この手につかみたいもの
28
カガリ――オーブ製MSアストレイ――の手助けもあり、アークエンジェルは何とか連邦軍の地上での本拠地であるアラスカへと辿り着いていた。
ここで問題になったのはヘリオポリスからキラとともに乗り込んできた少年達の処遇である。
「降りてもかまわないのよ?」
ラミアスは彼らにそう告げた。オーブ本国で両親や家族に会えると喜んでいた彼らの姿を覚えていたからだ。同時に、これ以上彼らを戦争に巻き込むことは出来ないと思ったせいでもある。
「このままアークエンジェルにいてはいけませんか?」
「俺たちは……もう一度キラと会いたいんです」
だが、オーブに戻ってしまえばその可能性は限りなく低くなってしまう。
「あなた達の気持ちはわかるわ。でも、ここから先は本当に命の保証が出来ないのよ?」
「覚悟しています」
どうあっても、彼らの意思を変えることは出来ないようだ。困ったようにラミアスは脇で話を聞いていたフラガへと視線を向ける。
「カガリ嬢ちゃんも降りないって言っているし……認めるしかないんじゃんないの?」
無理矢理下ろすことも出来ないだろうと彼は言外に告げる。
「フラガ少佐!」
何とか彼らを説得して貰おうと思ったのだろう。ラミアスはさらに言葉を続けようとする。
「フラガ少佐! 本部から呼び出しが入っています」
だが、それはこの報告に遮られてしまう。
「だ、そうだ。悪ぃね、艦長」
苦笑を浮かべると、フラガはそのままブリッジを後にする。
「……さて、誰が何の用事で呼び出してくれたのやら……」
確認するのを忘れたな、と呟く。だが、すぐに本部に着けばわかるか、と思い直した。
どちらにしろ、いい内容であるわけがないのだから……と心の中で付け加えつつ足を進める。
「早く上に戻りたいねぇ。ここは俺の性に合わない」
それ以外の理由もあることに気づいていながら、フラガはあえて今はそれを考えないことに決めた……
ロックを外しドアを開けた瞬間、室内の暗さにイザークは不機嫌そうに瞳を眇める。
眠っているのか……とも思ったが、部屋の奥から漏れてくる音がそうではないと告げていた。
「……作業をするなら明るいところでやれ!」
次の瞬間、イザークの口から怒鳴り声が飛び出す。
まさかそんなことをされるとは思っていなかったのだろう。顔を上げたキラは目を丸くしていた。
「……ごめんなさい……この方が集中できるから……」
だがすぐに視線を伏せるとこう口にする。
「その理由はわからないでもないが……コーディネーターだとて視力は悪くなるんだぞ」
MSのパイロットなら、その点も注意しろ……と付け加えながら、イザークはテーブルの上に二人分の食事を置いた。
「……僕は……」
「パイロットじゃないってか。そう言う奴に、俺は顔とプライドを傷つけられたというのか?」
イザークのこの言葉に、キラは唇をきつく咬む。
その表情を見て、イザークはしまったと思う。
キラが自分がMSに乗って戦っていたという事実を否定したがっていることはわかっていた。だが、それでは自分自身の気持ちに整理がつかない。
しかし、目の前のキラの様子を見ていると何故かイザークの中に罪悪感が浮かんできた。
「……とりあえず、この話は別の機会じっくりとさせて貰う……」
さすがに腹が減ったと口にして、イザークはいすに腰を下ろす。だが、キラの方はそのまま動こうとはしない。何かを耐えるかのように唇をかみしめたままだ。
「おい!」
何をしている、とイザークはキラに呼びかける。しかし、キラは反応を返してこない。
「ちっ!」
自分の一言がこんなに彼を追いつめたのか。そう思うと、イザークの罪悪感はさらに強くなる。同時に、このアンバランスさでよくもまぁ、自分たちと戦うことが出来たものだと思わずにいられない。
あるいは、だからこそ、アスラン達が危惧するほど食欲が落ちてしまったのだろうか。
「俺が言い過ぎた。食事時に言うべき事じゃなかったな」
そう言いながら、イザークは立ち上がる。
そして、キラの肩に手を置いた。
次の瞬間、キラの体が信じられないほど大きく跳ね上がる。
この反応に驚いたイザークが彼の顔を覗き込めば、菫色の大きな瞳の奧に恐怖すら見え隠れしていた。
「……すまん……」
他に言うべき言葉を見つけられないまま、イザークはキラの瞳から視線をそらす。
「……い、え……僕が……」
悪いのだ、と告げるキラの頬を涙がこぼれ落ちていく。
「お前」
アスランであれば、キラのこのような反応になれていただろう。そして、その対処方法も知っていたはずだ。
だが、イザークはそれを知らない。
それでも、このまま放っておいていいわけではないことはわかった。
どうするか。
イザークは小さくため息をつくと、キラの体を引き寄せる。そして、その背を小さな子供にするように叩いてやった。
「かまわないから、俺のせいにしておけ……今はな」
でないと、食事をする前に冷めてしまうだろうが……と言う言葉が本心でないことはイザーク自身わかっていた。だが、それ以外に言葉を見つけられないこともまた事実である。
「……貴方は……」
優しい方ですね……とキラはイザークの胸から顔を上げることなく呟く。
「お前は……何馬鹿なことを言っているんだ?」
それより、さっさと食事を取れ! といいながら、イザークは強引にキラを立ち上がらせる。その時、自分の耳が熱く感じられたことにイザークはわかっていた。
本部へと出頭したフラガが向かうように指示されたのは、普段使われていないはずの部屋だった。
「……マジで、厄介事かねぇ」
これ以上面倒事を抱えたくないのだが、とフラガは小さくため息をつく。
もっとも、目的の部屋の前についたところでそんな態度は完全に消した。
「ムウ・ラ・フラガ、参りました」
ドアをくぐると同時に敬礼をする。その仕草は、誰も文句をつけようがないものだった。
「そんなにかしこまらなくてもかまわないよ、フラガ……少佐に昇進したのだったな」
だが、そんな彼の仕草に感心するどころか、目の前の相手は苦笑すら浮かべている。その事実に、フラガ自身あえて文句を言おうとはしない。
「まさかここでお会いするとは思いませんでした」
こう口にしながら、フラガは手を下ろす。
「一度は一線を退いたものがしゃしゃり出てくるのは何だとは思ったのだがね。どうやら、そうも言っていられない状況になった以上、しかたがあるまい」
出来れば、このままのんびりと隠居をしていたかったのだが……と彼は笑ってみせる。
「アスハ代表首長から内密に連絡があったのだが、あの少年がザフトに拉致されたらしいと言うのは本当かね?」
あえて聞き返さなくても、彼が聞きたいのはキラのことだと言うことはフラガにもわかっていた。だが、それ以上に目の前の人物とオーブ代表首長との回線に驚きを隠せない。
「はっ」
否定することも出来ずに、フラガは肯定の言葉を口にする。
「そうか……不幸中の幸い……と言うべきなのだろうな」
次の瞬間彼の口からこぼれ落ちたのは、フラガが全く予想もしていないセリフだった。
「と、もうされますと?」
「……ブルーコスモスを知っているだろう。その後ろにあの男がいるらしいことがわかった。同時に、プラントの中にもパイプを持っているらしいが……少なくともそちらから手を回して彼を利用することは不可能に近いだろう。だから、最悪のケースを除外することが出来る。同時に、こちらが動く時間を確保することが出来たと言うことだな」
もっとも、最終的にはその協力が必要なのだが……と彼は言外に付け加える。
「……で、私を呼び出した理由をお聞きしてもかまいませんか?」
こんな話だけなら自分を呼び出さずとも良かったのではないだろうか。そう思っての疑問だ。
「現状は、今までの通りだが……機会があり次第、彼の奪還をするように。そのための権限を与えておこうと思っただけだよ」
言葉とともに、彼は胸のポケットから一枚の書類を取り出す。
「これを渡しておこう」
それをフラガは受け取ると、ざっと中身に目を通した。そこには、自分がそのための権限を今日付で与えられたことが書かれている。
「もし私に何かあったとしても、それが君の行動を保証してくれるだろう」
付け加えられた言葉にフラガは眉間にしわを寄せた。
「……それだけ状況が悪いのですか?」
「狐と狸の化かし合いだよ。最終的にどちらが勝つか、それはわからん」
だから、あくまでも保険だ……と彼は苦笑を浮かべる。だが、フラガにはそれが彼の虚勢かもしれないと感じられた。