中が来る前に終わらせるつもりなら、急いだ方がいい」
こう言われてはそれ以上文句を言うわけにはいかないのだろう。キラは悔しげにアスランの顔を見上げてくる。
「ほら、行くよ」
そんなキラの手を取ると、片手にヘルメットを抱えながら移動を開始した。ぶつぶつと文句を言いながらも、キラはアスランの後を着いてくる。そんな彼の態度が昔と変わらなくて、アスランは口元に柔らかな笑みを刻んだ。
ようやくここまでキラの気持ちが戻ってきてくれたのだ、と実感できたのだ。
その後のことはこれからでも大丈夫……と実感できたのも大きいかもしれない……とアスランは思う。
「OSのチェック以外は誰も触れていないはずだ。少なくとも、僕たちが見ている前では」
それ以外の時間はわからないが……と付け加えたのは、キラが襲われた事件を思い出したからだ。
「うん。信用している」
だが、キラはこう言い返してくる。その言葉の裏にどれだけの葛藤が隠されているか、アスランにはわからない。だが、こう言ってもらえるだけでも十分だと思う。
二人はそのままストライクのコクピットへと辿り着いた。慣れた仕草でシートへと身を沈めるキラに、アスランはほんの少しだけ眉を寄せる。だが、幸か不幸かキラはそれに気づかなかったらしい。
「……OSは異常がなし……機体の方は……たぶん大丈夫だと思うけど、チェックプログラムを走らせる時間があるかな……」
一応、優先すべき場所からチェックしていくけど……と言いながら、キラはキーボードを叩く。
「そのプログラムは機体のチェック用だったのか……」
機体の制御とは切り離された設定のそれの目的がわからず、整備陣が悩んでいた姿をアスランは覚えている。一時期は誰かがハッキング目的で組み込んだのか……とまで言われていたのだ。だから、その目的がわかってほっとすると同時に気が抜けてしまった。
「うん……アークエンジェルは人手が不足していたから……少しでも整備の人たちの苦労を省こうかと思って……」
聞いてくれれば素直に説明したのに、とキラは付け加える。
「あの時のキラにそんな余裕がなかっただろう?」
自分ですら触れることが怖かったくらいにキラは張りつめていたのだ……とアスランは白状をした。
そんなキラに平然と声をかけらたのはクルーゼとフラガのみ。カガリですらためらっていたことをアスランは覚えている。
「……ごめん……」
そんなに心配をかけていたのか、とキラは自責の念を顔に表す。
「キラの性格なら仕方がないって知っていたからいいけどね。それに、もうじきキラの心配はなくなるだろう?」
それからゆっくりとね、と意味ありげな微笑みを向ければ、キラの目元がうっすらと染まった。
「アスラン!」
「緊張が取れただろう?」
そのままアスランを怒鳴りつけようとしたキラに、笑いながらこう告げる。
「……それがねらいだったわけ?」
「それだけじゃないけどね」
成り行き上……とアスランはさらに笑みを深めた。
「仲がいいことはいいんだけどな」
そんな二人の上に気楽な、という表現がしっくりと来るような声が降ってくる。
「フラガ少佐!」
「……いつの間に……」
気配すら感じることが出来なかった、とアスランは心の中で唇を咬む。キラならともかく、自分は訓練を受けた軍人で、どんな時でも彼を守らなければならないのに……と付け加えながら。
「たった今だよ。気にするな。経験の差……と言う奴さ」
まぁ、すぐにわかるようになるだろうと言われても、アスランは嬉しくない。その力が必要なのは『今』も同じことなのだから。
「で? 準備は出来ているのか?」
そんなアスランの気持ちに気づいているのかいないのか。フラガはキラに向かってこう問いかけている。
「今、機体のチェック中ですけど……必要ならすぐにでも……」
「あぁ、いい。チェックだけはしっかりとしとけといつも言っているだろう?」
それは俺たちが命を預ける機体だからな……と付け加える彼に、キラは小さく首を縦に振った。おそらく、この男はこうやってキラを支えてきたのだろうとアスランは思う。それは必要なことだったとわかっているが、実際に目の当たりにすると気に入らない……というのが本音だ。もっとも、それを口にしない程度の理性は持ち合わせていたが。
「それに、こいつはしばらく坊主と引き離されていたからな……すねている可能性も否定できない。坊主が望む、望まないは別として、こいつは坊主だけの機体だ」
そして、一人のために調整された機体は、その相手と引き離されると予想外の不具合を出すのだ、とフラガは付け加える。
「……それは、少佐の経験からですか?」
「そう言うこと。だから、あいつもさっさと飛べるようにしてやりたいんだが……」
あまりに特殊すぎてザフトの整備兵でもなかなか修理が出来ないらしいと言うことはアスランも耳にしていた。
「……マードック曹長達が無事なら、すぐにでも直してくれるんでしょうが……」
「だから、さっさと終わらせような」
余計なことは考えなくてもいいから……とフラガが告げたときだった。キラの手元にあるモニターが小さな音を立てる。
「チェック終了したようだな」
アスランが身を乗り出しながら、こう口にした。
「うん……駆動関係には異常がないから……たぶん大丈夫だと思う……」
少なくとも作戦に支障が出ないだろう、とキラが淡く微笑む。
「なら大丈夫だな。キラは攻撃をする必要がないから」
それは自分たちの役目だ、とアスランは言外ににおわせる。
「イージスに行く。お前の友達を紹介してもらえるのを楽しみにしているよ」
言葉とともに、アスランはキラに向かって微笑んだ。