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「隊長、申し訳ありません。我々ではOSのロックを外すことは不可能です」
 ストライクを確保して戻ってきたクルーゼは、即座に整備員達にOSのロックを外し、起動するように……と命じた。しかし、既に半日近く経ったというのに外すどころかパスワード入力画面すら表示させることが出来なかったらしい。肩を落としながら、整備員の代表がこう報告をしてくる。
「だから、時間の無駄だと言っただろうが……」
 それを脇で聞きながら、通信機に拾われない程度の声の大きさでフラガが呟く。もちろん、それはクルーゼとカガリの耳にはしっかりと届いていたが。
 実際、クルーゼもそれは予想していたと言っていい。ただ、彼らのプライドも考えてやらなければならなかったのだ。
「わかった。ご苦労だった。それだけ高度なプログラムだとわかっただけでも十分だろう」
 明らかに気落ちしているであろう整備員達の志気を保つためにいたわり言葉を口にする。
「キラ君にはこちらから協力を要請しておく。明日、改めてOSのチェックを行えるよう準備をしておいてくれ」
 そして、この言葉を最後に通信を終わらせた。
「……ご苦労さんなこったな……やっぱり、隊長ともなると気配りも必要って言うことか」
 からかっているのか、感心しているのかわからない口調でフラガが言葉をつづる。
「彼らにもプライドがあるからな。最初から彼の協力を仰ぐわけにはいくまい。彼の方も、気持ちを決める時間が必要だろうしな」
 そんなフラガにクルーゼは苦笑とともに言葉を返した。
「それとも、あちらでは違ったのか?」
「プログラムに関してはな。坊主もストライクに乗るよりそっちの方が向いているようだったし」
 うちの連中はその点こだわりないから、とフラガは笑う。認めるところはしっかりと認めていたからな……と言う彼の言葉に偽りはないだろうとクルーゼは判断した。
「どうして彼がナチュラルにあれほどまでに入れ込むのか、と不思議に思っていたのだが、そう言うことなら納得できるか」
 ご両親もナチュラルだったな、彼は……とクルーゼは付け加える。
「あぁ。だから、悩んでいたんだがな、坊主は」
 コーディネーターとナチュラルの間でという言葉は聞かなくてもわかった。
 いっそ、自分の部下である彼らのように第二世代であればもっとあっさりと割り切ることが出来たのだろう。
 あるいは、カガリのようにただのナチュラルだったら……
 しかし、彼はナチュラルとして生まれるはずだったのにコーディネーターとしての能力を得てしまった。それが第一の不幸だったといえるのかもしれない。もっとも、今更それを口にても詮無きことではあるが。
「ともかく、ストライクのOSのロックを外して貰わなければならないな」
 ただ、キラがそれをすぐに了承してくれるかというとかなり疑問だろう。彼の精神はフラガの話を聞いてからかなり不安定になっているらしい。
「坊主は優しすぎるからな」
 自分のために知り合いが危険にさらされているというのが我慢できないのだろう、とフラガは告げる。
「……それだからこそ、キラなんだけどな」
 それをなくせば彼じゃない、とカガリが言い切った。彼女のそのセリフを耳にして、クルーゼはうっすらと口元に笑みを浮かべる。
「うちのパイロット達と同じセリフを口にするんだな、君も」
 こう言えば、カガリは一瞬だけ目を見開く。
「驚いたな……キラは『裏切り者』じゃなかったのか?」
 そして、呟くようにこう言った。
「意思を他者によって縛られている者を糾弾するほど我々は無慈悲ではないつもりだが?」
「……キラの意思が? と言うことはあのころか……」
 クルーゼの言葉にカガリは一瞬信じられないと言うように目を見開く。だが、すぐに思い当たることがあったのだろう。大きく頷いている。
「どうやら、納得してもらえたようだね」
 では、協力してもらおうか、とクルーゼは彼女に視線を向けた。
「協力?」
「君たちの言葉があれば、彼も協力してくれると思うのだがね」
 ともかくOSのロックだけでも外してもらえれば、後は何とでも出来るだろうとクルーゼは説明をする。
「……まぁ、投降した以上、協力させて頂きますけどね」
 あまり期待するな、とフラガが言い返した。
「……まぁ、それは彼の様子を見ながら決めるしかないがな」
 無理そうであれば、強引に事を進めることはしない……と言外にクルーゼは告げる。
 その時だった。
 入室を求める者がいる。それが誰かを確認して、クルーゼはおもしろそうに口元をほころばせた。
「申し訳ありません」
 室内に足を踏み入れると同時にこう口にしたのはアスランである。彼が不安定なキラを置いて自分の元に来るとは思わなかった、とクルーゼは心の中で呟く。
「いや、いい。何か用事があるのだろう?」
 聞こう、とクルーゼはアスランを促す。
「……キラが、彼女に会いたがっておりましたので……お借りしてかまわないでしょうか?」
 少しは気分転換になるのではないかと……と付け加えるアスランに、クルーゼはさらに笑みを深める。
「なるほど……ところで、彼は今一人か?」
「いえ。イザークとディアッカが着いています」
 いったい何故クルーゼがそれを問いかけるかわからないという口調でアスランは報告をした。
「そうか。ならば大丈夫か……許可をしよう。こちらの話が終わり次第、こいつも連れて行く」
 私の方も話があるからな、と告げれば、アスランが体をこわばらせたのがわかる。しかし、クルーゼはそれには気づかなかったふりをした。

 前に顔を合わせてから一日しか過ぎていないのに、キラは急にやつれてしまったような気がする。イザークはベッドの上にうずくまっている彼を見ながらそんなことを考えていた。
「……大丈夫か? 辛いなら寝ていた方がいいぞ」
 おそらく同じ思いを抱いているのだろう。ディアッカがこう声をかけている。
「……いえ……大丈夫ですから……」
 だが、キラは消え入りそうなくらい淡い微笑みを浮かべると首を横に振った。見かけに寄らず、彼が以外と頑固な性格だと言うことはこれまでの日々で知っている。それでなければナチュラルの中に一人取り残され、差別と偏見の目の中で友人達を守るために同胞――親友――と戦い続けることなど出来るわけがない。
「無理はするな。ここでお前に倒れられては、みんなが心配する。せっかくストライクを確保したんだ。どうせなら、自分の手で連中を助けたいんじゃないのか?」
 何気ないセリフだったはずだった。だが、キラにはそうではなかったらしい。自分のセリフを耳にした瞬間瞳を伏せた彼に、イザークは何故か罪悪感を感じてしまう。
「……イザーク……言いたいことはわかるが、もう少し言い方を考えろよ」
 ディアッカがあきれたようにこう言ってくる。
「だが、そうしたいのだろう、お前は」
 違うのか、と問いかければ、キラはわからないと言うように首を横に振った。
「……僕は……」
 そして、必死に言葉を探そうとしている。
「……僕は……出来れば、もう……」
 誰とも戦いたくない、と告げられた最後の言葉はほとんどと息と変わらなかった。
「わかっているけどな」
 イザークが何かを言おうとする前に、ディアッカが声をかける。同時に、彼の視線がこれ以上キラを追いつめるな、とイザークに伝えてきた。まだ彼の中で全ての整理が着いていないのだからとも。
「まぁ、もうお前一人っていうわけじゃないんだし……全部背負い込むことはないだろう?」
 意地でも半分以上背負うつもりの奴もいるしな、と明るい口調を作りながらディアッカが言えば、キラが小さく頷くのが見えた。
 それが誰のことかなど、確かめなくてもわかっている。
 しかし、どうしたことかその事実が腹立たしいとすらイザークは思ってしまう。
「確かにな。今回の件、俺でも気にいらん。だから、協力してやる」
 その想いを隠しながらこう言えば、キラが驚いたように顔を上げた。だが、次の瞬間、ふわりっと微笑む。その笑顔がまぶしいと思いつつ、どこか安堵している自分にイザークは気づいていた。
「と言うわけだから、安心しろって。俺も、ここにいないがニコルも同じ気持ちなんだから」
 ディアッカがこう言ったときだ。
 堅く締められていたはずのドアが開かれる。
「キラ! お前また……」
 そう言いながら飛び込んできたのは黄金の髪の少女。
「カガリ」
「どうせ、くだらないことで悩んでたんだろうが。お前は何でも考えすぎるんだ」
 ぽんぽんと自分以上にきついセリフを投げつける少女に、イザークは何を言っているんだと思いつつ厳しい視線を投げつけた。
 だが、キラの方はそうではなかったらしい。
「……良かった……カガリ、変わってなくて」
 そんな彼女のセリフすら嬉しいというように、キラは弱々しいながらも微笑みを浮かべる。
「16年かけて培ってきた性格が、そう簡単に変わると思うか? 実際、敵だったはずなのに、ひたすらお前を甘やかしている奴がそこにいるだろう!」
 そう言いながら、カガリが指さしたのはアスラン。
「……好き好んで敵になったつもりはないし、これからもなる予定はないな、俺は」
 自分でもその事実を認識しているらしいアスランが、苦笑を浮かべつつ言い返す。
「そうだ。後で隊長とフラガという奴も来るそうだ」
 思い出したというようにアスランがキラに告げれば、再び彼の表情から笑顔が消えた。
「……アークエンジェルの位置がわかったという話だ。キラ、覚悟を決めておけ」
 そんな彼の髪に指を絡めながら告げたアスランの言葉に、キラだけではなくイザーク達も緊張の表情を浮かべる。
「……そう、なんだ……」
「大丈夫だ。キラがどの選択をしても、誰も責めない。いや、誰にも責めさせないさ、俺が」
 先ほど、自分たちが言ったのと同じ内容の言葉。それを聞くキラの反応も同じなのだろうとイザークは思っていた。
「……ありがとう……」
 だが、キラは小さい声ながらもこう言いながらアスランを見つめている。
 二人の間にある絆。
 それが彼らがともに過ごしてきた年月から生まれたものだとはわかっていた。しかし、同時におもしろくないとも思ってしまう。
 どう考えても『親友』という言葉だけでは二人のそれはくくれないような気がするのだ。
「大丈夫だ、キラ。私もいる」
 カガリもキラを守ろうとするかのように彼の肩に手を置くと言い切る。
 同時に、ベッドの枠に留まっていたロボットペットも自分もと言うように声を上げた。そのあまりのタイミングに、その場にいた誰もが驚いたような表情を作ってそれを見つめる。
 そして、次の瞬間、誰からともなく笑い声をあげていた。
 その中にキラのそれもあって、イザークを満足させる。
「難しく考えるな。物事など、なるようにしかならん。だが、俺たちだけではなく、隊長が一目置いているあの男とストライクがこちらにあるんだ。俺たちが目的を果たせないと言うことはない」
 違うか? といつもの口調で問いかければ、キラは驚いたというようにイザークを見つめてくる。だが、今度はしっかりと頷いて見せた。

 アークエンジェルの艦内は息苦しい雰囲気で包まれていた。
「……悔しいですね……何も打つ手がないというのも……」
 この場には自分たちを拘束している者はいない。だが、だからといって何をすることも出来ないのだ。
 今現在、アークエンジェルの全てのシステムは、目に見えぬ誰かによって掌握されている。
 迂闊にシステムに侵入しようとすれば、即座に相手に知られてしまうだろう。
 実際、一度試みた挙句、一時的にとは言え生命維持装置を止められたのだ。
 もっとも、キラに対する人質という意味で自分たちを殺すことは出来なかったのだろう。警告とともに再びそれは稼働させられたが。
「全部、あの子が悪いんじゃない! あの子が私たちの側にいたから……私たちは巻き込まれたんじゃないの!」
 食堂の方からフレイの叫び声が届く。
「……それは違うだろう! 巻き込んだのは……キラの足かせになってしまったのは、結局俺たちの方だろうが!」
「そうよ! 気づかれないと思っていたの、フレイ。貴方がキラにしていたことに。それでもキラは貴方も含めたみんなを守ろうとしてくれたでしょう?」
 そんな彼女をなだめようとする仲間達の声がその後に続く。
「正確に言えば、彼を巻き込んだのは私だわ……あのまま、あそこで解放してあげられれば良かったのかもしれない」
 そうすれば、彼らは少なくとも戦場にまで連れ出されることはなかっただろう。ラミアスはそう思っている。
「艦長。過ぎてしまったことをあれこれ悩んでも仕方がないのでは?」
 バジルールがそんな彼女に言葉をかけてきた。
「そうね。過ぎてしまった事を悔やんでも仕方がないわ。それよりも、目的地に着いたとき、我々が何を出来るか考えておかないと……この艦を拘束している目的が彼なのだとしたら、これ以上私たちが彼の負担になるわけにはいかない」
 あの誰よりも優しい子供をこれ以上苦しめることも出来ないだろうとラミアスは付け加える。
「そうですね。現在の戦力や装備で何が出来るか。シミュレーションしておきましょう。ただ手をこまねいているより建設的でしょうし」
「それに、彼らがあちらに合流しているとするなら、間違いなく何とかしてくれるわ。だから、最後まで彼らを信じましょう」
 今ここにいない者たち、フラガとカガリ……そして、キラを。
 ラミアスの言葉に、周囲にいた者たちはみな、決意を固めたという表情で頷いて見せた。


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最遊釈厄伝