この手につかみたいもの
37
「フラガ少佐!」
声が届かないとは思いつつ、キラはモニターに映る相手に向かって呼びかける。その声の中に、懐かしさと親しみと、そして相手に対する心配を感じて、アスランは眉を潜めた。だが、それをキラに知られるような事はしない。
「今の話を聞いていたな?」
それよりも早く、クルーゼが彼らを振り向いたのだ。
「ストライクはぜひとも欲しい。ついでに、連邦内で何が起こっているかも知っておきたいところだ。と言うわけで、不本意だろうが、あのMAとMSを援護し、無事に連れてこい」
出来るな、と問いかけられて、アスラン達は頷いた。
「キラ君はこのままブリッジに。今、一番安全なのはここだからな」
少なくとも、一人で部屋にいて襲われるようなことはない……とクルーゼは言外に付け加える。もちろん、それだけが理由ではないだろうと言うこともアスラン達にはわかっていた。
「……はい……」
今まで切り離されていた光景を目の当たりにして、ショックを受けているのだろう。しかも、相手は一緒に戦った者たちだ。そう考えれば、今のキラの様子はわかる。わかるが、今ひとつおもしろくない、というのがアスランの本音だ。
「大丈夫だよ、キラ。ちゃんと連れてくるから」
そして、キラに嫌われるような行動だけは取りたくない。その想いが、アスランにこう言わせていた。
「うん。お願い……少佐と、たぶん、アストレイに乗っているのはカガリだから……二人とも、大切な人たちなんだ」
そのセリフがアスランにとってどれだけ忌々しいものかキラにはわかっているだろうか。だが、アスラン以外に頼める者がいないのだろう。キラはすがるようなまなざしをアスランに向けている。
「……本当は頼んじゃいけないってわかってるんだけど……僕には何も出来ないから……」
自分で助けに行ければ一番いいんだけどね……と言うキラに、アスランは優しい笑みを向けた。
「わかっているって。だから、馬鹿なことは考えるんじゃないよ」
そうでなければ、きっとキラは無理矢理にでも戦場へと出るだろう。そんなことをさせるくらいなら、少々のことは目をつぶってやる、とアスランは心の中で付け加える。
「でも、アスラン達も気をつけてよ。みんなが怪我をしても、嫌だから」
そんなアスランのささくれだった心を、キラはこの一言でいやしてくれた。と言うことは、少なくともあそこにいる連中と同じ程度には自分のことを思ってくれていると言うことだろう。アスランはそう判断をした。
「わかっているって」
心からの微笑みを向けると、アスランはきびすを返す。そして、そのままMSデッキへ向かう。もちろん、他の三人も一緒だ。
「しかし、いったい何があったのでしょうね……」
アストレイと呼ばれたMSはともかく、あのMAは連邦のエースだったはず。ストライクを失った今、ザフトのMSとまともに戦えるのはあれだけなのだ。それを攻撃し、あまつさえ、そのパイロットに『投降』というセリフすら口にさせる理由は何なのか。
ニコルの疑問は、他の者たちも同様に抱いているものだ。
「それを確認するためにも、とりあえず、今は無事に連れ帰らなければならないって事だ。先ほどの様子だと、かなり被弾しているぞ、あのMA」
いつ落ちてもおかしくないかもしれない、と口にしたのはディアッカだ。
「今まで無事だったんだ。後少しぐらい持ちこたえられないわけないだろう」
でなければ、こちらがあれほど被害を受けるわけないからな、とイザークは口にしながら、真っ先に控え室へと滑り込んでいく。
「ともかく、キラを悲しませたくない。意地でも生きていて貰うさ」
手早く制服を脱ぎ捨てながら、アスランが言い切った。
「例え、気に入らない相手でもな」
パイロットスーツを身にまとうと、アスランはそのまま出て行く。
「確かにな」
思いっきり煮え湯を飲まされているけど、と付け加えたのはディアッカだった。
「エンデュミオンの鷹のご尊顔、拝ませて貰うか」
いつもの口調で呟くと、イザークはアスランの後を追いかける。一歩遅れた形になったニコル達もまた自分たちの機体へと向かう。
彼らがシートに身を沈ませたときにはもう、イージスはカタパルトへと移動している。
「アスラン・ザラ、出る!」
キラのためだ、と自分に言い聞かせながら、アスランはヴェサリウスを発進していった。
「……フラガ少佐はともかく……何でカガリが……」
アスラン達の後ろ姿が見えなくなったところで、キラは再び視線をモニターへと戻す。そこではゼロとともに戦っているアストレイの姿があった。
「ムウ・ラ・フラガについては、私もある程度は知っているが……その『カガリ』という人物について教えてもらえるかね? あいつの言葉からすると女性のようだが……」
クルーゼにすれば、当然の疑問なのかもしれない。しかし、キラはどこまで話していい物かを悩む。
理由は簡単。
カガリの本当の身分が問題なのだ。
オーブ代表首長の令嬢という彼女の。
あの時のアークエンジェルでラクスがそうであったように、そんな彼女の身分はザフトにとって利用価値があるだろう。下手をしたら幽閉される可能性すらあるのではないか。
だからといって、何も告げないわけにもいかない。
「彼女は……アフリカでザフトに抵抗していたレジスタンスの一員で……ナチュラルです」
こう言えば、おそらく自分が言いよどんだ理由を勝手に誤解してもらえるのではないか、とキラは判断をする。
「アフリカ……というと、亡くなられたバルトフェルド隊長の隊か」
クルーゼの言葉はキラの言葉から導き出されたものだったろう。だが、それがキラにとってどれだけ辛い言葉なのか、彼は気づいていない。殺したくなかったのに殺さざるを得なかった人の面影を思い出して、キラは悲しげに目を伏せる。
そのキラの耳に、クルーゼの次の言葉が届いた。
「しかし、本当にナチュラルなのか?」
あの機体の動き、とてもそうは見えない……と告げるクルーゼに、
「……モルゲンレーテ社で、僕がナチュラル用のOSを開発しました……まだ完全ではなかったので、誰でも動かせる……と言うところまでは行かなかったでしょうが、使える人間は使えると思います」
それに、カガリはナチュラルとは言え、身体能力は高かった。フラガと同レベルとは言わないが、かなり近いだろうとキラは答える。
「なるほど……それなら納得できるな。アスラン達が無事に彼らを連れ戻ったら、ぜひともそのOSをチェックさせて貰おう」
ナチュラルでもMSを動かせるという事実をクルーゼはある筋から耳にしていた。だが、実際にそのようなことが出来るとしたら、いったいどのようなOSなのか興味がある。
クルーゼの態度からキラはそれを感じ取っていた。というより、彼がわざと教えているのだろうと判断をする。
「それにストライクとはな。本気で連邦を裏切る気か?」
それとも、別の要因があるのか……とクルーゼは呟く。
キラにしても、何故フラガがこんな行動を取っているのか気にならないわけはない。だが、同時にカガリのことからクルーゼの意識をそらすことが出来たという事実に内心ほっとする。
視線をまたモニターに戻せば、4機のGが発進したのがわかった。
その先頭を行くのは紅い機体。
アスランが乗っているイージスが、まっすぐにゼロへと向かっていく。
そして、他の3機もそれぞれがゼロ、あるいはアストレイへと向かっていった。
彼らの実力は、何度も刃を交えたキラがよく知っている。だから、間違いなく二人を無事に連れ帰ってくるだろうとも。
しかし、まだ不安なのだ。
いや、何かが引っかかると言った方が正しいのか……
「……あのMAの動き、何かおかしい……」
連邦軍のMAの動きはあんなに統率が取れていただろうか、とキラは小さな声で呟く。少なくとも、今までに目にした彼らの動きは違っていたような気がする。あまりに秩序が保たれているそれは、コンピューターが動かしていると言われても納得できるのではないだろうか。
だが、キラが知っているMAのOSでは、あのように個別に対処することは不可能だったはず。
「……目に見える真実だけが……事実とは限らない……」
ふっとそんなセリフがキラの口からこぼれ落ちる。だが、どうして自分がそんな言葉を口にしたのか、キラ自身わかっていない。そして、クルーゼが驚いたように自分を見つめていることも。
「フラガ少佐に聞けばわかるのかな」
このわけのわからない不気味な感覚がなんなのか。
それとも、単に自分の気のせいなのだろうか。
ならいいのだけど、と思うキラの目に、アスラン達がMAを蹴散らしている様子が映った。もちろん、MAにもパイロットが乗っている。しかし、彼らの命よりもフラガやカガリ、アスラン達が無事であるという事実に喜びを感じている自分を、キラは自覚していた。
「どうやら、無事に彼らを迎え入れることが出来そうだな……しかし、どうするか……」
アストレイとゼロのみなら、ヴェサリウスに収容してもいいだろう。しかし、ストライクがあるとなれば、収容数を超えてしまうか……とクルーゼが考え込む。
「仕方がない。バスターとブリッツをファランへ着艦させろ。イージスとデュエルは保護した2機とともにこちらへ」
クルーゼの指示が、即座にそれぞれに伝えられた。それを確認して、クルーゼはキラに視線を移す。
「さて……どうせならデッキで再会をした方がいいだろう。その方が君も安心できるのではないのかね?」
この申し出はキラにとってありがたいものだと言っていい。だから、しっかりと首を縦に振って見せた。
「では、行こう。私もしっかりと話を聞かせて貰わないといけないからね」
あの男に……と付け加えながら、クルーゼはキラの肩に手を置く。そして、そのままブリッジを後にした。