この手につかみたいもの

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「現在の状況では、足つきが目的地に着く前に補足することが可能だ」
 ブリッジにある宙域図にアークエンジェルと自分たちの予想進路を表示させながら、クルーゼが言葉をつづる。
「我々はこの場で足つきを捕らえる。足を止めたら中に侵入し、システムを復帰させる。その役目は……キラ君に頼むしかないだろう」
 他のものでは時間がかかりすぎる……とクルーゼは苦々しいという表情で告げた。
「……最初からそのつもりでした……」
 それにキラは淡い微笑みとともに言い返す。
「出来れば、君を戦場に出したくはないのだがね」
 精神状態を考えれば、と付け加えられた言葉には、キラも反論のしようがない。実際、今でも戦場は嫌いだと思っている。しかし、仲間達を助けるためなら我慢することが出来るとキラは心の中で付け加えた。
「ニコル、ブリッツでキラ君とともに足つきに取り付け。他の者は万が一に備えて外で待機だ……あぁ、お前は勝手にしていいぞ」
 最後に付け加えられたセリフはフラガに向けてのものだ。
「そうは言うがな……機体がなければ俺だってどうしようもないだろうが」
 さすがにゼロのガンパレルはザフトの整備陣でも手を焼いているらしい。飛行だけなら可能だろうが、戦闘となるとかなり苦しいものがある。
「……なら、アストレイで行くか? 艦内に敵兵がいることを考えれば、それなりに戦える人員は必要だろう。キラは……そちら方面ではあてにしない方がいいだろうからな」
 その言葉にその場にいたものはただ一人を覗いて納得をした。
「どういうことだよ、カガリ!」
 もちろん、納得できなかったのはキラ本人だ。むっとしたようにカガリに言い返す。
「簡単だ。お前に生身の人間が撃てるか?」
 銃の使い方もろくに知らないくせに……と言われてキラは言葉に詰まる。
「キラはそんなの知らなくていい」
 そんなキラに追い打ちをかけるようにアスランが言葉を口にした。
「そうだな……お前には無理だ」
「まぁ、俺たちに任せておくんだな」
「そうです。僕がちゃんとキラさんを守りますから」
 他の三人も口々にこう告げる。
「……それじゃ、僕は……」
「適材適所、って言うだろう? キラに出来ないことは他の誰かがする。その代わりキラにしかできないことをすればいいんだよ」
 アスランの言葉に、キラはとりあえずそれ以上口を開くことはやめた。何を言ってもこのメンバーには勝てないと判断したのだ。
 それでも不満を表すかのように唇をとがらせていたが……
「しかし、アストレイでは気づかれてしまうのでは?」
 ブリッツであれば、ミラージュコロイドシステムが装備されているから、気づかれずにとりつくことが可能だ。しかし、PS装甲を持たないアストレイでは通常兵器ですら大きな損害を受けてしまう。
「一応、識別コードは連邦軍のものになっているからな……攻撃をされない可能性は強いと思うが……」
 どうするか、だな……とフラガも考え込む。
「ブリッツのコクピットに三人は無理ですしね」
 やはり、危険を冒すしかないのだろうか……とニコルも首をかしげた。
「……ともかく、行ってみてからのことだ。シールドもあるし、OSも不備が減った。ならば、状況を見てから判断しても大丈夫だろう……本当はストライクを私が動かせればいいんだがな」
 さすがにあのOSはキラ以外のものでは無理だろうと、とカガリは苦笑を浮かべる。もちろん、彼以外があの機体に乗ることはこの場にいる誰もが認められないと思っていることも事実だ。
「……いっそ……ストライクで出た方がいいのかもしれませんね……そうすれば、少佐も一緒に行って貰えますし」
 多少の攻撃なら避ける自信があるとキラは言い切る。
「……大丈夫なのかね?」
 確かにそれが一番いい方法なのかもしれない。しかし、問題はあくまでもキラの精神状態なのだとクルーゼは言外に問いかけた。
「みんなを助けるのにそれが一番いいというのであれば」
 そう告げるキラの瞳にその場にいた誰も反対の言葉を口にすることが出来ない。
「一人じゃないなら大丈夫だよな」
 待っている連中もいるし……と笑うフラガにキラは頷く。
「では、決まりだな。体調を整えておくように」
 クルーゼが結論を出す。その瞬間、全員の表情が緊張で引き締まった。

「キラ……あくまでも無理だけはしちゃ駄目だよ」
 パイロット控え室へとともに向かいながら、アスランはキラに声をかける。
「少佐が一緒で、無理をさせてくれると思っている?」
 そんな彼にキラは苦笑混じりに言葉を返してきた。
「それに、結局ニコルさんもカガリも一緒に来るんだし……きっと大丈夫だよ。それよりも外にいるアスラン達の方が心配だよ、僕は」
 万が一の時に真っ先に被害を受けるのは外にいるアスラン達だろう、とキラがアスランの顔を覗き込んでくる。
「それこそ大丈夫に決まっているだろう? 僕たちはちゃんと訓練を受けてきたんだし……MSの方が小回りがきくことはキラだって知っているじゃないか」
 だから、余計な心配はしなくていい……と囁きながら、アスランはキラの体を抱き寄せた。
「まずは自分のやらなきゃないことだけを考えること。本当は、一緒に行ってやりたいんだが、仕方がないな。ニコルには意地でもキラを守れと言っておくから」
 ともかく、無事で戻ってこい……と言うと同時にアスランはキラの髪に唇を落とす。
「……過保護……」
「相手がキラだからだよ」
 ぼそっと呟かれた言葉に、アスランが笑いをにじませた声で返した。
「昔から、キラを心配するのは僕の役目だったしね。フォローをするのも、慰めるのも、全部」
 他の誰かに譲る気もない、とアスランは付け加える。
「……アスランって……」
 本当、馬鹿だよね……とキラは呟く。
「馬鹿でもいいよ、もう……キラが僕のものになるんならね」
 もう何度囁いたかわからないセリフをアスランは口にする。その瞬間、キラが小さくため息をついたのがわかった。
「大好きだよ、キラ」
 これだけはいつでも忘れないで……と最後に一言告げたところで、アスランはようやくキラの体を腕の中から解放をする。
「パイロットスーツに着替えないとね。キラのはないから、サイズを合わせるのに少し時間がかかるかもしれない」
 それが一番厄介かな、とアスランは笑いながら、キラの体の線を掌でなぞった。地球で出会ったときよりはいくらかマシになったとは言え、未だに華奢だというのがぴったりとするそれはアスラン達にとって悩みの種の一つだったりする。
「……少しぐらい大きくても……動くとき邪魔にならなければいいよ」
 サイズに関しては最初からあきらめていたらしいキラが、アスランの腕から逃れるかのように体をねじりつつ言い返す。
「キラ?」
「……くすぐったいから、やめて」
 小さく囁かれた言葉の裏に別の意味が隠れていることをアスランはしっかりと感じ取っていた。
「作戦前でなければ、やめて上げないんだけどね」
 自分の体がのっぴきならない状況になる前に、とアスランはキラから離れる。同時に、たまった熱を吐き出すように深呼吸を繰り返した。
「時間に遅れるわけにはいかない。それで作戦が失敗したら、間違いなくキラに恨まれるからね」
 それが一番怖い、とアスランが口にすれば、キラが目を丸くする。
「……アスランがそう思っていたなんて、知らなかった……」
「キラが相手の時だけだよ。こんなに不安になるのは」
 素直に言葉を口にすれば、キラはまじまじとアスランの顔を見つめてきた。それにアスランは微笑みを返す。
 先に目をそらしたのはキラの方だ。
「……僕が、アスランを嫌いになれるわけがないのに……」
 何かあったら簡単にかき消されてしまうような小さな声でキラが呟く。その言葉に含まれている意味は自分が思っているものとは違うかもしれない。だが、今はこれだけでもいいとアスランは思った。


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最遊釈厄伝