この手につかみたいもの
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「……この中で一番可能性があるとしたら、ここだろうな」
キラがシミュレートした結果を見て、フラガが呟く。
「やはりお前もそう思うか」
どうやら、クルーゼも同じ判断をしていたらしい。フラガの言葉に満足そうな笑みを浮かべている。
だが、その会話だけではどうして彼らがそう判断したのか、他の者には理解できない。
「どうしてそう思うんですか?」
パイロット達を代表して疑問の言葉を口にしたのはディアッカだった。
「簡単なことだ。連中の研究施設の一つがそこにあるからだよ」
さらりっとした口調でクルーゼは言葉を返す。
「しかも、一番胸くそ悪い設備がある、な」
吐き出すようにして付け加えられたフラガの言葉に驚いたのはカガリだった。彼がそんな態度を見せたのは初めてだったのだ。
「どんな設備はお聞きしてかまいませんか?」
そんなカガリの気持ちが伝わったのか。ニコルがフラガに問いかける。しかし、彼は視線をキラに向けただけで答えを口にしようとしない。
「坊主。眠いなら寝ていていいんだぞ」
その代わりというようにキラにこう声をかける。
「……でも……」
眠気がはっきりとわかる声でキラが何かを口にしようとした。しかし、既に限界なのだろう。彼のまぶたは先ほどから閉じられている時間の方が長い。
「後でそっちの坊主に聞けばいいだろう。倒れられるよりマシだ」
フラガが苦笑混じりにこう告げる。
「そうだな。そうして貰った方がいいだろう。どうしてもこの部屋にいたいというのであれば、私のベッドを使って貰ってもかまわないし」
クルーゼまでこんなセリフを口にした。それを耳にした瞬間、アスラン達はキラに聞かせたくないたぐいの施設なのだと推測をする。
「キラ……部屋に戻るか?」
アスランがキラの頭を自分の肩に寄りかからせるように引き寄せながら声をかけた。それにキラは小さく首を横に振ることで否定の意を伝える。
「じゃ、隊長のベッドを借りる?」
それにもキラは首を横に振った。
「……仕方がないな……じゃ、このまま寄っかかってていいよ」
何なら、そのまま寝ても言いぞ、とアスランが囁けば、キラはようやく頷く。そんな彼の強情さに、フラガが苦笑を浮かべた。
「本当に坊主は……」
妙なところで強情だよな、とフラガはため息をつく。
「ともかく、いい子だから寝ろ……って言うか、寝てくれ」
でないと、見ている方が辛いと付け加える彼に、その場にいた誰もが頷いてしまう。もっとも、キラの方はそれすら認識できていないようだ。
「寝不足で大切なときに失敗したら意味がないだろう? おとなしく寝な」
アスランは言葉とともにキラの両目を手で隠す。暗いと感じてくれれば眠れるかと判断したらしい。
「このままだと、どちらが先にそこへ着くのですか?」
ともかく、キラが寝るまでは無難な話だけをした方が良さそうだ……と判断したのだろう。イザークが別の疑問を口にする。
「現状の間まであればほぼ同時だ」
事前に検討をしていたのか。クルーゼはきっぱりと言い切る。
「それだと辛いですね……事前にたどり着ければ、いくらでも作戦を立てられるでしょうが……」
同時であれば、自分たちが展開を終了する前にその施設に入られてしまうかもしれない……とニコルが眉を寄せた。
「そうだな……出来れば、その施設に逃げ込めないような距離で接触をしたい」
キラを刺激しないようにと思っているのか。それとも別の理由からか。アスランは押さえた口調でニコルに同意する。
「と言うことは……艦のスピードを上げれば何とかなるのか?」
「可能ならばな」
ディアッカとイザークも口を挟んできた。
「急ぐのはかまわない……だが、それまでにキラの体調が戻るのか?」
その問題もあるのだぞ、とカガリが呟く。
「……これ以上負担をかけなければ大丈夫じゃないのか?」
「それが可能なのか、と言っている」
ディアッカのセリフにカガリは冷たい視線を向けた。
「かけさせないように俺たちが気をつければいいだけだ。一番いいのはキラが自覚してくれることだろうけど……無理だろうしな」
おそらく、アークエンジェルを解放するまでは……とアスランはため息をつく。
そんな彼の肩で、ようやくキラが寝息を立て始めている。それに安堵の表情を作ったのはアスランだけではないだろう。
「先回りできるよう、考えておこう。お前達はどう動くか、シミュレートしておけ」
アドバイザー代わりにこいつをこき使っていい……とフラガを指すと、クルーゼはがち上がった。
「……アスラン?」
ふわふわと運ばれる感覚に意識が揺り起こされたのか。アスランの腕の中のキラが目を覚ます。
「部屋まで運んであげるから眠ってていいよ」
そんなキラに、アスランは優しい笑みを向けた。そして、彼の体を抱え直すと、その顔を自分の胸へと押し当てる。
「……んっ……」
キラの方も本格的に目を覚ましたというわけではなかったらしい。小さく頷くと素直に目を閉じる。
「本気で疲れているようですね」
そんな二人の様子をすぐ側で見つめていたニコルが囁くように言った。
「あれからろくに眠れなかったようだしな」
休むどころか、あれこれ作業をしていたし……とアスランは付け加える。そんなキラの気持ちがわからないわけではない。しかし、それよりも自分の体のことを考えて欲しいと思うのはいけないことなのか、とアスランは考えてしまう。
もっとも、それができないからこそキラはキラなのだが……
「ようやく寝てくれてほっとした、と言ったら怒るんだろうな、キラは」
自分よりも仲間達の方が心配だと言って、とアスランはため息をつく。
自分はコーディネーターで多少の無理は利くが、彼らはナチュラルだから……というのがキラの主張だ。
しかし、アスランにしてみれば、何馬鹿なことをと思わずにいられない。
そんな連中よりもキラの方が何十倍も価値があるのだ。
「……ナチュラルをこんなに心配しなくてもいいのに……確かにナチュラルにも称賛に値する人はいますけど……でも、キラさんの代わりを出来る人なんていませんよね」
ニコルにしても同じ思いだったらしい。
「考えてもいいけど、キラには知られるなよ」
嫌われるぞ、と告げれば、ニコルも苦笑を返す。
「わかっています」
せっかく培った信頼をそんなことで不意にするほど自分は愚かではないとニコルの視線が告げている。
「イザーク達みたいに、最初から言っていれば良かったんですけどね」
そのたびにキラが悲しそうな表情をするから出来なかったのだ、とニコルは付け加えた。特に、キラは拉致されたばかりの頃は本当に壊れそうなくらい張りつめていたから、と。
「……それがばれたら余計に嫌われるぞ……」
自分を棚に上げているとわかっていても、アスランはそう言わずにはいられない。もっとも、それはニコルのためではなく、そのことを知ってキラが傷つくから……という理由からだ。
「それは……もっとも、実際に顔を合わせてみないとわからないこともありますから」
フラガやカガリに会って、ナチュラルに対する印象が微妙に変わってきた、とニコルは告げる。
「そうだな……キラのご両親も彼らと似ているよ、雰囲気が」
ナチュラルもコーディネーターも関係ない。『人』を『人』として認識し、その良い点を認められる彼らに育てられたからこそ、キラはこういう性格に育ったのだろう。
「……だから、余計にキラは自分が特別な存在であることを嫌がるのかもしれないな」
自分は自分だから……
コーディネーターではなく『キラ・ヤマト』という一人の『人間』として認識して欲しい。
それがキラの無意識の願いだと言うことをアスランは知っている。
そんなキラが、誰よりも特別な存在だと言うことは、ある意味皮肉なのだろうか……とアスランは思わずにいられない。
「ままならないものですね」
ニコルがしみじみとした口調で言葉を口にし始める。
「僕の願いなんて……キラさんの歌を聴きたいというささやかなものだけですのに……」
それが一番大それた願いなのでは……とアスランは思う。だが、それを指摘することはしない。
「そうだな……俺ももう一度聞きたいよ」
そんなささやかな願いからかなえていきたい……アスランは心の中で付け加えた。
「お前達は!」
バジルールが咄嗟に少年達を守るかのように立ちはだかる。だが、侵入者達はそんな彼女の様子を気にする様子はない。
「お前達に我々に逆らうことは出来ない。我々はこの艦のシステムを全て握っているのだぞ」
必要があれば、自爆をさせることも厭わない……とその者たちは告げた。
「……ミリアリア・ハウ、それにトール・ケーニヒは誰だ?」
そして、さらにこう口にする。
だが、それに答える者はいない。
「言い方を変えよう。その二人は今どこにいる?」
そう言いながら、侵入者達は手にしていた銃をその場にいた者たちへと向ける。
いったいどのような反応を返すべきか。
二人の存在は知っていても、顔までは知らないらしい。それなのに、どうして彼らを捜しているのか。アークエンジェルのクルー達は侵入者達の意図がわからず判断が出来ずにいた。
「早く教えた方が身のためだぞ。我々が頼んでいるうちにな」
でなければ、この間に乗っている者たちを一人ずつ処刑していく……と侵入者達のリーダーと思われる男が口にする。
「……我々が仲間を売ると思っているのか?」
バジルールが逆に問いかけた。
「君は違うだろう。しかし、全員がそうだと言い切れるかな?」
とりあえず、死なない程度に怪我をして貰おうか……と口元に嫌な笑みを浮かべる。そして、手にしていた拳銃の銃口をフレイへと向けた。
「まずは君からかな」
ひょっとして、侵入者達はアークエンジェル内の乗員の性格まで把握しているのだろうか……とその場にいた誰もが思ってしまう。
「や、やめてよ!」
バジルールの背後でミリアリアの腕に抱かれていたフレイが、恐怖に顔を引きつらせる。
「ミリー! 何とかしてよ!」
そして、自分を支えてくれるミリアリアに向かってこう叫んだ。
「フレイ!」
慌てたようにサイがフレイを怒鳴りつける。だが、今の彼女にその声は届かない。
「いやよ! とばっちりで傷つけられるなんて! 絶対嫌!」
またパニックを起こしたのか、フレイは叫び続ける。
「……どうやら、そちらのお嬢さんがミリアリア・ハウのようだな……」
言葉とともに、侵入者の一人が彼女へ向かって手を伸ばす。
「ミリーに触れるな!」
それを遮ろうとするかのようにトールが間に割ってはいる。
「駄目!」
そんな彼の行動をミリアリアが制止した。彼の名を口にしないのは、侵入者達から彼を守ろうとしているのだろうか。
「駄目じゃない。いっしょにキラにもう一度会うんだって約束したろう?」
それに、ミリアリアを守るのは自分の役目だ……とトールは付け加える。
「……馬鹿……」
ミリアリアが小さな声で呟けば、トールは苦笑を返した。
「……一緒に来て貰おう……逆らえば、この艦を沈める」
そんな二人の耳に、こんなセリフが届く。
「心配するな。キラ・ヤマトには会わせてやろう」
二人を連行する男が笑いを含ませながら囁いてくる。その言葉に、こいつらが自分たちをキラに対する脅迫材料に使うつもりなのだ、と二人は理解した。
だからといって、自分たちではどうすることも出来ないことも事実。
「……また、キラに負担をかけてしまうわ……」
ミリアリアの唇からこぼれ落ちた小さな呟きが、二人の心の中で抜けない棘となっていた。