この手につかみたいもの

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 目の前で、新しく誕生したばかりのハロが飛び回っている。
「……地球の空の色だな、お前は……」
 他のハロについては知らないが、確か、ピンクの子が同じようにラクスの周囲を飛び回っていた。それがほほえましくて、ちょっとだけうらやましいと思ったのもまた事実だった。
「おいで……」
 手をさしのべれば素直に飛び乗ってくる。
 システムとハードの関係からか、この子は今までのこよりも少しだけ大きいらしい。それでもその動きは自分が見知っているものと変わらない。
「いいね、お前らは……悩むことなく好きな人の側にいられて……」
 自分もそうできれば良かったのだ……とキラは言外に付け加えた。
 あのころのように、何の疑いもなくアスランを信じていられれば、おそらくこんなに悩まずにすんだのだろう。
 しかし、もうそんなことは出来ない。
「……僕たちは変わってしまったから……」
 昔のようにアスランが側にいてくれれば幸せだと思えなくなってしまった自分をキラは知っている。そして、アスランが自分に向けてきている感情も同じように変わっていることも……
「それでも、嫌いだと言い切れないのは……アスランを好きだからだよね」
 しかし、それと同じくらいの感情を向ける相手が他にもいるだけで……
「みんな、無事だといいな」
 一際低い声で告げられた言葉。
 同時にキラの脳裏に思い描かれたのは、地球で別れたままの懐かしい人たちのことだ。友人達の中にはあの極限の生活の中で心が離れてしまった者たちもいる。だが、逆に新たに出会えた優しい人たちが居ることもまた事実だ。
「それを願うことしか、今の僕には出来ないから……」
 戦いに赴かなくてすむ生活を願っていたはずなのに、いざそんな生活の中に放り込まれると、逆に不安になてしまうのは何故だろうとキラは苦笑を浮かべる。
「何か歌ってくれる?」
 その思いを振り払いたくてキラは手の中のハロへと声をかけた。
 次の瞬間、ハロは頷く代わりに耳をぱたぱたさせる。そして、キラの手から飛び降りると彼が教えた曲を歌い始める。
「……そう言えば、なんかしなきゃないことがあったような……」
 しばらくそれに耳を傾けていたキラの脳裏に、ふっとそんな想いが浮かび上がった。
「えっと……プログラムの解析だっけ……頼まれてたのに、どうして忘れてたんだろう」
 そんなに記憶力がないわけではないのに……とキラは首をかしげる。
 だが、いくら考えてもその答えは見つからない。
「まぁ、いいや。こっちが終わっちゃったから暇だし」
 忙しい方が余計なことを考えなくてもすむしね……と呟きながら、キラは机の上に置かれたパソコンを引き寄せた。
 そのまま起動させれば、確かに目的のデーターがあることがわかる。
「えっと……」
 ハロの歌声を聞きながら、キラはそのデーターの内容を掴むためにソースに目を通し始めた。

 イージスのチェックを行っていたアスランは、呼び出しを聞いて不審そうに眉をひそめる。
「はい。アスラン・ザラですが?」
 だが、彼の口調からはそれは感じられない。
『本国から入電しています……その、キラ・ヤマトあてに、ラクス・クライン嬢から……隊長が、先に君に確認を取るようにとのことでしたので……』
 通信担当の兵士が口にした言葉に、アスランは小さくため息をつく。
「そろそろなんか接触をしてくる時期だとは思っていたけどな」
 そして、彼の耳に入らないように口の中だけで呟いた。
 自分の立場であればキラと会話をさせないことも出来る。だが、そうした場合、彼女がその後協力をしてくれるか不安だ。
 それ以上に、今のうちにあれこれ相談しておいた方がいいだろう。
 キラの耳に余計な情報が入らないように、根回しを頼む必要もある。
 一番最初に確認しなければならないのは、彼女がわざわざ特権を使ってまで、『軍艦』に連絡を入れてきた理由だ。
「わかりました。まず私と会話をさせてください」
 それから判断をしても遅くはないか、とアスランは心の中で付け加える。
『了解しました。では、端末のあるところまで移動して頂けますか?』
 さすがにイージスへ回線を回すのは問題だろうという彼の判断は正しいものだ。
「わかりました。端末から連絡を入れます」
 言葉とともにアスランはシートから立ち上がる。そして、そのままふらりとコクピットを抜け出すと、一番近い端末へととりつく。
『何でキラ様ではありませんの?』
 次の瞬間、周囲に歌姫の声が響き渡った……

 一通りの解析をすませてキラがパソコンの電源を落としたときだった。
『キラ?』
 いきなり端末からアスランの声が室内に響く。
「アスラン?」
 彼がこんな風に呼びかけてくることは今までなかった。
「どうかしたの?」
 あるいは、自分の事で何かあったのか……とキラは眉をひそめる。もっとも、現状の方がおかしいのではないかと思っていたこともまた事実だ。
『そんなに心配することはない。ラクスから連絡が入っただけだ』
 キラと話がしたいと言っていた、とアスランは付け加える。
「じゃ、何で」
『一応ね。立ち会わないわけにはいかないから』
 その代わり、この通信に関しては記録を取らないことになっている、と告げるアスランの言葉に、キラはかすかに眉を寄せた。
『キラが何かをすると思っているわけじゃないけどね。規則だから』
 気にするんじゃない、とアスランは笑うが、キラはそう思えない。
『キラ様、お久しぶりですわ!』
 だが、それもラクスのふんわりとした声が耳に届いた瞬間、すぐに押しやられてしまう。
「そうだね。元気そうだ」
 やっぱり、彼女をアスラン達の元へ返して正解だったな……とキラは心の中で付け加える。無意識のうちに口元に笑みが浮かぶ。それを見てラクスもまた微笑みを深めた。
『もうじき、直にお会いできますわ。その前にお聞きしておきたいことがありまして』
 その表情のままラクスが口を開く。
「……僕に?」
『えぇ。キラ様にですわ。お好きな食べ物とお花を教えて頂こうかと思いまして』
 歓迎の準備をさせるのに必要ですの……と付け加える彼女に、キラはあっけにとられてしまう。
「ラクス?」
『キラ様がこちらにおいでの間は、私の家にいていただくことになりましたの。ですから、少しでもキラ様に居心地よく過ごして頂くことに、私、決めましたわ』
 ですから教えてくださいませ、と微笑む彼女にどう答えるべきか悩んだキラは、視線だけでアスランに助けを求めた。

 久々の宇宙空間。
 それを懐かしいと感じるか、それとも珍しいと感じるか、それは個人個人の問題だろう。
「……今から話すことは、第二級守秘義務内容だ……それをあらかじめ肝に銘じておいてくれ」
 だが、今はそれについて考えている暇はない。
 ラミアス達の顔を見回しながらフラガが口を開く。
 ここに集まっているのは尉官以上だ。この場にいない『キラ』を除けば、全員が軍人となるべく教育を受けてきた者たちである。フラガの言葉の意味がわからない者はいない。
「それは、キラ君に関係していることなのかしら?」
 ラミアスの言葉の裏に非難の意図が見え隠れしているのは決してフラガの気のせいではないだろう。そして、それを彼に言える者は、この中では階級が同じ彼女しかいないこともわかっている。
「ご名答……確認に手間取ったんで、今まで内緒にさせて貰ってたんだが……」
 さらりと守秘義務を課せられていたのだ、とフラガは告げる。こう言われてしまえば、ラミアスもこれ以上問いつめることは出来ない。
「坊主な、どうやら強化研の被験者だったらしい」
 さらりと告げられた言葉に、その場にいた誰もが息を飲んだ。
 それだけ衝撃的だったと言っていい。
「……まさかと思いますが……」
「いや、さすがに赤ん坊に薬物投与はしていないと思うんだが……精神面ではどうか……そこまでは連中がデーターを破棄してくれていたから確認できなかったそうだ」
 どちらにしても厄介なことは事実だが……とフラガは付け加える。
「それで? 私たちにどうしろと言うのかしら」
 自分たちにできることなどないだろうと告げるラミアスの言葉はもっともなことだ。今キラの身柄はプラントに握られている。そして、いくら最新鋭艦とは言え、アークエンジェルのみで彼を奪還することは不可能に近い。
「ただ覚えておいてくれればいい。今後、連中が坊主をこちらに向けてこないとは限らないからな」
 その時どうするかは、その時になってからだ……とフラガは告げる。
 確かに、それ以外出来ることはない。同時に、今告げられた言葉の意味がその場にいた全員の中に重くのしかかっていた。
 そんな彼らの様子に、フラガはほんの少しだけ良心の呵責を感じてしまう。この場でこれを暴露したのは、キラのもう一つの秘密を守るため。同時に、キラがザフトに拉致された理由を誤解させておくためのものだ。
 実際、それは功を奏している。
 だからといって何も解決されていないのは事実だ。
 小さくため息をついて、フラガはたばこを取り出そうとする。だが、すぐにここが禁煙であったことを思い出して小さく舌打ちをした。
「どちらにしても、俺たちが生き抜いてからでないと何も出来ないがな」
 ストライクは未だにデッキに存在している。そして、その隣にはカガリが乗るアストレイが……
 しかし、それだけで生き抜けるかどうかわからないのが戦場だ。
 それでも生き抜かなければならない。もう一度あの瞳と出会うためには……フラガは心の中でそう呟いた。


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最遊釈厄伝